第十八話「真紅の炎」
炎を体の周りに唸らせながら、リヴは空中に漂っている。
空を見上げたルルは、その姿に神々しさすら感じていた。
「うわっ!あれ姫様ですよね?空飛べるんですか?」
「我を見下ろすか、愚妹よ」
リヴの登場に興奮するルクスとは裏腹に、バートンの心中は穏やかではない。
空中から帝都を見渡すリヴ。
その瞳に映るすべての情報が彼女の心を締め付ける。
「どうして人々を苦しめるのですか兄様」
悲痛に満ちた声で兄に問いかけるリヴ。心からの叫びだったが、目の前の大魔族には理解の及ばない質問だった。
「我らは支配者だ。父が作りし秩序、それを脅かす貴様を罰する障害となるならば、我らのいかなる行為も正当性を持つ」
冷たく、心のこもらない言葉。自らの行いに一点の曇りもない。
「私はそうは思いません。魔族と人は分かり合えると信じています」
「とても継承権のある者の言葉とは思えんな」
バートンは空に手を掲げる。
空気が震え、空が嘆く。雲が帝都に集まり、ゴロゴロと光り始める。
「我の指先一つでこの国を落とせる。貴様は身を守れるだろうが、脆弱な人間どもがどうなるかは分かるな?」
喉元に刃を突きつけられるような感覚。指先一つ動かせない絶望感がリヴを襲う。
「ちょっと待ってくださいよ」
ルクスが口を挟み、掴んでいたルルを投げ飛ばす。
ルルはボールのように弾みながら壁に激突し、気を失ってしまう。
「バートンさん、人質なんて取ったらつまらないですよ。僕にやらせてください」
「……ルクス、おごるなど言ったはずだが?」
「おごってなんかいませんよ」
ルクスの黒頭巾が小刻みに震え始め、その震えは次第に大きくなっていく。彼の足もとにある小石が振動ではじき飛び、闘気が目に見えると錯覚させるほど気迫があふれてくる。
「姫様、手合わせ願いたい」
そう言うとルクスは有無を言わさず地面を蹴る。一瞬でルクスの姿が消え、気がつくとリヴの真下、帝国軍本部の壁を駆け登っていた。
「とった!」
壁を蹴り上げ、空中にいるリヴの首元を手刀で狙うルクス。しかしリヴが僅かに手を振っただけで出現した炎の壁に遮られ、ルクスの体は重力によって落下していく。
「あなたに用はないです。やけどしたくなければ下がっていなさい」
真紅の瞳に見下されたルクスは地面に激突する寸前で体を回転させ、地面を蹴り上げて再び空中に戻ってくる。
「僕は用があるんですよ。ずっと疑問だったんです、魔王様があなただけを側においていたこと。あなただけを特別扱いしていたこと」
懐から刃物を取り出し、リヴに向かって投げつける。刃物はリヴに到達する前に溶けてしまう。
「あなたが弱いから魔王様が守ってるんだと思ってましたけど、どうやら違うようですね」
煙幕を取り出し、リヴに投げつける。それは空中で爆発し、一時的にリヴの視界を奪う。
「無駄です!」
煙はリヴの作り出した爆風によって簡単に払われるが、ルクスはその一瞬が稼げれば十分だった。
再びリヴの前に何かが投げられる。だがそれはルクスの小道具ではなく、帝都の人間だった。
それはリヴの炎によって熱され、皮膚が焦げていく。
「なっ!」
慌てて炎を収め、人間を受け止めるリヴ。しかしその人間はすでに息絶えており、炎を収め、手が塞がったことでルクスの手刀がもろにリヴに、命中する。
「きゃあ!」
「死んでるんだから人質じゃないですよ」
落下するリヴに言い訳するようにそう告げ、ルクスは追撃のかかと落としを決めようとする。そして自分の実力を証明しようとバートンの方をちらりと見る。
「バートンさん!ほら、僕は強いんですよ!」
得意げに報告するが、バートンは険しい表情を崩さない。少しムッとするルクスだったが、落下するリヴから凄まじい熱を感じ、慌てて手で顔を覆う。
轟音が辺りに響き渡り、リヴを真紅の炎が包み込む。
攻撃をもろに受けたルクスはバートンの足元まで吹き飛ばされ、呼吸すら困難になるほどのダメージを負う。
「ゲホッ……うぅ、バートンさん、あれは……っ!」
「とうとう本気を出したようだな」
リヴの近くの瓦礫が溶け、溶岩のようにうねる。空気が乾燥し、バートンの唇が切れる。
だがその炎はリヴ自身にも影響を与える。彼女の息は絶え絶えになり、滝のように流れる汗が蒸発している。
「はぁはぁはぁ」
「苦しそうだな、すぐに楽にしてやる」
バートンは両手を空に掲げる。帝都の上空に滞留していた雷雲がリヴの上空に集まり、黒く濁っていく。
パンッと手を叩くと、それは一筋の光を生み出し、リヴを貫く。炎の影響で僅かに直撃は回避するが、雷はリヴのローブを軽く貫き、その下の肌を赤く染める。
「くっ」
リヴは雷から身を守るためより火力を上げていくが、それを見たバートンは不敵な笑みを浮かべる。
「良いのか?貴様の力で貴様の守りたいものが崩れていくぞ?」
その言葉に再び辺りを見渡すリヴ。
彼女の力は敵を選ばない。全てを無差別に傷つけてしまう。
気絶したルルにもその影響は出ており、彼女の皮膚が焦げていく。
これ以上火力を上げれば間違いなく死に至る。が、火力を下げればバートンの雷を防ぎきれない。
「詰みだ。愚妹よ」
バートンは指を鳴らす。すると雷雲から複数の雷が四方八方から放たれ、リヴに向かって落ちていく。
リヴは雷に貫かれ、地面に落ちる。
(やっぱり、私の力じゃ……)
ゆっくりバートンが近づいてくる。足音が耳に届くたびに自分を否定されていると感じる。だが、リヴはまぶたを閉じ、その音を聞くことしかできない。
「あきらめないでください!」
聞き覚えのある女性の声が割り込んでくる。まぶたを開けると、ルルが剣を杖代わりにして立ち上がっていた。その顔にはリヴの炎による焦げあとと大量の汗が浮かんでおり、立っているのでやっとのようだ。
それでも、彼女は声を張り上げる。
「私のことなら気にしないでください!多少の熱なら耐えてみせます!ですが、帝都が魔族の手に落ちる事は耐えられない……私たちを、助けてください!」
力を振り絞った言葉を吐いたあと、ルルはバートンの雷に貫かれる。鈍い音を立てて地面に倒れると、リヴの中で何かが崩れる。
「邪魔が入ったな。ルクスもあのザマだ。さっさと用事を済ませるとしよう」
うつ伏せで倒れたままのリヴに手を近づけるバートン。その腕は瞬時に炭となる。
「なっ!」
激痛が襲ってくると同時に後ろに飛び退くバートン。
立ち上がるリヴの姿に恐怖を隠しきれない。
「兄様、私はあなたを許しません」
「許さぬだと?我の上からものを言えるほど、貴様はいつ偉くなったのだ?」
魔王の息子と娘。
すべての魔族の頂点に立つその遺伝子を受け継いだ二人の大魔族が、今ぶつかる。




