第十七話「大魔族」
リヴが軟禁されている帝国軍の本部は帝都の一番奥に位置している。だが、大魔族が引き起こした騒乱が彼女の耳に入るまでそう時間は掛からなかった。
「あの音は何ですか?一体何が起きているんですか?」
固く閉ざされた扉を叩くリヴ。
人々の叫び、嘆き、苦しみ。まるで目の前で起きているように聞こえてくる。
「音?何のことですか。おとなしくしていなさい」
扉を一枚隔て、ルルが答える。
ルルは全く帰ってこないジークを待ちくたびれ、将校会議に出席したかったこともあり苛立っている。
「魔族は耳がいいんです!きっと良くないことがおきてる……!」
「何を言って……」
ルルが眉毛を吊り上げていると、ボロボロになった兵士が訓練場に飛び込んでくる。
「で、伝令!魔族の襲撃です!数は二つ!多数の被害が出ております、少尉も参戦ください……うっ!」
伝えるだけ伝えると、兵士はその場で気絶してしまう。
「馬鹿な、ここは帝都ですよ!?たった二人で攻め込んでくるなんて」
動揺を隠せないルル。リヴはその話を聞いて四天王の誰かが自分を罰しに来たのだと確信する。
「彼らの狙いはきっと私です!私をここから出してください!」
「それこそ馬鹿なことです。お前はここにいなさい。私は事態の確認に向かいます。いいですね、ここにいなさい!」
リヴはルルを止めようと必死で扉を叩き続けるが、ルルの足音はどんどん遠ざかっていく。
「待って!待って!相手が兄様たちならあなたたちに勝ち目は……!」
叩きつけた拳から血が流れる。
声はもう、届かない。
帝都城門前。
そこは戦禍の中心となり、混沌が渦巻いていた。
侵入者は僅か二名。そのうち一人は何もせず死体に腰掛けている。
それに対し帝国軍側は約百名。中には名高い将校も含まれているが、それでも戦況は変わらない。たった一人の頭巾の男に手も足も出ず、被害だけが増えていく。
「やっぱり人間って弱いんですね。バートンさんはやらないんですか?」
「弱者をいたぶるのは強者のやることではない」
「そうですかね?僕は特権だと思うけどな」
象と蟻だった。
数で押し切ろうとする帝国軍だが、個々の力が違いすぎる。
「一体いつまで時間をかけているんだ!帝都があんな賊ごときに攻め込まれたとあれば、連盟国に示しがつかん!」
「ヴァルキリア家の女どもはまだ戻らんのか!」
「連盟国に派遣していた兵士どもを呼び戻せ!」
軍の上層部は安全な位置から城門前を観察している。彼らの不安は帝都の被害ではなく、自らの地位だ。
帝国は帝国軍の強さで成り立っている。それが崩壊すれば彼ら上層部は地に落ちる。
「ジークはまだか!」
叫びとともに彼らの頭上から雷が落ちる。雷は正確に上層部を貫き、あっという間に物言わぬ黒体へと変えてしまう。
「あー!やっぱりバートンさんもやりたいんじゃないですか」
「鬱陶しいハエをはたいただけのこと。それよりルクス、聞こえたか?」
バートンは数キロ離れた場所にある帝国軍本部に視線を向ける。
「あの声、姫様ですよね?」
「ああ、忌々しい」
顔をゆがませながらバートンは立ち上がり、帝都の奥に進んでいく。ルクスもまた目の前の兵士を瞬殺すると、彼のあとに続く。
「行かせるか!」
血だらけになりながらも兵士たちは二人に突っ込んでいくが、バートンが睨みつけると金縛りにあったかのように動けなくなる。
「その少ない寿命を無駄に消費する愚か者どもが」
バートンが発する禍々しい気配に兵士たちは近寄れなくなる。ルクスは少々つまらなそうにしているが、これから始まるリヴとの再会に胸を躍らせる。
「待ちなさい!ここから先は居住区です!絶対にここで討伐します!」
「ほう、中々の精神力だ。この状況で我らに立ち向かうとはな」
ルルが二人の魔族の行く手を阻む。
剣を握る手が震える。正直今すぐにでも逃げ出したい。だが、それはできない。
ここに辿り着くまでにすれ違った人々の顔はどれも絶望に染まっていた。身体も心も傷ついていた。
(もう、繰り返させない!)
細身の剣を前に突き出しながら突撃するルル。
「はぁぁぁぁ!」
軍に入って約十年。文字通り血反吐を吐きながら来る日も来る日も訓練を続けてきた。
だが、その努力は超えることのできない種族の壁というものに簡単に打ち砕かれてしまう。
「か……はぁ……」
「うわ、この女の子の首、そのへんの魔族より硬いですよ。よく鍛えてるなぁ」
簡単にルクスに首を掴まれ、持ち上げられてしまう。剣は手を離れ、残された足でルクスの体を蹴るが、まるで石壁を蹴っているかのように手応えがない。
(嫌だ、死にたくない。誰か、助けて……)
リヴはフードを深々と被り、体を丸め、耳をふさぐ。それでも人々の叫びは容赦なく耳に入ってくる。
「止めて、止めて!」
その全てが魔族への恐怖と憎悪をはらんでおり、その全てがリヴに突き刺さる。
自分のせいで人が死ぬ。その現実に心が殺される。
「ん?何か言いたいんですか?もしかして遺言ってやつですかね」
口を震わせるルルの姿を見て、ルクスが僅かに手の力を緩める。
「ゴホォ!……逃げて!」
ルルの言葉はリヴに対してのものではなかったのかもしれない。特に意味はなかったのかもしれない。それでもそれはリヴに届いた唯一の、絶望でも恐怖でも憎悪でもない言葉だった。
押し潰されそうになっていたリヴの魂に光が差し込む。
「つまんない遺言ですね。それじゃ」
「待てルクス!この気配……!」
ルルの首をへし折ろうとしたルクスに声をかけるバートン。その直後、彼らが目指していた帝国軍本部の一部が弾け飛ぶ。
「その人を、離してください」
真紅の炎を身に纏いながら、リヴが姿を現した。




