第十六話「襲撃」
演習に出ていた分隊と連絡がつかなくなった事は、すぐに帝国軍全体に知れ渡る。
行方不明者が今まで出なかったわけではないが、分隊丸ごととなると話は別だ。
将校たちは会議室に集まり、難しい顔をしながら手元の資料を睨んでいる。
誰を彼らの探索に向かわせるか、議論の中心はそれだった。明らかに普通ではないこの事態に、自ら志願するものはおらず、上層部は頭を抱える。
「このような時になぜジーク大佐が居らんのだ。こういう時こそ奴の出番ではないのか」
「得体のしれない魔族と不気味な男を連れてきたかと思えば、今度は小者の討伐だと?」
「あの男は自分の立場を理解しているのか?何のために大佐の地位を与えたと思っている」
口々に好き勝手言う上層部たち。ルルがこの場にいたら間違いなく反抗していただろう。
会議室がざわざわし始める。議論は一向に進まず、各々が言いたいことだけを言い合い、無駄な時間が過ぎていく。
そんな騒音の中、一人の男が手を挙げる。
「その任務。私が受けましょう」
将校たちの視線がその声の主に集まる。
男は長く伸びた茶色の髪をかきあげ、注目をシャワーのように浴びる。
「おお、ゲイル・シュトローマン太尉。やってくれるか」
「はい。ですが私を呼ぶときはゲイル・ヴァルキリアとお呼びください。先日婿に入りましたので」
その場の全員に聞こえるようにわざと大きな声で自らの名前を訂正するゲイル。胸を張りながらできるだけ目立つように会議室から出ていく。
「ヴァルキリア……か。あの男に任せて大丈夫だろうか」
「アレの妻ならば良かったのだが、仕方あるまい」
上層部はゲイルの資料に目を通しながらお茶をすする。
ゲイルは自らの屋敷に戻ると使用人たちに指示を出し、出撃の準備を整える。その顔は野心と希望に満ちており、頭の中で成功した未来を思い浮かべる。
(ようやくチャンスが回ってきた。これでこそヴァルキリア家に取り入った甲斐があるというもの!)
全身を高価な装備で覆い、宝石の付いた剣を腰に刺す。
部下は連れて行かなくて良いのかと使用人たちに尋ねられるが、そんなことをすれば自分の手柄が取られかねないとゲイルは一人で帝都の門へと向かう。
「ここから私の覇道が始まるのだ」
大いなる野望と共に門を開けさせようとするゲイルだったが、その直前に門はひとりでに開く。
「た、助け……」
そこに現れたのは外を守る門番だった。
彼の頭からは血が絶えず流れており、腕や足は通常では考えられない方向に曲がっている。
「君、警備はどうした?一体何をして……」
門番に詰め寄るゲイル。その直後門番の首が胴体から離れ、宙を舞う。
「きゃぁぁぁぁ!」
通行人が悲鳴を上げる。人々はたちまちパニックとなり、門の前は収拾がつかないほど大騒ぎになってしまう。
(な、何なんだこれは。とにかくここは危険だ、一次避難しなければ)
想像だにしていなかった状況にゲイルは思わず足がすくみ、人混みに紛れて逃げ出そうとするが、帝都の中を守っていた門番に手を掴まれてしまう。
「皆様!ご安心ください!こちらの方はヴァルキリア太尉です!落ち着いて、焦らず退避してください!」
今はその名を口にするなと心の中で門番を睨むゲイルだったが、門番の手によって人々の注目を集めてしまう。
「た、助かった!」
「ヴァルキリアってあの……!?」
「太尉様!お助けください!」
歓声がゲイルを逃さない。
(くそ!やってやる!私は出来る!あのジークに後れを取るわけには行かない!)
ゲイルが自分を鼓舞し、人々に向けて無理やり笑顔で手を振った頃、二人の魔族が門から姿を現した。
「たくさん集まってますね、でも姫様は居ないようですよ?」
「構わん。気配からしてこの都にいるのは間違いない」
現れた二人の姿を見て、ゲイルは僅かに胸を撫で下ろす。
(どんな化け物かと思ったが、ただの魔族、しかも数は二つ……いける!)
ゲイルはきらびやかな装飾が施された剣を抜き、近くにいたルクスに向かって振り下ろす。
「覚悟せよ魔族!このゲイル・ヴァルキリアが抹殺してくれる!」
次の瞬間、ゲイルは自らの運命を察する。
ルクスは一切ゲイルの方を見ることなく剣を指先で掴み、ガラスを砕くように剣を破壊する。そしてそのままゲイルの額に向かって中指を弾くと、ゲイルの体は物理法則を無視して帝都の壁に叩きつけられた。
人々の歓声は一瞬で止み、再び恐怖に支配される。
「バートンさん、少しうるさくありません?」
「程々にせよ。我らの目的は殺戮ではない、支配だ」
二人の大魔族が帝都の地に踏み込む。魔王の姫を粛清するために。




