第十四話「上等兵魔族」
ヴァルキリア家。
それは十闘神アテナより加護を授かりし一族。
女性の出世率はおよそ九割九分。男性は百年に一人しか生まれないと言われている。
生まれながらにして強力な身体能力を有するヴァルキリア家の女たちは、数々の戦場に送り出され、生き残った彼女らに婿入することは、たとえ家名を失うとしても帝国貴族たちの名誉だった。
だが、それは女性にのみ許された権利。
ジーク・ヴァルキリアは加護を持たない。力も戦闘能力も人並みでしかない。
先に生まれた姉も、あとから生まれた妹も生まれながらにして人類を超えた力を持ち、戦場に駆り出され、そして散った。
なぜ自分は男なのだろうか、なぜ自分は弱いのか、なぜ自分だけ生きているのか。
彼を見る人々の目は、彼を自問自答の闇に落とすには十分だった。
だが、ジークはそこで折れなかった。
男なのは仕方がない。弱いなら努力する。生きているから強くなれる。
次第に彼を見る人々の目も変わっていく。
姉と妹が救うはずだった人々は、必ず自分が救ってみせる。そう誓って戦い続けてきた。一心不乱に剣を振り続けた。
その剣が通じない相手が今、目の前にいる。
「早く食わせろ」
上等兵魔族は丸太のような腕をぶんぶん回し、アジトの床に叩きつける。地面が割れ、破片がアインとジークを襲う。二人はとっさに盗賊たちの死体の山に身を隠すが、魔族はそれに突進し、すぐにバリケードは破壊されてしまう。
「奴がさっき口にしたアモールという名、それは何だ?」
走り回りながらアインがジークに問いかける。
「アモールは魔王軍四天王の名前だ。赤髪の女性の魔族だと文献に記されている」
ジークの返答でアインの脳内に記憶が蘇る。
魔王城からの逃走中、城門前に居た女性の魔族。
「それより今はあの魔族をどう倒すかを考えよう」
回想するアインにジークはそう伝え、ぐるりと大回りに魔族の死角へと移動する。アインもそれに合わせるように反対方向に回り出す。
「うろちょろするな!イライラするだろ!」
魔族は手当たり次第に落ちている破片やサーベルを四方八方に投げまくる。
一時防戦にならざるを得ないジークだったが、アインは構わず突っ込む。
「おい!」
ジークの叫びも無視し魔族に刃を向けるも、その魔族の皮膚は鎧のように硬い。小さな傷をつけるので精一杯だ。
その傷と引き換えにアインの身体にはサーベルが数本突き刺さり、致命傷を負う。
声をかけることすらためらうその状況においても、アインの瞳は死んでいない。
「ぎゃははは!死!死!早く死ね!」
自分の住処に現れたゴキブリを叩きのめした快感に酔いしれる魔族。手を頭のうえで叩きながら踊っている。
「アイ……ン。なんて無謀な」
「言ったはずだ。これが俺の戦い方だと」
ガシャガシャと身体に突き刺さったサーベルで奇妙な音を奏でながら、アインは魔族に突進する。完全に勝ちを確信していた魔族はアインの一撃をもろに食らい、初めて明確なダメージを受ける。
「い、痛っ、何で!お前……お前前にアモール様が言っていた……!」
魔族は十数年前、自分の主が言っていたことを思い出す。
「魔王様は壊れないおもちゃを持っておる。妾もあれ、欲しいのう」
「おもちゃでございますか?」
「何度でも壊せるのなら、何度も人間を集める必要がないからのう」
歪んだ顔で笑う主の姿。今思い出しただけで震えが止まらない。
今目の前にいるのはその主が言っていたおもちゃ。しかし彼の目にはおもちゃでもゴキブリでもなく、化け物にしか見えない。
ねずみに反撃された猫のように魔族は怯えだす。一歩、一歩と後退りし、逃走を図っているようだ。
「逃がすと思うかい?」
この好機を逃すまいと魔族に追撃を加えようとするジークだったが、アインが地面に倒れる音を聞いて後ろを振り返る。再び魔族に目を向けた時にはその姿はどこにもなかった。
「大丈夫かい!」
仕方なく剣を鞘に納め、アインに駆け寄るジーク。
「大丈夫に見えるか?早くサーベルを抜いてくれ。身体と一体化しそうだ」
「あ、ああ」
一本一本サーベルを抜いていく。
アインは悲鳴すら上げないが抜けるたびに肉を切る感触が伝わり、血が噴き出す。
全て抜けた頃には水たまりのような血溜まりができており、ジークの嫌な記憶とリンクしてしまう。
「手間を掛けた」
彼を闇にいざなうよりも早くアインが立ち上がる。傷はほとんど塞がり、何事もなかったかのように身体についた土埃をはらい始める。
「君は僕を何回驚かせるんだい?」
目の前のこの男はどうやら、感傷に浸らせる暇も与えてくれないらしい。そう思うと口元が緩んでしまう。
「あの魔族の行方は気になるけれど、なんにせよ盗賊の討伐は完了した。胸を張って帝国に戻ろうか」
「ああ」
短い言葉で返事を返し、アインは進み出す。ジークも彼の隣に並び、二人の男たちは帰還する。
「はぁはぁはぁ」
アジトから敗走する魔族は無我夢中で走り続ける。いつあの男が追いかけてくるともわからない恐怖にかられながら。
魔王城にたどり着けば主がいる。そこまでいけば助かる。
「あれ、あなたアモールさんの部下ですよね。持ち場を離れてどうしたんですか?」
どこからともなく陽気な声が聞こえてくる。
「誰って、傷つくな。殺したくなっちゃうじゃないですか」
声が冷たく、暗くなる。
あたりを見渡すが声の主はどこにもいない。
「出てきやがれ!卑怯者が!」
声を張り上げてみるものの返事は返ってこない。恐怖が全身を駆け巡り、冷や汗が吹き出す。
「どこのどいつだ!俺はアモール様の……」
そこで声は止まった。魔族は膝から崩れ落ち、冷たい地面に顔を叩きつける。
「あ、しまった!ごめんなさいバートンさん。殺しちゃまずかったですかね」
「構わぬ。ただの雑魚だ」
上等兵魔族が最後に見たのは黒頭巾を被った男と、自分の主のさらに上、魔王によく似た姿を持った男の姿だった。
(ア、アモール様……)
主の名前を口にできないまま、上等兵魔族は死に至る。
「帝都はこの先でしたよね?」
黒頭巾の男、四天王ルクスは今しがた自分が殺した魔族のことは微塵も気にせず、隣にいるもう一人の四天王に問いかける。
「そうだ。おそらくそこに愚妹が居る」
二人の四天王の魔の手が、帝都に忍び寄る。




