第十話 「帝国」
朝日が昇り始めたころ、アインの前に二台の馬車が止まった。ジークの指示を受けて帝国から派遣されたようだ。
アインとリヴは別々の馬車に乗せられ、帝都を目指して進み始める。アインの馬車にはジークが同行し、リヴの馬車には副官のおさげの女性が同行する。
おさげの女性が少々乱暴に手錠をする様子を見て、アインは低く声を落とす。
「おい、あの女」
「安心してほしい。ルルは任務に私情を挟んだりはしない。君の連れはちゃんと帝都まで送り届けるさ」
そんな彼に心配するなと、ジークは自信満々に答える。
「大佐!名前で呼ばないでください!少尉、もしくはシャルルー少尉とお呼びください!」
「わかったよルル」
「全然わかってない!」
ルルはリヴを馬車に押し込みながらジークを怒鳴りつけているが、当の本人は一切気にせず手を振っている。
「さあ、僕たちも行こうか」
まるで客人を案内するようにジークはアインを馬車にエスコートする。
剣こそ没収されたが、リヴのように手錠を掛けられることもない。
「素手ではお前を倒せないと思っているのか?」
「思ってるさ。こっちには人質が居るんだからね」
先に出発したリヴの乗る馬車に視線を移しながら告げるジーク。そのさわやかな表情の下には強かさが潜んでいる。
アインに出来ることは舌打ちをすることくらいだった。
「まったく、大佐はいつもいつも、私の立場も少しは考えてほしいです」
馬車が動き出してからもしばらくルルはジークに対する不満をつぶやいている。対面にリヴが座っているのに一切気にする様子がない。
そんなルルの態度にリヴも少し緊張がほぐれていく。不安はあるが、ジークの言う通り自分に危害を加えるつもりは無いようだ。少なくともこの場では。
「あの、私たちはこの後どうなるのでしょうか?」
恐る恐る質問するリヴ。するとルルは一瞬だけリヴを見据え、何かを思い出したように口元を歪める。
「しゃべれるんですね。なら口を利かないでください。私にその牙を見せないでください。わかりましたか?魔族」
剣に手を掛けながら警告するルル。彼女から年相応の女性の表情が消え、軍人としての顔を見せている。
リヴは口元を手で隠し、ルルの視線をさえぎるように深々とフードを被った。体の震えがルルにばれないように。
「さあ、もうすぐ帝国だ。そろそろ起きたらどうだい?」
うたたねをしていたアインは、ジークの声を目覚まし代わりに目を覚ます。
外の風景は荒野とは様変わりし、緑が生い茂っている。城門の外だというのにたくさんの行商人が商売をしており、この国が豊かだということが伝わってくる。
「あ、ジーク様の馬車だ」
「おかえりなさい」
「無事で何よりです」
帝国の城門に差し掛かると人々がジークに向けて手を振りながら声をかけている。ジークはそんな人々一人一人に手を振り返すため、馬車はなかなか先に進めない。
「ほら、僕は有名なんだ」
自信ありげにアインに告げるジーク。初対面の際のアインの反応をまだ気にしていたらしい。
「おそい!どこで油売ってたんですか!」
帝国軍の本部に到着すると、カンカンになりながらルルが待っていた。相当前に到着したようで、ほかの部下もリヴの姿もそこには無い。
「はは。ルルは面白いな。僕は商人じゃないぞ?」
「もう訂正する気も起きないので早く仕事に戻ってください!」
ルルは報告書をジークの胸に押し付け、わざと大きな足音を残して去っていく。
「茶番が終わったならさっさとあの女のところに案内しろ」
付き合ってられないと足早に本部の奥へ進んでいくアインを、ジークは慌てて止める。
「あのねぇ、君。一応君は罪人として連れてきているんだよ。勝手なことをすれば僕の身も危ないんだ。君が向かうのはあの魔族のところじゃなくて牢屋なんだよ」
「いつ俺が罪を犯した」
アインの肩にかけられたジークの手が強く握りしめられる。無理やり動こうとしても振りほどけない。
「まだわからないのかい?帝国は君ではなく僕の言葉を信じる。重い罪で裁かれたいのかい?」
「貴様……」
膠着状態が続く。
最悪一人で逃げることはできるだろうが、リヴはどうなるかわからない。
(待て、なぜ俺はあの魔族をそこまで気にしているんだ?)
ふと疑問が浮かぶ。
考えてみれば奴は仲間というわけではない。たまたま一緒に魔王城を脱出し、そのまま成り行きで行動を共にしているだけだ。ここで別れたとして特に困ることもない。
アインは右手を握りしめる。
(いや、奴とて魔族だ。たかが人間を数人殺すことなどたやすいはず。俺が無理やり逃げれば奴もなりふり構わず脱出を図るだろう。ここはおとなしく捕まるのが最善)
そう自分を無理やり納得させ、疑問を心の奥に封じ込める。
「わかった。手を放せ」
「よかった。僕も正義に反することをせずに済むよ」
肩にかけた手を腰に回し、ジークはアインを地下牢に案内する。




