【アーカイブ番号:REPORT-OPERATION-ASSISTIVE-DEVICE】
ACCESS_GRANTED: CLEARANCE_LEVEL_2
[STATUS]:UNAUTHORIZED / MODIFIED
[SOURCE]:Tactical Technology Development Section Chief (Military Dept.)
(大きく赤字でバツが書いてある)
(「→新兵への補助器具としてサンプル導入」、とコメントが書き込んである)
分類: [軍事演習報告 / システムの脆弱性露呈 / 高位竜種によるジャミング ]
記録内容:電法省執行官による次世代戦闘演算システム「A01補助演算」の実地演習結果について
* 演習概要
電法省執行官ルーカス・エルミタージュ・エルミタージュ公爵による、魔力演算を用いた戦闘行動予測システムのデモンストレーション。参加クラスにおいては、予測的中率98%を維持し、最小限の魔力消費での制圧を完了。
* 特記事項(アレス・クロノス・ヴァルキューラ公爵による介入)
演習最終段階において、アレス閣下が自ら実演に参加。
執行官ルーカスはシステムを最大稼働(過負荷)させ迎撃を試みたが、閣下の放出する高密度魔力による物理的・電法的なジャミングにより、システムは即座にダウン。
* 解析結果と結論
「A01補助演算」は、閣下クラスの「暴力の絶対量」を演算対象として想定していない。
演算による予測は、長官の「存在そのもの」が放つノイズの前では無効。
結論: 本システムは、弱者が弱者を効率的に支配するための道具に過ぎず、真の強者の前では「思考の遅延」を招く足枷となる。
■ アレス・クロノス・ヴァルキューラ公爵による「長官査定」コメント:
「……ふむ。プレゼンとしては及第点だ。
泥を舐め、剣を突きつけられながら、その琥珀色の瞳が恐怖に潤む様子は、どの演算結果よりも雄弁に『敗北』を語っていた」
■ 現場映像 /現場職員により撮影された動画
【映像記録:冒頭(ノイズ混じり)】
(手ブレの激しい映像。撮影者は物陰に隠れているようだ。周囲からは、くぐもった笑い声と「……やってやれよ」「公爵様の化けの皮を剥いでやれ」という卑俗な囁き声が拾われている)
【一般兵の視点】――琥珀色の化け物と、冷めた演算
「……見てろよ。今度こそ、あの『マザーの愛玩物』が泣きべそをかく姿を撮って、全分隊に流してやる」
撮影者の低い呟きが記録されている。
だが、レンズが捉えたのは、彼らの期待を事務的に裏切る「異常な光景」だった。
軍法省の広大な演習場。
最新鋭の強化外骨格を纏った牙官たちが、粗大ゴミのように地面に転がっている。
その中心で、エルミタージュ公爵――ルーカスは、乱れた呼吸一つ見せず、軍服の襟元を整える余裕すら見せていた。
「……以上が、A01補助演算による戦闘行動予測の有効性です。機能を限定することで、一般兵でも魔力消費を抑えた運用が可能になります。……次の方、どうぞ」
画面越しのルーカスの瞳は、まるで動く標的を識別するセンサーのように、無機質で、冷え切っていた。
撮影者の手が、微かに震える。
「……おい、嘘だろ。大佐が...牙官まで……触れることすらできてないのか……?」
「あいつ、剣を抜いてすらいないぞ」
ルーカスは、向かってくる精鋭たちの「次の一手」を、まるでカンニングでもしているかのように最小限の足運びで回避し、相手の魔力流の継ぎ目にそっと手を添えるだけで、巨大な騎士を地面へ沈めていた。
それは「戦闘」ではない。
まるで、複雑な数式を淡々と処理していくかのような、【あまりに静かな蹂躙】。
現場の屈辱が、映像のノイズとなって伝わってくる。
「ペン執り」と馬鹿にしていた少尉に、軍のプライドが完膚なきまでに叩き潰されていく。
……だが、この「無敵の聖人」の背後に、【赤き死神】がゆっくりと歩み寄っていることに、撮影者も、そしてルーカス自身も、まだ気づいていなかった。
「ほう。面白い『プレゼン』じゃないか」
その声が響いた瞬間、演習場の温度が数度下がったかのような錯覚に陥る。
撮影者の持つ端末が、強烈な威圧感によって「バチッ」とノイズを吐いた。
銀髪を夜風になびかせ、悠然と歩み寄るのは、軍事省最高統合戦略大臣アレス・クロノス・ヴァルキューラ。
「「閣下……ッ!!」」
並み居る牙官、翼官たちが、弾かれたようにその場に膝をつく。それは敬意というより、抗いがたい生存本能による「屈服」だった。
「……閣下、これはあくまでプレゼンで……。実戦のような負荷を想定しては……」
ルーカスの喉が、強烈な乾燥に襲われる。
視界を覆うA01のホログラムが、見たこともない血のような赤色に染まり、【警告:予測不能な高エネルギー反応 / 演算限界を超過 / 観測不能(KETER-CLASS)】というアラートが、ルーカスの脳を直接叩くように明滅していた。
ルーカスの琥珀眼が赤みを増す。
「実地演習だろう? ならば、私も混ぜろ」
アレスが、無造作に黒剣の柄に手をかける。
「……ルーカス、君の『知性(演算)』が、私の『肉(暴力)』にどこまで通用するか。……その澄ました顔が、いつまで『演算通り』でいられるか、ここで試してやろう」
アレスが一歩踏み出す。
その瞬間、ルーカスの演算が完全に沈黙した。
予測の線が、確率の数字が、すべて「死」という一色に塗りつぶされる。
[映像はここで途切れている。この直後、記録端末を所持していた兵士はアレス閣下の「視線」に気づき、端末を破壊。当該兵士は現在、再教育施設にて[削除済]。データは係長がサルベージを行った]
(2枚目のアーカイブがくっついている)
> SYSTEM_ACCESS: START_SESSION...
> LOGIN: USER_A [LEVEL_MAX_ADMIN]
> [LOG]: FILE_MODIFIED_BY_USER_A
>
> [LOG]: OVERWRITING_COMPLETED.
> LOGOUT: USER_A
■ 現場映像 /設置監視カメラによりサルベージされた復元動画([削除済]より提供)
「あ……、あ……」
ルーカスは気づく。自分がいかに「マシな雑魚」を相手に、安全な場所で計算をしていたのかを。
目の前に立つのは「赤き死神」。
「牙」も持たぬ、小さな「翼(少尉)」しかないペン執り事務屋にとって、それは「演算」の対象ではなく、ただ平伏し、蹂躙されるのを待つだけの【絶対的な終焉】だった。
アレスが腰の黒剣を抜く。
それだけで、演習場全体の空気が高密度の魔力によってジャミングされ、物理的に歪んだ。
角の根本に埋め込まれた受信機が、閣下の魔力圧を検知して悲鳴のような高音を発する。ルーカスは奥歯を噛み締め、反射的に防御魔術を展開した。
(……自力演算、開始! 外付け(A01)の同期を待つな!)
視界の端で、A01の回答がリアルタイム更新から数秒遅れて「静止画」のように固まっていく。
だが、ルーカスは自身の脳内の演算回路を、そして直結された演算回路から遅れて届く情報を、限界まで回した。アレスの踏み込み、肩の揺れ、剣の軌道。
(……左から三度、速度はマッハ……いける!)
ルーカスが迎撃の剣を振るおうとした、その瞬間。
「……ふむ。演算か。いわゆる一つの、『思考の遅延』だな」
アレスの声が、空気の振動ではなく、受信機を通じて脳内に直接、重低音で響いた。
次の瞬間、アレスが「存在」そのもので放った超高密度の魔力が、ルーカスの演算回路へと逆流した。
「あ、が……ッ!!」
視界から世界が消え、真っ白なノイズが脳内を支配する。
「耐性」があるはずの受信機が、逃げ場のない魔力をそのままルーカスの脳髄へと叩き込み、情報の濁流が神経を焼き切っていく。
演算による「未来」は、アレスという「現在」の暴力によって上書きされ、消滅した。
気づいた時には、ルーカスの膝は無様に地面を打っていた。
喉元には、アレスの黒剣が冷たく突きつけられている。
皮膚一枚隔てた先にある「死」の予感。瞬殺だった。
未来を見通すA01の演算も、アレスという「存在の重み」の前では、湿った紙クズに等しかった。
「A01の有効性は理解した。……だが、私の前では余計なノイズだ」
アレスの冷徹な声が、脳が焼けた残響の中で低く響く。
剣先が微かにルーカスの喉に食い込み、細い血の筋が軍服の白い襟を汚した。
「 君の機械(A01)は、私の愛(暴力)を測るにはあまりに脆弱すぎる。次はシステムを介さず、その『肉体』で私の剣(愛)を受け止めてもらおうか。情報の海で溺れた君なら、私の剣が喉に触れる熱だけが、唯一の「真実」だと理解できるだろう。……なぁ、ルーカス?」
アレスの口元に浮かぶのは、捕食者が獲物を追い詰めた時のような、残酷で、どこか恍惚とした笑み。
周囲を見渡せば、自分を嘲笑う目的でカメラを回していた者や、蔑みの視線を送る軍事省の連中が、「不潔な観客」としてそこに立っている。
「……ぁ……」
ルーカスの澄んだ琥珀色の目が、初めて明確な【屈辱と恐怖】に小さく揺れた。
演算では導き出せない、物理的な「力の差」。
自分を見下ろすアレスの瞳の中に、ただ一人の「愛玩物」として、無残に転がる自分の姿が映し出されていた。
「……やれやれ。もったいないね、ルーカス。道具は使い手を選ばないが、使い手の『覚悟』は選ぶものだよ」
思わぬ声がした。
足を引きずりながら現れたのはルーカスの伯父、情動省繁殖倫理統括大臣アルフレッド・ルーメン・アルビオン公爵だった。
伯父がアレスの前に立つ。
「……情動省の隠居が、何の用だ」
アレスが黒剣を下げず、不快そうに目を細める。
伯父は答えず、ルーカスに手を貸して立ち上がらせた。
「ちょっと貸してね」
ルーカスが持っていた眼鏡型のA01補助演算を自身の目に装着し、ルーカスの剣を借り受ける。ノイズを吐いていたシステムが、伯父が触れた瞬間に「最適化」され、静かに青い光を取り戻す。
「ほう。この演算面白いね。……驚いた。ルーカスは、こんな広い視野を見ていたのか」
伯父が軽く首を振る。その瞬間、アレスが警告なしに踏み込んだ。
先ほどルーカスを瞬殺した、ジャミングを伴う「音」さえ置き去りにする不可避の一撃。
だが。
「――君が、止まって見えたよ。アレス」
伯父の体は、最小限の、それでいて「理にかなった」動きでアレスの剣筋を逸らした。
一撃、二撃。アレスの暴力が空を切る。
公爵直系同士――同じ「竜の血」を引く者同士の戦いにおいて、アレスの絶対的な存在圧は、伯父の経験とA01の融合によって一時的に無効化されていた。
「ほう……。その足で、私の速度に合わせるか」
アレスの黒剣がさらに加速する。だが、アルフレッドはA01が導き出す「未来の残像」を柳のように受け流し、カウンターの切っ先をアレスの喉元へと滑らせる。
周囲の騎士たちが息を呑む。
アレス長官と「互角」に撃ち合っているという光景が、彼らには信じられなかった。
「合わせているんじゃない。A01が示した『最適解』を、ただなぞっているだけだ。……君の暴力はあまりに巨大だが、巨大すぎるがゆえに、予測演算には隠し事ができない」
伯父の瞳の奥で、A01が狂気的な速度でアレスの「存在」を逆演算していく。
アレスの剣と、伯父の借り物の剣が激しく火花を散らす。
それは、力と力のぶつかり合いではない。【絶対的な暴力】と、それを解体しようとする【執念の演算】の舞踏。
周囲の騎士たちは、もはや瞬きすら忘れていた。
火花が散る。
アレスの剛剣が空を裂き、アルフレッドの借り物の剣が、柳のようにその力を受け流す。
純粋な「技」と「演算」の領域。
「……ッ、相変わらず不気味な動きをする」
アレスがさらに踏み込み、地面が爆ぜる。だがアルフレッドはA01の予測に基づき、わずか数センチの回避で致命圏を脱する。
周囲の兵士たちは、衝撃から抜け出せない。
「……おい、嘘だろ。あの『情動省ののんびり親父』が、閣下と互角に……」
「アルフレッド様の功績は、事務方のハッタリじゃなかったのか……」
数回、数十回。金属音が演習場に高く響き渡る。
かつて共に戦場を駆けた狂犬たちの、言葉なき対話。
「なんだ貴様。そこまで回復してたのか」
アレスが嬉しそうに牙を見せた。
だが、残酷な現実はアルフレッドの「肉体」に刻まれていた。
深く踏み込もうとした瞬間、古傷の残る片足が、演算の速度についていけず悲鳴を上げる。
「――っ、あぁ。……ここまでかな。体力が続かないや」
アルフレッドは唐突に剣を引き、おちゃらけた動作でその場に膝をついた。
肩で息をしながらも、その表情にはかつての「狂犬」の鋭い光が微かに残っている。
アレスは、振り下ろしかけた黒剣を強引に止め、不満げに鼻を鳴らした。
「……チッ。鈍ったな、アルフレッド。昔の貴様なら、今の隙に私の片目を抉り出していたはずだ」
「はは、買い被りだよ。今はルーカスのシステムの助けがなきゃ、君の顔を拝むことすらできないさ」
アルフレッドは眼鏡を外し、泥にまみれたルーカスに視線を投げた。
アレスは、棒立ちのルーカスとアルフレッドが持っていたA01補助演算を交互に一瞥し、忌々しげに吐き捨てる。
「……フン。雑魚共が、いくらか『マシ』な雑魚になる程度には、足しになるかもしれんな。……そのガラクタ(A01)は」
アレスが、システムの有用性を僅かであるが、認めた。
それは、ルーカスという「個体」への屈服ではなく、アルフレッドという「かつての狂犬」がその価値を証明したからに他ならない。
[映像はここで途切れている]
実に面白いな
さぁ、演算を続けよう
[SUBJECT_L / A01_DEVICE]
• VITAL: [SYNAPTIC_OVERLOAD / EXTREME_FLUSH]
• DATA_INTEGRITY: [FRAGMENTED / CORRUPTED_BY_AFFECTION]




