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それは『大漢和』から始まった

元々株屋なので、株用語で説明している部分があります。ご容赦下さい。

 第一章 それは『大漢和』から始まった

 

 秋。

 それは近年ますます短くなり、ほんの一週間も続けば御の字という希少な季節。

 俺は、家の奥にある書庫に行き、『大漢和』を引こうと思い立った。

 何という字を調べたかったのかは忘れたが、国字かどうかとか音訓の読みがどうとか、そういう事を調べたかったのだと思う。

『大漢和』は諸橋轍次大先生が著わした、索引を含めて全十三巻の巨大な字引である。縮刷版でも一冊がコンクリートブロックほどもある大きな本だ。

 書架を見た。

『大漢和』はいつもの場所に収まっている。

 そして、なぜか床には五巻から八巻が置いてある。

 どうやら位置を変えようとして書架から抜き出したらしい。

 書架には十二巻までがおさまっていた。

 一巻から四巻はどこに行った!?

 最重要の索引は!?

 ぞっとした。

 一気に頭から血が引いた。

 その後、深夜まで残りの巻を探した。

 翌日は失せ物探しの易占もした。

 けど、みつからなかった。

 まさか盗まれるはずもない。そもそも、辞書の途中までなんて中途半端な盗み方をする泥棒がいるわけもない。絶対に、自分が置き場所を変えようとして途中で忘れてしまったのだ。

 暖炉にくべたのかとも思った。今のインターネット時代、紙の本は場所を取るだけだ。あるいは、廃品回収に出してしまったのか。

 けど、索引を捨ててしまうというこははありえなかった。子供の頃から慣れ親しんできた面白漢字の宝庫なのだ。燃やすなり捨てるなりするとしても、索引巻は最後までとっておくだろう。あるいは、執着を捨てようと最初に処分してしまったのか。

 その後、何日も探し続けた。

 本当に、家の中のどこにも見当たらなかった。

 そういえば、ここ数ヶ月の間にいろいろな物をなくしていた。メガネ、クレジットカード、交通系ICカード。

 いよいよボケてしまったかと恐ろしくなり、物忘れ外来をかかげている開業医に連絡した。

 症状を話し、検査を受けることになった。検査をするのは、専門家が来る別の日だ。

 住所氏名に始まって「今日の日付は」「何曜日」「今いるのはどこ」。色んな言葉を覚えて記憶を試したり、積み木のパズルを解いたりといったテストを受けた。

 気分は『アルジャーノンに花束を』の主人公、チャーリー・ゴードンだ。

 パズルゲームは完璧だったそうだ。

「元々、頭がよかったのですね」と言われた。

 地頭をほめられても『大漢和』が出てくるわけではない。憮然として医院を出た。

 後日、MRIだかCTだかも受けた。

 検査結果は「脳に萎縮はあるが年相応」だった。



 その少し前まで、俺はFXトレーダーとして生活していた。

 月収百五十万。

 どんどん利益が膨らんでいた。

 レバレッジは五倍程度におさえている。

 三十年間の投資家としての経験で稼ぎに稼ぎまくっていた。

 通貨供給量仮説に従って、何年ものデータを使って開発したシグナル手法は、完璧に思えた。

 たまに損失が出ることもあったが、翌月にはリカバリーできた。大抵は、膨らみすぎたレバレッジの縮小が原因だ。

 利益は原資として次の取引をするため、月々の出費は六十万程度で抑えていた。

 が、その年の夏はコロナウィルスにかかった。

 三度目か四度目だ。

 経験から、コロナの症状は大したものではないと考えていた。

 一週間も寝込めば回復するのだ。

 今回もそうだった。頭痛や倦怠感は残らなかった。

 俺はのんきにトレードをしつつ、日々を楽しく過ごしていた。酒は、三日飲んでは一日休むというパターンで、大体は二、三軒を梯子していた。帰りはホテルをとるか深夜割増のタクシーだ。

 が、今回のコロナには思いもしない後遺症があった。脳の霧――ブレイン・フォッグだ。

 脳の霧は、本当に物事が理解出来なくなる。計算も出来なくなる。

 何度かのコロナでも、その兆候はあった。

 難しい本が読めなくなった。本棚にはマンガばかりが増えていった。

 まあ、それでもいいか、と思っていた。難しい講釈を垂れて承認欲求を満たすなんてのは、よりよき人生には余分なことだ。酒が飲めてうまいものが喰えればそれでいいのだ。 

 そして、映画やアニメをだらだら見て、そこそこいい暮らしが出来ればいい。

 いずれは死ぬ定めなのだ。やりたいように生きて、最後は野垂れ死んでいこう。

 人は死ぬ、いつか死ぬ、絶対死ぬ。

 なるようになる、ならんようにはならん。

……とまあ、それくらいの覚悟は出来ていたのだが、まさか、政府がこんなに円安に対して無策だとは思ってもいなかった。


 円安になると、輸入物価は高くなる。原油、金属、小麦粉、オレンジジュース。身の回りの全てが輸入品だ。

 国内ではインフレが起きる。

 インフレが起きると国民は窮乏する。だから、急激なインフレは絶対起こしてはならない。為替の変化はゆっくりと起きるべきなのだ。

 が、政府はそんな当り前のことすら理解していなかつた。

 民主党政権下のデフレ放置もひどかったが、自民党政権下でのインフレ放置もひどかった。

 それでも、インバウンド政策をとっていたので、国内消費や決済で円が買われてバランスが取れると思っていた。

 だから、あれよあれよという間に円安が進行したのは不思議で仕方なかった。

 いや、いずれ円安にはなるとは思っていた。ただしそれは、日本政府が財政破綻を危惧して政府紙幣を発行しはじめた時だと思っていた。米国はそんなにドルをふやしいてないし、計算上、百五十円を突破することはありえない、と考えていた。

 ここに新たな要因が加わってくる。AI取引だ。

 AIは短期トレンドでがむしゃらなサヤ取りを狙ってくる。そこで暴走が発生する。いわゆるレミングス現象だ。

 個人トレーダーの、ゆったりと腰を据えたトレードでは突発するレミングスには追いつけない。

 そこで、売り指し値を突破された。

 どんどんレバレッジが上がっていく。

 でも、ロスカットは二十五倍だ。

 なんとかドルを手放してロスカットをくらわないように調整する。

 株を売ってFXの原資に回す。

 政府・日銀は口先介入を続けるばかりだ。けど、国内景気が悪化するのは絶対に避けたいはずだ――そう思い込んでいた。

……為政者は、株価が上がることが景気がよくなることだと勘違いしていた。


 というわけで、脳の霧に冒された俺は、為政者への期待からドル売りへの指し値を出し続けた。そして、レバレッジが二十五倍に近くたびに損切りを繰り返し、それを新たなドル売りへの指し値へと回す。このまま円安が進むとは到底信じられなかったからだ。

 一昨年あたりに聞いた話だが、俺はかつて「一ドル百六十円をつける」と予言していたらしい。

 その当時はまだ頭がしっかりしていたから、独自計算で限界値を計算したのだろう。

 その時は「何を言っとるんだ、このおっさんは」と思われていたらしい。

 のちにそれが現実となり、驚かれた。

 一方で自分は「一ドル百五十円を突破することはありえない」とも言っていた。なぜなら、それだけの円を日銀が発行していなかったからだ。

 全ては、通貨供給量仮説に基づいた考え方だった。

 正確な言い方をすると、それは「分野別通貨供給量仮説」になる。

 今でも、この考え方は基本として間違っていないと思っている。そして、レバレッジ一倍以下なら有効な手法だと思っている。

 次の章ではその話をしようと思う。


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