ボルト
数週間後、ヒカルの容態はかなり安定してきていた。傷もほとんど治り、普通に歩いたり出来るようになっていた。
「ここまで回復すれば、治療は必要ないだろう」
ウェインが言った。
「本当ですか?ありがとうございます」
ヒカルがお礼を言った。
「しかし、別の問題がある」
ウェインが言った。
「問題?」
ヒカリが聞いた。
「そうだ。分かるだろ?」
ウェインが言った。
「えっと……あ、家……」
ヒカルが言うとウェインが頷いた。
「そうだ、家が分からない。帰そうにも帰せないんだよ」
ウェインが頭を掻きながら言った。
「家が分からないなら、親元に返すことも出来ないし、かといってこの城に置いておくことも出来ない。だが追い出すのは可哀想だし……さて、どうしたものか……」
ウェインは考え込んだ。ヒカルはそんなウェインを見て言った。
「あの、手掛かりになるか分からないんですけど……」
ヒカルは夢で見た光景をウェインに話した。火の海に沈んだ町。赤いタワーの上で吼える竜。話しているうちにヒカルの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。
「そんな被害が……」
ウェインは言った。ヒカルは頷いた。
「前足が鎌のような竜……聞いたことは無いな……だが、被害は分かった。それを基にすれば、家が分かるかもしれない。少し待っていてくれ」
そう言うとウェインは医務室から出ていった。
しばらくして、ウェインがタブレットを見ながら戻ってきた。……そう、タブレットだ。
「うーん、それっぽい情報は無いな……」
ウェインがタブレットをいじる。
ヒカルは近くの窓から外を見た。入院中、何度か外を見た。その時と変わらない、中世の西洋のような町並みだ。とてもタブレットがある時代とは思えない町並みだった。
「駄目だ、分からん」
ウェインがタブレットを閉じた。
「そうですか……」
ヒカルは残念そうな顔で言った。
「家には帰せそうにないな……どうするか……」
ウェインは考えた。その時、医務室の扉が開いた。
「話は聞かせてもらった」
医務室に黄色い竜が入ってきた。
「ボルト?」
ウェインが言った。
「ああ、そうだ」
黄色い竜は頷いた。
「この男をこの城の兵士にすればいい」
ボルトはヒカルを指さして言った。
「そうすればこの男の問題は解決する。さらに、人手も増える。どちらにも得があるのではないか?」
ボルトはそう言った。
「……マジで言ってんの?」
ウェインは驚いた表情で言った。
「僕が……ここの、兵士に?」
ヒカルも驚いた。
「ああ、そうだ」
ボルトが頷く。
「えっと……僕は……」
ヒカルは戸惑いながら言った。
「今度の入隊試験に間に合わせればいい。俺が面倒を見てやる。どうと言うことはない」
ボルトが聞いた。
「今ヒカル君が何か言おうとしてたじゃん……」
ウェインが呆れたように言った。
「何か問題があるのか?」
ボルトが言った。
ヒカルは断ろうとした。自分なんかが兵士になれるわけが無い。それに、危ないことをするつもりは無かった。
……しかし、もし兵士になったら、あの竜について何か分かるかもしれない。自分の故郷についても何か分かるかもしれない。もし、兵士になれるなら……
「あの、僕なんかでも、兵士になれますか?」
ヒカルはボルトに聞いた。ボルトが頷く。
「当然だ。俺の指導を受けて、兵士になれなかったやつはいない。ヒカリだってそうだ」
ボルトはそう言った。
「あー、やめといた方がいいと思うんだが……」
ウェインが言った。
「後悔はさせない」
ボルトが答えた。
「あの、じゃあ、お願いします!」
ヒカルは頭を下げた。
「ああ、言っちゃった。しーらね」
ウェインは呟いた。
「よし、じゃあお前は今日から俺の弟子だ。明日から訓練を始めるぞ」
ボルトが言った。
「は、はい!」
ヒカルはそう答えた。
「じゃあ、ボルトに任せた」
ウェインが言った。
「ああ」
ボルトが頷いた。
かくして、ヒカルの城での生活が始まった。ボルトが城のボスなるものに話し、部屋を用意してくれた。
夕食の時、ボルトが兵士たちにヒカルを紹介した。城の兵士たちは、ヒカルを歓迎した。
「兵士じゃないのに城に置いておくのはどうなんだ……」
左腕に大きな盾のような鱗がある、銀色の竜が言った。彼はバス。ドラゴン軍の刀剣隊の隊長らしい。
「まあ、職場体験みたいなもんだろ。仲良くしようぜ」
バスの隣にいる銀色の竜が言った。彼はテノール。ドラゴン軍槍隊の隊長らしい。
「よろしくお願いします!」
ヒカルは頭を下げた。
「ここがお前の部屋だ」
ボルトはヒカルを部屋に連れてきた。部屋はベッドと小さな机があるだけの簡素な部屋だった。
「ありがとうございます」
ヒカルは言った。
「明日から訓練を始める。今日はよく寝ておけ。俺は容赦しないからな?」
ボルトはニヤリとして言った。
「はい!」
ヒカルは頷いた。
こうして、ドラゴン軍の兵士になるべく、ヒカルの訓練の日々が始まった。