竜の世
辺り一面火の海だった。建物は崩れ、炎の中に沈んだ。人の声はどこからも聞こえて来なかった。ヒカルは走った。逃げていた。迫る炎から、迫る死から。
ヒカルはチラッと後ろを見た。赤いタワーの頂上に、1頭の生物がいた。四足歩行で、背中に翼がある。前足は鎌になっており、触れた物全てを切り裂いた。頭には鋭いツノがあった。
生物が咆哮を上げた。翼を広げる。そしてヒカルを見た。ヒカルは走った。とにかく走った。なんとか逃げようとした。しかし、生物は一瞬でヒカルの背後に飛んできた。鎌を振り上げる。ヒカルは叫んだ。
自分の叫び声で目が覚めた。ヒカルは起こした。病室のような場所にいる。いくつもベッドが並び、そのうち1つに寝ていたようだ。壁も天井も白い。床はフローリングになっていた。
全身に包帯が巻かれている。だが痛みは無い。
助かったのだろうか。ヒカルはそう思った。
「気がついたか?」
男の声が横からした。ヒカルが寝ているベッドの隣に誰か立っている。白衣を着ているし、二本足で立っているが……人間じゃない。体は銀色の鱗に包まれ、鋭い爪とツノがある。背中には翼があり、尻尾まである。
……夢でも見ているのだろうか?今目の前にいるのは間違いなくドラゴンだ。
「大丈夫かい?俺が分かるか?」
ドラゴンが言った。
「……夢?」
ヒカルが呟いた。
「現実だ」
ドラゴンが言った。
「あ、そうですか。現実……」
ヒカルはドラゴンを見た。
「現実⁉じゃあ、目の前にいるのは何⁉」
ヒカルは起き上がって聞いた。
「……?俺か?何って、俺はこの医務室の先生、ウェインだ」
「そうじゃないです。え、何?ドラゴン?どうなってんの?」
「ドラゴン……まあ、そうだが……それがどうかしたか?」
ドラゴンが不思議そうな顔をして聞いた。
(え、何?僕がおかしいの?なんでそんな不思議そうな顔してんの?)
ヒカルは心の中で思った。
「まだ脳が混乱してるのかもな。もう少し休んでなさい」
ドラゴンが言った。
(休めるわけ無いでしょ、明らかに肉食でしょこの見た目は!)
ヒカルは思った。
「あの……」
ヒカルが言った。
「僕は今どこにいるんですか?」
「今いる場所か?ここはドラゴン城。ドラゴン軍の本拠地だ」
ドラゴンはそう言った。
「えっと……あなたは?」
ヒカルはドラゴンに聞いた。
「俺はウェインだ」
「そうじゃなくて、その見た目は……?」
「……?医務室の先生だからな。白衣を着るのは当然だろう?」
いや、そうだけど。
確かにそうだけども。
「えっと、そうじゃなくて、えっと……」
ヒカルは言葉に詰まった。さいわいにも、ウェインは察しが良かった。
「そうか、もしかしてお前、竜を見るのは初めてか」
ウェインは少し驚いたように言った。
「え、あ、はい。そうです」
ヒカルの返事にウェインは頷いた。
「なるほど、竜を知らないか……」
ウェインはそう言って、少し考え込んだ。
「とりあえず……少し説明してやろう」
ウェインはそう言った。
「ありがとうございます……?」
ヒカルが言った。
「礼はいい。さて、竜っていうのは……俺を見れば分かると思うが、爬虫類の一種だ。トカゲの仲間から進化したと言われている。特徴としては、だいたいの種類に翼がある。ワームとかサーペントみたいなやつには無いがな。大抵はどっかに翼がある。それと、魔法が使える種類も多いな」
「魔法⁉」
ヒカルは驚いた。魔法なんてお伽噺の中だけのものだと思っていた。
「ああ、そうだ。だいたいの竜は何かしら魔法を使える。こんなふうに」
ウェインは手を開いた。緑色の魔方陣が現れ、小さな風が吹いた。ウェインは手を閉じ魔方陣を消した。
「とまあ、こんな感じにな」
「すごい……」
ヒカルは呟いた。でも魔法まで出てきたなら、やっぱり夢じゃないだろうか?
「そういえば君、名前は?」
ウェインが聞いた。
「僕は……ヒカルです」
「そうか、ヒカルか。もともと住んでいた所は分かるかな?」
ヒカルは答えようとした。しかし、分からなかった。
「えっと……あれ?」
ヒカルは思いだそうとした。風景は分かる。たくさんの家やマンション、ビルが並び、赤いタワーが立っている。遠くにはさらに高いタワーがあった。しかし地名が分からない。
「どんな場所に住んでいたかでもいい。周りにあるものとかが分かればいい」
ウェインが言った。
「えっと……建物がたくさんありました。あと、赤いタワーがあって、少し離れた場所に違う色のやつが」
ヒカルは思いだしながら答えた。
「建物がたくさんあって、タワーが2本?シティか?しかし、そんな場所あったかな……?」
ウェインが言った。そのとき、病室の扉が開き、誰かが入ってきた。
「ウェイン、私の短剣知らない?どこかに置いてきちゃったみたいで……」
黄色い髪の女の子だった。しかも人間だ。どうやらここにはちゃんと人間もいるらしい。少女はヒカルを見ると驚いた表情をした。
「意識が戻ったのね!」
少女はヒカルを見て言った。
「え、あ、はい。えっと……どちら様で?」
ヒカルは言った。
「私はヒカリ!あなたは?」
「僕は……ヒカルです」
「ヒカル君か、よろしくね!」
ヒカリは笑顔で言った。
三度目の正直という言葉があります。今度は成功させます。
本当だな?
必ずや、あの男を我らの軍に。
……仏の顔も三度までだ。次は無いと思え。
承知、しました。