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自分だけの時間

 北陸ロマンに続く放送が終わると、降りる支度をする人たちで車内はゴソゴソと騒がしくなる。通路にはあっという間に、デッキから続く大行列ができていた。


「まだ終点じゃないのに、かなり降りますね」

「みんな観光目的なんだろうな」

「確かに兼六園も茶屋街も素敵ですし、ご飯もスイーツも美味しいですよね」


 北陸新幹線が敦賀まで延びる前、金沢が終着になった頃から、金沢は人気観光地の地位を確立している。

 行列の様子を伺うと、キャリーケースを持った若者のグループやファミリー、年配のツアー客、外国人観光客と客層は幅広い。その中に、草津温泉ではしゃいでいたあの大学生グループもいた。



 さっきまで満席近かった車内は一気に閑散となり金沢を出発した。俺の近くの席にいるのは、隣に乗り合わせている美佳だけだ。


「美佳ちゃん、金沢に行ったことあるの?」

「はい。中学の卒業旅行で友達と来ました。まだ路肩に雪が残ってましたけど、着物借りて街中歩いて、とても楽しかったです」


 美佳の着物姿、凄く綺麗なんだろうな。一度でいいから、その様子を拝んでみたかった。


「いいなぁ。俺、学校行事以外では誰とも出かけたことないんだよね」

「そうなんですか?友達が少なそうなタイプには見えないですけど」

「いじめは受けずに済んだけど、学校内では孤立してた方なんだよ。クラスメイトと馬が合わないし、無理に話を合わせるのも疲れるし、だったら一人で好きなことに没頭するほうが気楽だったんだ。それでも、同級生が友達グループでテーマパークとか花火大会に行った話を聞くと、俺は惨めだなって思えてきちゃってね・・・・・・」



 美佳ぐらいの歳の頃を思い出すと、胸が痛くなる。



 当時の俺は学校生活がとにかく嫌で、授業が終わったら誰よりも早く帰っていた。最初は親の顔を伺い、どうにか頑張って毎日学校に通っていた。

 でも、次第に午後だけ授業をサボったり、仮病で丸一日休んで夕方まで時間を潰すような生活を毎週繰り返すようになった。

 それでも、赤点を取らない程度に勉強はしてきたので、サボっていたことは卒業まで親にバレることはなかった。


 今思えば周囲に隠れて出かけるきっかけだったのかもしれないが、振り返ってみたら楽しさよりも寂しさの方が勝っていた。



 俺、ロクな青春を送ってこなかったんだな。



 自分の情けないところを美佳にさらけ出して、つくづく恥ずかしくなる。


「・・・・・・いい大人なのに、みっともない話しちゃってゴメンね」

「いえいえ。石和さんの気持ち、ちょっとわかる気がします」


 彼女は軽く首を振り、神妙な面持ちで続けた。


「私も普段は友達と楽しく過ごしてますけど、本当は誰にも知られたくないことがあります。でも、仲間外れにされたり、周りから過剰に心配されたくなくて、ずっと我慢して振る舞ってきました。だから、他人の目を気にせず自分の意のままに行動できる石和さんは、惨めなんかじゃないですよ」

「そうかな。美佳ちゃんが一人で出かけたのは、我慢の限界だったの?」

「我慢の限界というより、後悔したくない気持ちが強くなったんです。周りにウソをつくのは罪悪感ありましたけど、日常から距離を置いて自分の好きなことを思いっきりしたら元気になれました。だいぶ満足です」


 後悔したくない、か。


 孤独な時間を過ごし、仕事も人間関係も上手くいかず、俺の人生は後悔だらけだ。ずっと一人旅に出ていたのも、そんな自分から目を背けるための手段に過ぎない。


 思い残さない道を選んでいる美佳のほうが、俺なんかより圧倒的に大人びている。彼女のように生きてみたいと思った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 最後の途中駅である福井を後にすると、車内は数える程度しか乗り合わせていない。


「石和さんは、昔から一人で遠くに出かけてたんですか?」


 ふと、美佳が問いかけた。


「出かけ始めたのは美佳ちゃんと同じ歳の頃からだけど、まだ関東圏内しか回らなかったよ。でも、次第に徐々に距離を伸ばすようになって、これまで日本の半分くらいは回ったかな」

「えっ、そんなに!かなり凄いですね!今まで行った場所で、一番よかった場所ってどこですか?」


 美佳が感嘆した様子でさらに質問する。優劣つけるのは難しく、少し考えてから回答した。


「美佳ちゃんの住む京都も素敵だけど、一番印象深かったのは長崎かな。近代日本の歴史が一つの街に凝縮されててグルメも美味しかったし、道中の車窓も綺麗だったんだ。途中で立ち寄った広島や福岡も良かったけどね」

「そうなんですね!一度でいろんな土地を巡るの、私も憧れます。そういう旅は、今でも続けているのですか?」

「もちろん続けたい気持ちは強いけど、仕事してるとなかなか時間取れないんだよね。働き始めてからは日帰りの範囲でしか出かけてないよ」


 通常のきっぷは目的地までの距離が長いほど有効期間が長くなり、今使っている一筆書き乗車券も6日先まで有効となっている。


 だけど、今の仕事はシフト制で連休を取らせてもらえず、ゆっくり旅情を味わいたくても現実はそう簡単に許してもらえない。


 おまけに、今の職場は殺伐とした空気だ。お土産を買ってきても感謝の言葉もなく、むしろ「自慢ですか?」と言わんばかりの痛い視線を向けてくる。


 たまに連絡をくれる親からは「遊んでばっかりいないで、将来のためにちゃんとお金を貯めなさい」と口酸っぱく言われ、共感してもらえることもない。


 だから職場にはもちろん、家族や知人にも日帰り旅のことは伝えていない。帰ってきた後も翌日には何食わぬ顔で出勤しているし、月日が経っても話題に出そうとは一切思わなかった。


 今まで周りに聞いてもらえなかった自分の好きな話を美佳にできて、だいぶ気持ちが楽になった。


 とはいえ、美佳からすれば偶然出会った赤の他人の話だ。時間が経てば、いつかは記憶から消し去られてしまうだろう。


 そんなことを考えていると、彼女はとある提案をしてきた。


「石和さん、旅の経験や撮ってきた写真を活かして、各地の魅力を発信してみてはどうですか?多くの人を楽しませられると思いますよ」

「そう?SNSやってないし、人の心を打つなんてそう簡単なことじゃないと思うけどなぁ・・・・・・」

「いえいえ。石和さんのお話、とても興味深くて参考になりました。旅行会社に勤めてたなら、ツアーをプロデュースできるレベルですよ。私ならお金を出して行ってみたいですし、一緒に回れるなら連れて案内してもらいたいくらいです」


 つぶらな瞳から訴える彼女のその言葉は、お世辞ではなく彼女の本心から出ていると確信する。自分を認めてくれた気分になり、涙腺が緩みそうになるのを必死にこらえた。


「そう言われたの、美佳ちゃんが初めてだな。ありがとう」

「いえいえ。この後、一緒に巡るのが楽しみになりました」


 美佳が満面の笑みを浮かべる。その期待に応えなければ、という使命感が俺の中に芽生えた。


 美佳と一緒にスマホで観光スポットやグルメを調べているうちに、定刻通り11:29に敦賀へ到着した。

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