実家で過ごしちゃいました(前編)
多分、前後編になります。
お茶の準備をしてくれた侍女はいつの間にか部屋を離れていた。
残っているのは、イヴ、グレッグ、両親、イアンそして家令の男性だった。
「カーウェル家は昔から諜報を主に活動しているんだよ」
イヴは父親の言葉を理解できず、「ん?」と言う表情をグレッグに向ける。
グレッグは小さく首を横に振る。最後まで聞きなさいということなのだろう。
「グレッグは気づいているかもしれないがイヴはまだ子どもの頃にこの家を出て軍の学校に行ったからね。何も説明できてなかったね。」
父親はそう言いながら部屋から庭を見る。
「この家には貴族階級にしては使用人が異様に少ないのは知っているよね?それは、私達の仕事の影響なんだよ」
「私達?」
グレッグが不思議そうに聞き直すと
「ああ、母さんも一緒に仕事をしているからね。」
父親の言葉にイヴは驚いた。そして母親を見ると
「そうなの。私もお父さんと一緒の任務をしたり別の任務に着いたりしてるわ」
母親はイヴを見てニコッと笑うと
「見えないでしょ?儚げな子爵夫人に見えるものね」
とおどけながらウインクをした。
父親はそれを見ながらコホンと空咳をする。
「アイリーン、子どもの前でもあまりかわいくならないで欲しい」
「ゲイリー、それこそ子どもの前で言う言葉ではありませんよ」
二人は微笑みながら幸せそうに声をかける。
そう、これがイヴが小さい頃から見ていた風景だった。
子どもを蔑ろにしてまで二人の世界を築く両親が苦手だった。
イヴの考えが表情に出ていたのだろうか父親は気まずそうに話を続ける。
「すまない話がそれてしまったね。こうして私達はおしどり夫婦として社交界では通っているんだ。でも本当は」
「ゲイリー無理しなくてもいいんじゃない?」
何かを言おうとした父親を母親が止めた。
父親が気を取り直して
「仕事上どうしても必要以上に人を家に入れたくなかったんだよ。しかし、それが子ども達に不自由な思いをさせるとは…。いや、グレッグが一人で背負ってくれていたんだね。グレッグ自身もまだまだ子供だったのに」
「本当にすまなかった」
父親はグレッグに頭を下げた。
グレッグはどうしていいのか分からず困っていた。
「父上、正直この家は辛かったです。でも、イヴが僕を見つけてくれて連れ出してくれた。それが全てですよ。そして、嫡男として生きていかなければいけないのにそれをイアンに押し付けてしまった。ごめんね、イアン」
グレッグはイアンに頭を下げる。
「いいんだ、兄様。私は多分この兄弟の中では気をかけてもらっていた方なのだと思う。あと、アメリアもね。だから、私はこの家を守っていこうと思えたんだよ」
イアンはグレッグを見て
「あの頃は皆自分の事だけで必死だったんだよ。だから、これからは未来を一緒に見ていけたらいいなと思うんだ」
そう言ってイアンは笑った。
「でも、時々遊びに来てくれてこの書類を手伝ってもらえたら嬉しいな」
と言いながら書類の整理を始める。
執務室の空気が少し軽くなった。
「でも…。そういう仕事はさすがに夫婦だけで行う事ではないでしょ?チームとか組んでなかったのですか?」
イヴは気になった事を質問した。
その質問を聞いた父親は少し難しい表情をした。
「そうだね。私と共に兄弟やその配偶者たちも一緒に活動していたんだが、一昔前に大きな事件が起こってね。ある上位貴族で流行ったパーティードラッグの入手元を探る為に潜入捜査をしたんだが、その時に何人か犠牲になってしまってね」
「もちろんこの話はここだけにしてね」
母親は人差し指でナイショのジェスチャーをする。
「イヴも似たようなお茶を飲まされただろ?」
父親の言葉にイヴは息をのむ
「どうして知っているのですか?」
「うん。この関連の情報はこちらにまとめてくるようになっているんだよ。」
イヴは声を小さくし
「だったら、もう主犯格は…。」
父親は何も言わなかったが小さく頷いた
「そうですか…。」
イヴにお茶を飲ませたのは、自分の娘に似ていると思い込んだ前宰相の仕業だった。
この前久しぶりにフラッシュバックしたばかりだ。
「えっイヴのあの病院送りってすごい事件に巻き込まれてたの?」
グレッグは驚きながらアワアワしていた。
「本当に、偶然、不本意な事件に巻き込まれただけだよ。本来はもう少し念密に打ち合わせする予定だったんだから」
グレッグの背中を優しくさすると、横目で少し睨みながら「本当に?」と確認してきたので
「うん。本当だよ」と伝えた。
「この話は元を辿ると王宮に獣人を入れることを嫌っている一部の人族が発端なんだよ。それがこじれて色々な事件が発生してしまったんだよ」
「そうよね。イヴの恋人のイーサン君も大変だったものね」
母親が頬に手を当てて何かを思い出したように呟いた。
「アイリーン、それは二人の話だよ。私達は干渉してはいけない」
「えっ?イーサンもその大きな事件の被害者なのですか?」
イヴは父親に詳細を尋ねるが
「それは、イーサン君がきっと話してくれるよ。私達は何もいう事はない」
「父上、母上、お話は落ち着いたでしょうか?私は引き続き仕事を続けたいので、夕食の後にしませんか?あっ父上は一緒に作業してもらいますからね」
イアンが書類を父親に見せながら久しぶりの家族の再会を終了させた。
父親はイアンと執務室に残り、イヴ、グレッグ、母親の三人は部屋を出た。
三人は特に会話もなくそれぞれの部屋に戻った。
イヴはソファーに座ると体を思い切り伸ばした。
「ふぅ〜。なんかすごく疲れたかも」
そのままソファーのひじ掛けに頭を乗せる。
両親の仕事が原因で家がきちんと回っていなかった事を知り理解はできた。
そしてどのタイミングか分からないが親戚が任務で被害に合っている事を知ってショックだった。
「そういえば、いとことか会った事なかったもんな」
部屋をぐるりと見渡しながら昔を思い出そうとするが何も浮かばなかった。
生家なのに薄情な自分が少し悲しかった。
「そういえば、姉さんと弟はどこにいるのかな」
今日の話し合いに出席しないのは何か理由があるのかなと考えていると。
トントントン
部屋をノックする音がする。
「どうぞ~」
イヴが声をかけると
「イヴちゃん、ちょっといい?」
母親がイヴの部屋に入ってきた。
イヴは一度ソファーから立ち上がり母親を迎える
「こちらにどうぞ」
イヴが先ほどまで寛いでいたソファーを勧める。
「ありがと」と言いながら母親は腰をおろした。
イヴは周囲を確認しながら
「すみません、お茶とか用意できなくて」
まだ自分の部屋に慣れていないのでどこに何があるか分からない。
「いいのよ。さっき頂いたしね。少し二人でお話ししたくてね」
イヴは改めて姿勢を正して母親の言葉を待った。
「さっき、お父様が言いかけていたことなんだけど、社交界ではおしどり夫婦って話ね。実は、私達には危険な任務も少なくなくてね。どうしてもお父様は任務以外では私に甘いのよ」
「えっそうなんですか?」
普通に威厳のある父親にしか見えない。
母親は、「そうよ」と言った後
「イヴちゃんは覚えているかしら?昔私に話しかけてくれたのにお父様に止められたこと」
イヴは首を横に振ると
「イヴちゃんは久しぶりに会う私達に少し興奮してしまって、私に抱き着こうとしたのよ。ちょうどその時、腹部にけがをしてしまってね。衝撃を与えないようにお父様があなたを遠ざけちゃったのよ。その時のイヴちゃんの表情が忘れられなくてね。その夜はお父様を責めたわ。『どうしてこんな任務ばかりで子ども達の傍にいられないの』って」
イヴは何も言わずに話を聞いていた。
「あの人は、一言『すまない』って言ったわ。今考えると、あの人も納得しながら任務をこなしていなかったのかも」
母親はパチンと手を叩くと
「悲しい昔話はおしまい。今は任務も落ち着いているからできれば少しずつ親子の時間を取り戻せればいいなと思っているの」
そういうと席を立ちドアの所まで歩き出した。
「イヴちゃんのお父様は子ども達の事を愛してるのよ。ただ、足りないだけ」
母親は振り返り後ろを付いてきていたイヴの方を向くと少し背伸びをして頭を撫でる。
「でもそれがいけなかったのね」
と言いながら部屋を出ていった。
夕食の時間になると先ほど執務室に集まったメンバーで夕食をとることになった。
「ところで、アメリアとマシューは今どうしてるの?」
グレッグはずっと気になっていたのかイアンに質問した。
「アメリアは侍女として働きに出てるよ。マシューは学生で寮に住んでる」
「えっアメリア姉さんって侍女なの?」
イヴは驚いてイアンに確認した。
イアンは笑いながら
「まあ侍女と言っても花嫁修業みたいな感じかな?とりあえずまだ雇用主からのクレームはきてないから大丈夫だと思うことにしている」
「そうなんだ…。」
「イヴちゃんも花嫁修業にどこかの貴族のお家に奉公に行く?私が見つけてきてあげるわよ?」
母親は楽しそうにイヴに聞いてくるので
「イエ、ダイジョウブデス」
と即答していた。
それを聞いていたグレッグが
「イヴは王都の警邏でがんばってるもんね~」
と助け舟を出してくれたので、コクコクと頷いた。
「しかし、イヴが警邏とは世の中分からないな」
父親が感心したように話すと
「お父さんも剣とか体術とか得意なんですか?明日時間があれば手合わせをお願いしたいですね」
イヴは父親の職業を聞いて少し興味を持っていた。
その言葉に父親は目を見開き
「そうだな。イヴの実力を見せてもらおうか…。」
と少し嬉しそうに話した。
「本当にイヴって警邏に所属しているんだねぇ~」
イアンも考え深げに話す。
「だって、軍学校出身ですからね!一応近衛でも行けたのですが、常時ヒト化するのがあまり好きじゃなくて…。」
と言いながら家族を見ていると
「皆ヒト化のままだ…。」
イヴは自分だけ獣人でいることに今気づいた。
「私は、どうしても領主として人族と会う機会が多いからね。癖になっているかも」
イアンは普通に答えた。
「私達は仕事上必要以上に相手に情報を与えないようにあえてヒト化のままでいるな」
父親の言葉に母親は頷いた。
「えっ僕?別に獣人でいてもいいけど皆ヒト化してるから?同調圧力に弱いタイプ?でも、イヴはそのままで良いと思うよ」
と笑いながらグレッグが教えてくれた。
「なんか、納得できない」
イヴは少し拗ねながら夕食を再び食べ始めた。
「ふふ、ふふふ」
母親が突然笑い出した。
皆の視線が母親に向かう。笑いすぎたのか、目元を拭いながら
「もっと初めからこのように過ごして入れば良かったのよね」
その言葉はそれぞれの胸に響いた。
「…。でも、特殊な仕事だったのだからやっぱり仕方ないと思う。私も職務上人に頼れない事もあったし」
イヴは珍しく自分の意見を言った。
確かに今までは両親の行動が理解できなかったがきちんと理由を教えてもらったのだから少しは歩み寄る必要があると思った。
「そうだね。イヴの言う通りだね」
グレッグはそれ以上何も言わず手元にあったワインを飲んだ。
こうして、久しぶりの実家での一日が終わった。
ゲイリー・カーウェル イヴたちの父親
アイリーン・カーウェル イヴたちの母親
<<補足>>
母親が話してくれたエピソードは以前夢で見ていますが、忘れるタイプでした。
最後までお読みいただきありがとうございました。