実家に行っちゃいました。
今回は任務という位置づけなのでなんと職場から交通手当が出ました!
「なんか僕まで乗せてもらって悪いね。職権乱用にならない?」
馬車の向かい側に乗っているグレッグが申し訳なさそうに言ってくる。
「うん、大丈夫だよ。隣の領まで借りるだけだからね。これが実家までだとさすがによろしくないなと思うけど」
イヴ一人なら任務地まで警邏が手配した馬車や馬を使って行こうと思ったが、グレッグも同行するので隣接している領までで大丈夫ですと伝えた。実家は隣接している領の隣なのでそこまで不便ではなかった。久しぶりだし隣の領で一泊してから実家に行こうとグレッグと話し合った。
「しかし、少しだけ予想はしていたけれどイーサン君のあの拗ね方は酷かったね」
グレッグはさっき見送ってくれたイーサンを思い出しているのだろうが笑いを噛みしめるようにこらえていた。
「きちんと説明したんだよ?って言うかあれ以上はどうにもできないわ」
イヴは遠くの景色を見ながら今朝のやりとりを思い出しながらフフフと笑った。
警邏の馬車を降りてその日に宿泊する場所を決めてから二人で街を見に行くことにした。
王都の隣の領なのでなかなかに賑わっていた。
「グレッグはこの領に来た事はあるの?」
グレッグは屋台で買った焼き菓子を頬張りながら首を横にふる。
食べ終わるとイヴは?と聞き返された。
「私も無いかも。もっぱら王都内での見回りが中心かな。こっちはこっちで首領が管理している警邏がいると思うし」
「へぇ〜。指揮系統が違うんだね」
「有事の際には王都の警邏の傘下に入るんだけどね」
イヴの説明にグレッグは興味津々と聞いていた。
「基本的には指揮系統のお話しは機密情報なんだけど、これはさすがに知られている内容だから」
「僕の知らない事がたくさんだ!」
「私だって、グレッグと別に住んでからグレッグの事あまり知らないよ?」
「そうだね。ゆっくり話すって感じでもなかったからね」
そうして二人は久しぶりに兄妹としてゆっくり過ごすことができた。
次の日、宿と一緒に予約していた馬車に乗り込んだ。
この馬車の終点が実家に一番近い町だった。
グレッグとの話は尽きることなく楽しく過ごした。時々一緒に乗っている旅人達も話に入り、馬車の中は和気あいあいとした雰囲気になった。
目的地に着くとイヴは思いっ切り体を伸ばした。
「う〜ん。着いたよ!何年振りなんだろ」
隣で肩を回しているグレッグも
「本当だよね。かなり久しぶりかも。街並みは変わったけど空気とか一緒かも!」
「空気って!」
グレッグの感想にイヴは思わず笑ってしまった。
「もう!笑わない!」
兄として少し恥ずかしかったのかイヴの肩をポカポカと軽く叩いた。
「わっゴメンって!」
イヴは楽しくなってグレッグに叩かれていた。
その時
「お久しぶりです。グレッグ兄様、イヴ」
立派な馬車を背後にしたグレッグに似た男性が二人を呼び止めた。
二人が驚いていると
「そうですよね…。もう面影とかないですかね?イアンですよ」
イアンは寂しそうな表情をしながら二人を見る。
二人は焦りながら
「そんなことないよ!大きくなったな」
「お久しぶりです。イアン兄さんもお元気そうで良かったです」
二人が必死に言い訳をしていると、フフとイアンがら笑いが零れる
「大丈夫ですよ。ちょっと意地悪だったですね。さあ、馬車に乗ってください。みんな邸で待っています」
と言いながら二人に対して馬車に乗る様に促したイアンだった。
馬車の中では会話はなくそれぞれ車窓から見える風景を見ていた。
ただ、イアンは仕事が溜まっているのか途中から「失礼します」と一声かけてから書類をパラパラと確認し始めた。
うわぁ〜かなり忙しいのかな。両親の代わりに領地を経営してるってやつだよ!
イヴが景色から書類をチェックしているイアンへ視線が移る。
隣のグレッグも同じだったのかイアンを見て少し苦々しい表情をしていた。
「…。そんなに見られると恥ずかしくなりますね。」
イアンは見ていた書類から視線を外すと二人の方を見た。
「兄様、あまりご自分を責めないでください。これでも私は楽しんで領地を任されているのですよ」
グレッグの表情が気になったのかイアンが話しかけた。
「いや、でも本来ならば僕がイアンの仕事をしなければいけない立場だったのに」
最後の方は口ごもるように言った。
イアンは持っている書類を片づけると
「グレッグ兄様もイヴと同じタイミングで来てくださって本当に良かったです。私も両親から引き継いだタイミングで色々お話を聞きましたが…。これはある意味仕方がなかったとしか言いようがないんですよ。誰も悪くない。グレッグ兄様もイヴも他の兄弟達も、私も」
「そして、両親も…。」
高級な馬車がカタカタと音を鳴らしながら前に進んでいく。
大きくはないが懐かしい我らの実家がイヴ達の視界に入ってきた。
久しぶりに実家の玄関へ入ると、相変わらず最低限の人しか雇っていないのか邸は綺麗に整えられているが普通の貴族のように家令や侍女などといった使用人のお迎えはなかった。
もちろん、イヴやグレッグは慣れているので違和感がないが他の貴族階級の人が尋ねると驚くだろう。
「おかえりなさい!二人とも!全然変わってないでしょ?使用人は少ないし!客間も今回は用意していないよ。二人の部屋はそのままだから使ってね!」
イアンはロビーに着くと軽く説明をした後
「申し訳ないですが私はこのまま一度執務室に戻ります。家令が泣きながら私の作業を手伝っているからね。荷物の整理が落ち着いたら二人で執務室に来てくれる?」
イアンの言葉に二人は頷くと、イアンはそのまま執務室に向かった。
「グレッグ、自分の部屋覚えてる?」
イヴの質問にグレッグを少し驚き
「さすがに忘れる事はないけど…。えっ?イヴ覚えてないの?」
イヴは口を尖らせながら
「だって、小さい頃は皆同じ扉に見えたもん」
と言い訳をした。
グレッグはさすがに10代前半だと自分の部屋ぐらい覚えてるぞと思いながら
「ほら、僕が連れていくからこっちにおいで、イアンの所に行くときも誘ってあげるから」
と言うとイヴは嬉しそうに頷いた。
本当に邸の事を忘れているんだなとグレッグは少し感心した。
それからグレッグに教えてもらった自分の部屋に入ったイヴは「おおぉ〜」と少し感激する。
さすがに、子どもの頃の家具ではなくシンプルだけど高級そうな品物に買いそろえられていた。それを見て家って貧乏な貴族じゃなかったんだなと少し思った。
荷ほどきを終え近くのソファーに座っているとノックが聞こえてきたので
「どうぞ〜」と声をかけるとグレッグは「おじゃましま〜す」と言いながら部屋に入ってきた。
グレッグもイヴの部屋をぐるりと確認すると
「イヴの部屋の家具も替えてくれてるんだね。僕の部屋の家具も替わっていたよ」
一通り見て満足したのか、イアンのいる執務室に行こうと声をかけられた。
廊下を二人で歩いているが本当に人の気配がなかった。
「ねぇ、本当に使用人さんってこの家で雇っているの?」
イヴは思わず声をひそめてグレッグに尋ねた。
「イヴが人の気配を感じないのに素人の僕が分かるわけないでしょ~」
グレッグはのんびりと答える。
あっまぁ~そうか
とイヴは思ったが黙っておくことにした。
執務室についたのでグレッグはノックをすると「どうぞ~」とイアンの声が聞こえる
それを合図にグレッグがドアを開けると
書類に追われるイアンとその隣で綺麗な姿勢で立っているが少し疲れている自分の両親よりは年を召されていそうな男性がいた。
そして、ソファーには優雅にお茶を飲んでいる両親もいた。
イヴは、両親を確認すると少し体が強張ってしまったがグレッグが背中をポンポンと叩いてくれたのでちょっと安心した。ありがとうの意味でグレッグに向かって一つ頷くと
「二人ともそんな顔してないで、さあこっちに来て座りなさい」
と父親が話しかけてきた。
「うん。そうするよ」
グレッグは、そのままイヴの背中をそっと支えながら二人で両親の向かい側のソファーに座った。
すると、女性がスッとやってきて二人に紅茶とコーヒーを出してくれた。
イヴはグレッグかケリーかイーサンが入れた紅茶しか口にしないことをきちんと知っていたようだった。
「グレッグ、イヴちゃん、この前は突然ごめんね」
母親はイヴ達に押しかけたことを謝った。
「貴方が謝ることはないんだよ。私がどうしてもって強引に行ってしまったから」
父親は母親を庇うと
「本当にそうよね」と冷たく言い返されていた。
「うっ私の妻の対応が冷たい」とイヴとグレッグに助けを求めたが
二人はどう対応していいのか分からず困った表情でお互いを見た。
父親は気を取り直して
「来てもらって直ぐで悪いが、しばらく私の話を聞いてほしい」
父親は場を和ませたかったみたいだが失敗したので早速本題に入ることにした。
<<イヴとグレッグが思い出し笑いをした時の話>>
いつもなら身支度ができている時間にイーサンは珍しく寝巻のまま獣人化してベッドで丸まっている。長いしっぽだけ掛け布団から覗かせている。
イヴは不覚にもかわいいと思ってしまった。
こんな大人でも拗ねるんだな…。
でもどうしよう、もうそろそろグレッグが迎えに来てくれる時間になりそう。
拗ねているイーサンを鑑賞しながら途方にくれているとトントントンと寝室をノックする音が聞こえた
えっ?寝室に?
イヴは焦って振り返ると
「イヴ~。まさか寝坊しているんじゃないよね~?」
グレッグの兄属性が発症したらしくイヴを起こしに来たみたいだった。
「あっグレッグ…」
イヴは寝室のドアを開けようとするグレッグを止め損ねてしまう。
ガチャ…。
「イ…ヴ…。」
グレッグが開いた寝室には、こんもりと布団にくるまりしっぽだけ覗かせている大人とそれをどう対処していいのか途方にくれている妹というある意味兄としてはあまり見たくない場面だった。
「グレッグ!勝手に寝室に入っちゃダメ!」
イヴの言葉に第三者がいる事を知ったイーサンは一瞬しっぽをピン!と立ててからシュッとしっぽが消えてしまった。
あれ、多分違う意味で悶えてるんだろうな…。
残念なイーサンにそっと近づきこんもりしている山を撫でながらイヴは珍しく優しく声をかける。
「そろそろ待ち合わせの馬車がくるからこのまま家を出るね。ちゃんとお留守番していてね」
布団の奥でコクコク頷いているのを確認するとそのまま出かけようかなと思ったがグレッグは既に寝室から出ていったのを見ていたので
「ねぇ、やっぱりこのまま家を出るのはちょっと…。あれだから顔だけでも出してよ?」
「グレッグはもう部屋にいないよ?」
その言葉を聞いたイーサンはそっと顔だけを出した。
思った以上に真っ赤にしていたので相当恥ずかしかったのだろう。
少し睨んだ表情もちょっとかわいく思えた。
「じゃあ、直ぐ帰ってくるから賢くお留守番していてね」
というと、イーサンの少しとんがっていた唇に軽く自分のそれを合わせるとイヴはそのまま部屋をでた。
初めてに近いイヴからのキスにイーサンは再び布団に潜り込み
「こんなのは卑怯だ!余計に寂しくなるじゃないかぁ〜。イヴのバカ」
イーサンは涙目になりながら布団を少し開けてさっきまでそこにいたイヴを思い出しながら寝室のドアを見つめていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
もちろん、その日イーサンは遅刻をして同僚のデイビッドと宰相にこってり怒られたよ!
だって、宰相の仕事に差しさわりが出るからね!