兄夫婦に夕食を誘われちゃいました(後編)と来襲者たち
少し話が重いです。
少し長文です。
グレッグはワインを飲んで小さく溜息を付くと
「あの時は、僕自身もあの家から出ることばかりを考えてしまって結局イヴの貴族としての未来を潰してしまったのかもしれないね。ほら、デビュタントとか…。アメリアまではなんとかしていたんだけどね」
申し訳なさそうにケモ耳をへにょんとさせるグレッグ。思わずイヴも同じように耳が下がる。
でも、あの当時を思い出してみると多分グレッグは育児ノイローゼになっていたのかもしれない。領地?があるのか分からないけどそういう事のお手伝いと自分の学業と下の子のお世話まで、こんなに掛け持ちをしていたら思い通りできないことも多かったのではないだろうか。
それで自分に能力がないと思い込んでいるのかもしれないな。
イヴは申し訳なさそうなグレッグを見ながらそう思った。
でも、言葉で上手く表現できない。
「グレッグ、私は別に貴族令嬢として生きていきたかった訳じゃないよ。仮にもしそうだとしたらあの家に残ってグレッグの手伝いをするという選択をしていたと思う。それに、今思えばグレッグは色々な者を一人で抱え込みすぎじゃない?あの時に気づかなくてごめんね」
考えをまとめて言葉にすると、グレッグの目が少し潤んでいた。
そして、首を横にふりながら
「自分の事で手一杯の僕と、優秀だからと詰め込まれていたイアン、貴族令嬢特有に育ったアメリアにまだまだ手のかかるマシューの中でイヴは本当に我慢してくれていたんだよ。」
「ありがと。そしてごめんね」
「グレッグ…。」
グレッグの言葉を聞いていたイーサンの表情は堅かった。
「あっ、アメリア姉さんの令嬢特有ってその変な感じじゃないからね?」
イヴは焦りながらイーサンに伝える。イーサンはイヴの言っている事が少し理解できずにん?と首を傾げると
「ほら!私が一番よぁ~オォォォホッホッ~。みたいなこう、手の甲をこんな感じにして高笑いして、いつも私を虐めている悪いお姉さんじゃないからね」
イヴは、時々王城で見る高位貴族令嬢の雰囲気を出しながら手の甲を頬に当ててオホホのジェスチャーをした。
「フッフフフ。了解、了解」
「どちらかといえば、ポヤヤン?としたおっとりとしている箱入り娘って感じかな?」
イヴは昔のアメリアを思い出しながら説明をする。
するとグレッグも懐かしいのか
「そうだね~。イヴのお世話を手伝うと言って下着姿のままクローゼットで待機させられていたのを思い出すよ」
「…。ソンナコトモアリマシタネ」
イーサンとケリーは「ん?」と二人の言ってることに何が変なのか分かりかねていると
「お外は雪が積もっている季節デシタネ」
イヴは言いずらそうに補足説明した。
「アメリア姉さんが自分のお古の洋服で私に似合うやつがあるから着せてあげると言って先に私を脱がしてから、服を探し始めたのよ。さすがにクローゼットは温度調節されていなからったから私は凍えながらアメリア姉さんが服を探すまで待っていたの」
「おやつの時間なのに二人ともいなかったら部屋を確かめに行ったら、震えているイヴとやっと見つけた洋服を嬉しそうに説明しているアメリアがいてすぐにイヴに服を着せたけど」
「見事に次の日に発熱したの」
せめて獣化して待っていれば自分の体毛でなんとかなったのかな?
とイヴは呟いていると
「いや~。それはどうなんだろ?子どもだったら体温調節苦手かもね?」
さすがに医療従事者のケリーにはアメリアの迂闊な行動に対して笑うことなく指摘した。
「まあ、貴族という階級だったらその二人の行動を止めたり、注意したりする大人が数人いてもおかしくない環境のはずなんだけどね。その両親が…。」
グレッグが話をまとめようとするが言葉につまる。
「『貴族と言えども本来の家族だけで生活すべきだ』って言って最低限の人しか雇ってなかったのよ。料理人とか庭師とかあとはハウスキーパーとか?家庭教師はついていたけどお勉強中しかいないしね。そして両親は二人の世界に入りびたり」
さすがに飲みすぎたイヴはワインからレモン水に切り替えて飲んでいた。
最後の一言は悪意を持って表現する。
「外から見たら歪な貴族だったろうなって今でも思うよ。」
そだね~とイヴもグレッグの言葉に同意した。
「そんな状況だったんですね」
イーサンは二人の会話をじっと聞いていた。
「なんかグレッグと家族の話をゆっくりするのは本当に久しぶりだね」
イヴが考え深げに言うと
「実は、イヴに話さないといけないことがあって…。」
グレッグは気まずそうにしていると
トントントンと玄関のドアベルを鳴らす音がした。
「ん?誰だろ。僕が見に行くからケリーはここで二人のお相手をお願いするよ」
「は~い。イーサン君の惚気話を引き出しとくわ」
「あっそれ僕も聞きたいんだけど」
とグレッグが拗ねると、「ほら、待ってると思うから早く行きな!」とケリーに促された。
グレッグが席から離れると
「なんか、グレッグとイヴちゃんの楽しい昔話が聞けて良かったね」
とケリーが言うので
「スミマセン、つまらない家族の愚痴を聞かせてしまって」
イヴは素直に謝った。
「いえいえ、家族なんてどこでも多少の問題を抱えているものよ。自分の家族だけが!とか自分さえ!とか考え込むのは駄目だよ。誰かに寄り添ってもらいな。イヴちゃんにはそんな相手がいっぱいいるんだからね」
とケリーにウインクしながら言われた。
嬉しいのと恥ずかしいのでケリーと目を合わせることができなくなったイヴは小さい声であ「ありがとうございます」と伝えると、イーサンがやさしく頭を撫でてくれた。
イヴは何も言わずにイーサンを見ていると
玄関の方からグレッグの焦った声が聞こえてくる。
「ちょっと!急に来られても困るんだけど!いつも言ってるよね?」
そのグレッグの声が近づくので気になって三人が振り向くと
「まあ!イヴなの!」
「えっイヴのいるのか!」
「だから、突然家に来るのは辞めて欲しいって!」
壮年の夫婦がリビングに入ってくるのをグレッグは止めようとしたが無理だったらしい。
「昔からだよね…。」
イーサンにしか聞こえない声でイヴは低く唸る様に呟く
そして、振り返り立ち上がると
「…。お久しぶりです。お父さん、お母さん」
イヴは、二人を睨みつけるように挨拶した。
イヴに駆け寄る様に近づく女性から逃げようとイヴは後ずさるが女性はすぐにイヴの肩を両手で掴みそのまま抱きしめた。
「えっ?」
イーサンはその女性の身のこなしに違和感を覚える。
イヴは言っても警邏で活動している軍人だ。そのイヴを簡単に捕まえることは普通のご婦人には難しいだろう。なのにどうしていとも簡単に彼女に近づき抱きしめることができるのだろうか…。
「君が、マーシャル家のイーサン殿かな?」
イーサンが気づかぬ間に肩に手を置いた男性がそう語りかけてきた。
驚きその肩に乗っている手を外そうとするが外れなかった
「えっ?」
普通の紳士にしか見えないのにこの人に力比べで負けている自分に驚いているイーサンだった。
「久しぶりに会う娘にテンションを上げる母親と誰だ!うちの娘に唾をつけたのは!って怒りながら威嚇している父親。二人ともちゃんと会話してからスキンシップをしてください」
グレッグが二人を止めるために大声を出したせいか肩で息をしている。
「あっ、お義父様、お義母さまお久しぶりです。とりあえず座って話しませんか?」
両親はケリーの言葉で気を取り直し先ほどまでグレッグとケリーが座っていた場所についた。グレッグとケリーはそれぞれ自分の部屋から椅子を持ってきた。
イヴとイーサンは両親と向かい合わせに座り、イヴの隣にはグレッグイーサンの隣にはケリーが座ることになった。
全員が落ち着いたのを見計らってグレッグがイヴに向けて話しかける。
「さっき、話そうとした内容なんだけど僕が結婚には嫡男ということもあって両親に報告をして許可を貰ったんだ。その時にこの家にも招いたんだよ。さすがに、カーウェル家の家訓が自由でも法的な手続きでは基本的には僕が家を継ぐ事になるからね。」
イヴはグレッグの話を聞いた後小さく頷いた。
「今日はイーサン君も来るからいい機会だと思って話したかったんだ。でも、等の本人たちが来襲するとは思わなくて」
途方にくれているグレッグをイヴは責めることができず、かと言って本当に数年ぶりに会う両親に会いたかった!と言って抱擁するほど興味もなかった。
イヴは両親に会っても今までの感情に変化が無い事に少しだけ安心した。
どこかで絆されたくなかったのかもしれない。
「イヴ、こちらを向きなさい。」
父親の言葉に肩をビクッとさせるとイーサンはそっとその肩を抱きしめてくれた。
・・・悔しいけど肩から伝わるイーサンの手の暖かさに緊張が緩む。
父親の言う通りにイヴは顔を上げると、自分に似た顔の造りの男性が困った表情でこちらを見ていた。
「今日は突然押しかけてすまない。我々はイヴの顔も見れたからお暇するよ。」
父親の言葉にホッとしていると
「でもね、イヴちゃん今度お家に戻ってきて欲しいの。急だけど、話し合いましょ?」
母親も言葉を重ねる。
「それは、必要ありません」
イヴははっきりと拒絶すると
「イヴに決定権はないんだよ。これは父親としての命令だよ。警邏のタッカー隊長には既に連絡をつけている。仕事が落ち着いたら顔を見せなさい」
「待ってるからね」
心配そうにしている母親の肩を抱く父親はそのまま二人で家を出ていった。
楽しかった夕食会に思い空気が流れる。
イヴは少し震えながらイーサンを見ると
「なんか、今日はごめんなさい。こんな感じになるなんて思ってなくて」
イーサンはイヴの肩を優しく撫でながら
「大丈夫だよ。私はイヴの全てを受け止める自信があるから」
イヴはイーサンの言葉を聞いているつもりだったが、震えているのは肩だけだと思っていたのに指先の震えも追加され段々と酷くなっていくことに恐慌状態になる。
「イーサン君!イヴちゃんをしっかり支えて!パニック症状に入るよ!」
イーサンの隣にいたケリーが突然指示をだす。反射的にイヴを抱きしめるが
「イヴ?」
イヴはイーサンを見ると表情を失くしながら涙を流し始めた
その状態にイーサンはショックを受ける
「ごめん、イヴちゃんは私が支えるね。イーサン君は離れてくれる?グレッグ、私の部屋のベッドにこのまま運ぶから準備できる?」
「うん、分かった!」
グレッグは慌ててケリーの私室に駆け込んだ。
「イヴちゃん、大丈夫だよ!ほらケリーお姉さんがあなたを抱きしめているからね?イヴちゃんが怖いと思っている人じゃないからね?」
イヴは、自分を抱きしめているのが女性だと理解するとそのまま意識を失った。
「イーサン君、悪いけどこのまま私がイヴちゃんを運ぶね」
ケリーはイーサンに許可をとってから部屋に移動し、ケリーのベッドに寝かした。
そして、軽いバイタルチェックをした後身体に異常が無い事確認しそのまま部屋でしばらく寝かせることにした。
ケリーの処置中にグレッグが夕食を片づけ三人にお茶を入れる。
そして、ケリーとイーサンに座る様に促した。
「はい、とりあえずお茶を飲もう」
グレッグの言葉に二人は頷いた。
暖かい紅茶は緊迫した空気を少し和らげてくれた。
「で、イヴは一体どうしたんだろ?」
グレッグは心配そうにケリーに確認すると
「う~ん。そうね、アルコールと少し関係が良くない両親との再開おまけに父親からの圧力のスペシャルコースであの薬物のトリガーをひいちゃったんじゃないかと思う」
ケリーはグレッグが入れてくれたお茶を両手で包みこむように持ちながら飲む。
「色々タイミングが悪かったかな。薬物の影響は小さくなる可能性はあるけど無くなる可能性は低いからね。接触させないのが一番なんだけどね。難しいね」
「僕がもう少し段階的にイヴに伝えるつもりだったのね。あの人たちは一体何がやりたいのか理解できないよ」
グレッグの愚痴にケリーは
「まあ、単純に娘に会いたかったんでしょ。あの様子じゃイヴちゃんとの感情の格差が酷そうだしね。」
すると今度はイーサンに向かってケリーが声をかけた
「イーサン君」
先ほどの出来事が余程ショックだったのかイーサンの目が少し泳いでいた。
いつも自分を律することが上手そうなのに珍しいなとケリーは思う。
「本当に推測でしかないと思うけど、最後のイヴちゃんの行動はイーサン君に対してではないと思うよ。一番大変だった場面の人が男性だったんだと思う。多分、イーサン君の代わりにグレッグがイヴを抱きしめていても同じ状況だったと思う」
「だから、そんなに思いつめないで」
ケリーの気遣いにイーサンは小さく微笑みながら頷いた。
「さて、最後は大変な事になっちゃったけど、これに懲りずにまたご飯を食べに来てね」
ケリーはニコリと笑いながらイーサンに伝えた。
「はい。ありがとうございます」
お茶を飲み終えるとケリーは再びイヴが眠っている部屋に行き、体調面では心配ないのでイーサンが連れて帰れるのならいつものベッドで寝た方が精神的にも落ち着くだろうとのケリーの診断にイーサンは了承し、連れて帰ることにした。
「もし、明日の朝イヴちゃんの具合が悪かったら私の所に来るように伝えてくれる?今回は本当に色々な要因が重なってのことだから…ね?」
「ありがとうございます。イヴにも伝えます。グレッグさんも今日はありがとうございました」
イーサンが挨拶をすると
「今日は本当にごめんね。明日、気になるから夜イヴを見に行くよ」
グレッグの提案にイーサンは「よろしくお願いします」と言うとそのまま自分達の家へ戻った。
ほんのりと医療的な判断をする場面がありましたが、フィクションです。
正しい診断は専門家に確認してください。
最後までお読みいただきありがとうございました。