晩餐会の準備が始まっちゃいました。
イーサンのご両親との顔合わせも無事に終了し、後は元婚約者の何とか夫人とご飯を一緒に食べると落ち着くかなとイヴは思いながら仕事をしていた。
「なぁ~、イヴ、お前お貴族様のマナーとかできんの?」
仕事の合間の小休憩にタッカーが疑問に思ったのか尋ねてきた。
イヴはタッカーとダニエル副隊長にお茶を私ながら
「いいえ、子どもの頃は少しは学んだと思いますが…。」
イヴの答えに二人は驚く
「大丈夫なのか?」
この頃少しイヴに対して母性本能が芽生えたのかダニエルも心配そうに聞いてきた。
イヴは自分のコーヒーを飲みながら
「なんとかなると思っているのですが…。」
だってご飯食べるだけでしょ?それが終わったらすぐに帰宅予定だし。
と能天気な事を考えていると
「おい、ジーンはどうなんだ?」
「はぁ~。結婚した当初は少しは令嬢らしさはあったような」
と遠い目をしながらダニエルは答えた。
タッカーは指で机をトントンと叩きながら
「イヴ、さすがにそれはやばくないか?誰か教えてくれる人いないのか?」
「う~ん。母親ぐらいですかね?」
今は領地にいるから無理だけど。
「じゃあ、お母上に相談した方がいいと思うぞ」
タッカーの提案をイヴが誤魔化していると
「とにかく触りだけでもいいからマナーを頭に叩きつけとけよ」
「そんなことは無いと思うが、足元掬われるぞ」
タッカーとダニエルがそれぞれ脅しにかかってきたのでイヴは「そんなものですかね?」と聞き流していた。
その日の夜、イーサンとリビングで寛いでいると会話の流れでタッカーとダニエルに言われた事を伝えると、イーサンはフムと言いながら少し考え始めた。
「だったら、俺の母上にちょっと教えてもらうか…。」
イーサンによりかかって彼のしっぽを撫でていたイヴが「えっ」と突然の提案に驚きしっぽをギュッと掴んでしまう。
「イテッ」
「あっごめん!お母さんってマナー厳しいの?」
「普通だと思うけどな」
イヴからしっぽをとりあげ自分でナデナデした後、フッとしっぽを消した。
思いのほか痛かったのかもしれない。ゴメンネ。
「明日、帰りにタウンハウスによって相談してくるわ」
「え~、別にいいよ。すぐじゃん、晩餐会って」
「でもちょうど休暇中だし一日みっちり扱いてもらうのもありかもね~」
イーサンが意地悪く笑うのでイヴはいらついてほっぺをつねると「やったな〜」と言いながらイヴのケモ耳をくすぐり返した。
「ちょっと辞めなよ~」
と軽く嫌がるが拒否しているわけではないのでイーサンはそのままイヴに口付けた。
イーサンが母親に相談した結果、イヴの一泊二日『強硬強化合宿』が決定になった。
イーサンの母親は「だったら、そのまま家にお泊りにきて翌日ここから晩餐会場に行けばいいじゃない」の一言だったらしい。
それを聞いたイヴは両方のケモ耳を押さえながら少し暴れたのだった。
「無理かもしれな~い!!!」という声がご近所に聞こえたようなそうでないような。
合宿日になりイーサンのさわやかな笑顔と共にイヴはタウンハウスに連行された。
「いらっしゃい。イヴちゃん」
イーサンの母親も素敵な笑顔でイヴを迎えてくれた。
イヴのレッスンは夜遅くまで続いた。
後日イーサンが母親に感想を聞くと
「素養はあるから考えていたほど難しくなかったわ。ただ、平民の方々との生活の方がながいから時々崩れちゃうのよね~。もしかすると、そこを狙って相手の心をほぐすって言うテクニックかしらね?」
母さん、違います。多分それがイヴの本性です。
と言いたかったが心優しいイーサンは「そうかもしれない」とだけ伝えた。
晩餐会当日、イヴの考えが甘かった事を痛感させられた。
晩餐会って夜だから夕方から準備するのだと思ってたよ!
イヴは貴族だがいわゆるデビュタントを経験していない。
イヴの姉は興味があった為、家令に前もってお願いしていたので準備等も整えることができた。
「えっまだ昼食前ですよ?」
朝ごはんを美味しくいただいたイヴはイーサンから鍛錬をする為に場所を借りてから体を動かしシャワーを浴びた後、お昼ご飯を楽しみにしていると侍女達がノックと共にワラワラと入ってきた。
「はい、今から晩餐会の準備に入ります」
全員が綺麗な笑顔と共にイヴを浴室に連れ込んだ
「さっ先ほどシャワーを浴びたのですが…。」
もういいですよ?と言いかけた時
「そうですね。鍛錬の汗は流れたと思いますね。さぁ、今度は美容の為に入りますよ」
笑顔の奥に見える瞳がキラッと光ったと感じたイヴはそのまま侍女たちの言うとおりに従った。
何時間もかけたイヴはツヤツヤ、ピカピカになった。
洗面所に映る自分の素顔を見ながら「へぇ~」と感心していると
「まだまだこれからでございます。こちらへ移動をお願いします」
それからイヴは何時間も侍女達に体を捏ね繰り…マッサージをしてもらった。
時々一口サイズのサンドイッチを貰い空腹をごまかした。
全身のマッサージが終了した後、侍女のリーダーらしき人は申し訳なさそうな表情になり
「イヴ様、すみませんがヒト化になって頂いてもよろしいでしょうか?」
イヴは基本的に獣人化して生活をしている。と言ってもケモ耳としっぽを常時出している状態の事を指しているが今回は晩餐会なので基本的にはヒト化して出席した方が良いらしい。とイーサンのお母さんが言っていた。
「は~い」
イヴは獣人姿でもヒト化姿でも特にこだわりがない。どちらかというと獣人化の方が楽かな~程度なので素直に従った。
ヒト化したイヴを見て侍女たちは溜息を付く。もちろん獣人のままでも綺麗なタイプだがヒト化すると顕著に現れるらしい。
「ん?変かな?」
イヴは久しぶりのヒト化だったので変なのかな?と思いながら確かめるが特に異常はない
「申し訳ございません。イヴ様はヒト化も大変お美しくて。人族がイヴ様を見れば見惚れてしまうと思います」
侍女の一人が力説するとイヴは首を横に振りながら
「イーサンもかなり美形だと思うよ。だから皆さんは目が肥えてるでしょ?」
イヴがそういうと侍女たちは途端に残念な表情をする、侍女の一人はケモ耳をペタンと倒すぐらいだった。
「イーサン様は、確かにお姿だけを見るとそう思われますが、我々はプライベートな部分も知っていますので…。」
それ以上は言葉を濁していたので家ではポンコツなタイプなんだなとイヴは思うことにした。
ドレスを着てからメイクをし、最後に髪をセットした。
髪は、イーサンとのお揃いのピアスを強調する為ハーフアップにすることになっている。
今回はピアスに合わせたアクセサリーを用意しているみたいだった。
「イヴ様、こちらはピアスがついていない耳につけます」
と言いながら侍女は取り外しができるピアスを付けた。
取り付けたピアスは短くアシンメトリーになっていた。
「イヴ様お疲れ様でした。これで準備が整いました」
と言い、最後に短めのグローブを手渡された。
「ありがとうございます」
とイヴは言いながら部屋を出ようとした時
「イヴ様、お待ちください」と侍女に止められる
イヴが侍女の方を見ると、ノックが聞こえてそのままイーサンが部屋に入ってきた。
イヴとイーサンはお互いの姿を見ながら少し固まった。
「イーサン様、イヴ様馬車を待たせております。エントランスに向かってください」
侍女の声かけにようやく2人の時間が動き出した。
「イヴ、とても綺麗だよ。さあ、俺の王女様」
イーサンはそう言いながらイヴが手をおけるように場所を開けると
「アリガトウゴザイマス」
引きつった笑顔を作りながらイヴもエスコートに答えた。
イヴとイーサンの姿を見たイーサン母が2人を見ながらすごく喜んでくれた。
「二人ともとても素敵ですよ。さぁ、過去とのお別れにいってらっしゃい」
心強い応援に二人は思わず同じタイミングで頷いてしまった。
「きちんと返事をおし!」
すぐに指摘され二人はアワアワとなる。
イーサン母は溜息を付いた後
「あまり指摘をすると晩餐会場にたどり着けないわ。ほら、早くお行きなさい」
呆れながらも見送られイーサンのタウンハウスを離れた。
馬車の中での二人は特に会話がなかった。
しかし、イヴは正装姿のイーサンを見て驚いた。
確かに、式典用の制服を見てもかっこいいとは思ったがここまで男前になるのは卑怯だと思った。自分は釣り合っているのだろうか…。
あまり考えても仕方がないかと夜の風景を眺めた。
一方イーサンも似たような事を考えていた。
イヴが支度をしている部屋に入ると、目の前に見たことのない淑女が佇んでいた。
本当に自分にかまわないイヴが以前ドレス姿を見たのはあの元宰相邸に囚われていた時だった。今回のドレスは自分と母親が意見を出し合った集大成だ。しかし、こんなに化けるとはダナムもヒト型のイヴに執着していた理由がよくわかった。
こんなタイミングでなければどれだけ良かったか、自分のせいで迷惑をかけているのが悔しかった。これ以上シンシアの事で面倒をかけると、愛想を付かれるかもしれないなとイヴを横目で見ながら思った。
二人が考えているとすぐにケインズ邸に着いた。
先にイーサンが降り、イヴをエスコートする。既にケインズ夫妻がエントランスで待っていた。門扉に入ったところで連絡がきたのだろう。
シンシアはイヴとイーサンを見て少し驚いた表情をしたがすぐに元に戻り
「ようこそ、いらっしゃいました。さあ、入って!」
と言いながら先に玄関に入っていった。その後、シンシアの夫らしい人が
「初めまして、シンシアの夫のケネス・ケインズです。」
軽くお辞儀と共に言われたのでイヴとイーサンも簡単な自己紹介をしていると
「早く!こっちよ!イーサン!」と言いながら先を行くシンシアは手を振った。
それをケネスは苦笑いをしながら見ている。
え〜恋人の前でファーストネームで呼ぶのって貴族的にアリだっけ?
と一夜漬け貴族マナーを思い出していると
「すみません」と小さな声でケネスが2人に謝罪した。
あっナシなんだな。
イヴは心のメモに書き込んだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。