過去のトラウマを話す
イーサン視点です。
センシティブな内容が含まれています。
少しだけ文章長いです。
シンシアに会ってから気分がかなり下降していた。
イヴはそんな自分が気になったのか声をかけてくれたが、さすがに元婚約者に会って動揺したなんて言えるはずがなかった。
そして最悪な事に王都のタウンハウスに滞在すると言っていた。
王都と言えども偶然出会ってしまうかもしれないと考えると頭が重く感じた。
拒絶し、先に一生を共にする人を見つけたのはあちらだ。
しかし、あの対応は自分が聞いていた状態と乖離しているように思えた。
まるで、久しぶりに恋人にあう雰囲気だったではないか!
シンシアと会わなくなってから数年がたつが、もしかすると自分が原因で再び心を壊してしまうかもしれないと思うとやはり怖かった。
そして彼女の傍には大切にしてくれている相手がいた。
もう自分と関わろうとするのは辞めて欲しかった。
自分にも既に愛しい人が傍にいるのだから。
イーサンは悶々と考えながら宰相室に入ると既に警備をしていたデイビットに午後からの引継ぎの打ち合わせをした後、内勤に戻った。
これからは、タッカー隊も宰相殿の警備に当たるので少しは拘束時間が緩和されるだろう。
シフト表を確認しながら、部下に出す指示を感がていると
「マーシャル隊長、警邏のホープ副隊長が面会したいとの事ですが」
近衛の文官が取り次いでくれたので、近くの談話室に通すように伝えると
そのまま自分も部屋に向かった。
ドアを開けると緊張した表情のダニエルがこちらを見た。
「どうしたんだ?勤務中に珍しいな?」
いつもよりソワソワしているダニエルが自分が座る前に立ち上がり
「さっき、カーウェルがシンシア・ケインズ夫人と接触した事を聞きました。」
重い口調で報告してきた。
「シンシアと?」
自分はダニエルが何を言っているのか一瞬理解できずに固まっていたがとりあえず詳細を聞くためにダニエルを席に座らせた。
ダニエルの話によると、見回りをしている最中に店主と女性が揉めていたので大事になる前に店内で話し合いをするように促したが、どうやらその内容が自分に合わせるために取り次げと店主に無理難題を突きつけていたらしい。
その店の名前を聞くと、少し前にイヴと訪れた酒屋だった。貴族の御用達だったので父親も使っていたのだろう。
以前のシンシアならばそのような強硬な手段に出る女性では無かったと思うが…。
そもそも、店主が個人情報それも貴族籍の者の情報を簡単に引き渡す訳がないだろう。
これ以上時間を潰しても先に進まないと思ったイヴがシンシアに自分だったら取り次げると言ったらしい。
「全く警邏らしいというか、イヴらしいというか」
少し呆れていた自分をよそにダニエルはお互い勤務中ということで必要な報告をするとすぐに席を立った。
「すまない。助かったよ」
自分がダニエルに伝えると
「いいえ、これくらいしかできませんから。ただ、カーウェルはケインズ夫妻とイーサン隊長の関係は知らないみたいです。第三者から聞かされる前に…。」
「そうだな…。ありがとう」
ダニエルが最後前言う前に自分が言葉を遮ったのでそのまま会釈してから部屋を出た。
一人になった自分は、イヴに昨日の出来事から説明しなければならないのかと思うと少し胃のあたりが重く感じた。
そのまま午後も普通に勤務をし、帰宅した。
ちょうどいいタイミングだと思いイヴに元婚約者との間に何が起こったかを話そうと決意する。
制服を脱ぎ、シャワーを浴びて部屋着に着替えるとちょうどイヴが帰宅した。
今日は自炊ではなく市場で買ってきたご飯のようだった。
「ただいま~。おかえり~。」
いつもより少し明るい?イヴがどっち継がずの挨拶をした後ダイニングテーブルに夕食をトンっと置いた。
「今日は、なんだか疲れたからご飯買ってきたよ~。そして、色んな人から色々貰ったからそれも食べちゃおう!」
と言いながらイヴもシャワーを浴びに行った。
外回りで少し汗をかいたのだろうか。
イヴも部屋着に着替えた後、ご飯を食べようと誘ってきたので席に座った。
「イヴ、話があるんだけど」
「ん?とりあえず食べてからにしない?」
言葉をやんわりと断られたので先にご飯を食べることにした。
今日は特に自分のすきな総菜が並べられている。
夕食を食べた後、二人でリビングのソファーに移動する。
イヴに何かアルコールでも飲む?と聞かれたが真面目な話になると思い断った。
話し終わったら必要になりそうだけどな
と心の中で思う。
イブが自分の隣に座ってきたのでそっと肩を抱きしめイヴの頭の上に自分の顔を乗せた。
「今日は、シンシア・ケインズに会ったって聞いたよ」
自分の言葉にイヴは驚く
「えっそっちにもう話が回っているの?私も報告しようと思っていたのよ!」
実はダニエルに聞いたとは言えず当事者なのでどこからか話が入ってきたと思っているイヴの考えをそのままにする。
「イヴは、シンシア・ケインズって知ってた?」
どうしても遠まわしな質問になってしまう
「今日会ったばかりだから知らないよ?初めましてだったよ
この前イーサンと一緒に行った酒屋さん?の前で揉めていたからニコラス先輩と話を聞きに行ったんだけど、あまり警邏の印象が良くないみたいであやうく門前払いされそうだった。」
と笑いながらシンシアとの出会いを説明してくれた。
自分の中で話すタイミングを見計らっていると
「ケインズ夫人とイーサンって知り合いだったの?すごく会いたそうだったから悪いけど私経由でイーサンに会えるって話したよ?」
話すならこのタイミングだな…。
イーサンは抱いていた肩を離しイヴがこちらに向くようにグイっと体を向けさせる
驚いたイヴはイーサンを見つめる。
「シンシア・ケインズは俺の元婚約者だよ」
イーサンは一度目をつぶった後、イヴに伝えた。
その言葉にイヴは驚き少し後ずさりした。
分かってはいたけど、やっぱり拒絶されると辛いな
思わず苦笑いをするイーサンにドン引きした表情のイヴが一度深呼吸をしてから尋ねてきた。
「イーサンが『連れ去り、監禁』をした元婚約者さんだったの?」
イヴは寒気がしたのかケモ耳の先からしっぽまでブルッと震えた。
「ん?」
「ん?」
自分はイヴの言っている内容が理解できず確認の「ん?」を発したが
イヴは自分に知ってるよのつもりの「ん?」を伝えてきた。
「だ~れ~が~そんな人を犯罪者扱いした噂をイヴに教えたんだい?」
怒りを抑えるために優しく質問したが、声が思った以上に低くなってしまった。
イヴは殺気を感じたのか冷や汗を流し始めた。せっかくシャワーを浴びたのにね。
そして、目を泳がせながら
「えっ、ん?あー…。」
視線を合わさないイヴの頬を片手で掴むと、イヴの口がアヒルの様にとんがった。
かわいいけど今は違うな
「ウォルターにききまひた」
口を固定されている為きちんとした発音ができていないがダナムが余計な事を教えていたことは理解できた。
手を頬から離すとイヴは両手で自分の頬を撫でていた。少し涙目で
「その時は、まだ副隊長だったよね?だから、マーシャル副隊長には気を付けなってウォルターに言われた」
少しいじけながらイヴが教えてくれた。
自分の知らないところでそんな噂が流れていたとはとイーサンは思いながら姿勢を正す。
イヴもつられて背筋を伸ばすと
「俺もイヴに出会えてようやくこの呪縛から放たれたと思っているんだが…。聞いてもらってもいいかな?」
イヴは何度も首を縦に振った。
「俺とシンシアは幼い頃から婚約者だったんだ。ほら貴族ってそういうもんだろ?だから俺はシンシアと大人になったら結婚するとずっと思っていた。激しい恋愛とかは望めなくても穏やかな愛でお互い思いあうそんな家庭を持つと思っていたんだ。しかし、近衛ってどうしても令嬢から見ると眩しい存在だったみたいで、俺も何度か粉をかけられたりしてたんだ。もちろんその度お断りしていたんだけどね。でも、自分の身分より上のご令嬢には強く拒否ができなかったんだ」
イヴは俺の目を見ながらずっと話を聞いてくれていた。
「そのご令嬢の一人が特に俺にご執心だったんだ。もちろんこちらからは断りにくい相手だな。しかしあまりにも俺が靡かないからそのご令嬢は、俺じゃなくシンシアに手を出したんだ。俺がちょうど近衛の仕事で夜勤の為休んでいる時に、そのご令嬢がシンシアを夜会に招待したんだ。もちろん断ることはできなかった。夜会に出ている事を上官に指摘されて慌てて駆けつけたらシンシアは一服盛られていたんだ」
イヴは何かに気づいたらしく、表情が険しくなった。
そして話を続けるように視線を送ってくる。
「いわゆるパーティードラッグという種類のやつだ。人族には少し気分が良くなる成分だったみたいだが獣人にはどのような効果がでるか分からなかった。しかし、シンシアを見つけた時の状況はあまりにも良くなかった。」
イーサンはその景色を忘れることができなかった。
話しながらあの時の状況が思い出される。
綺麗に着飾った元婚約者が見知らぬ令息によりかかりながら楽しく会話している様子が
「結婚前から2人の邸を用意していたのでそこに一時的に避難しようと思って、二人で駆け込んだんだ。そして、シンシアが眠ったのを確認した後不覚にも自分も眠ってしまった」
イーサンが苦笑いをしながら
「イヴはここらへんの話を誤解して聞いているんだが、実際捕まったのは俺の方だった。シンシアが先に起きていて俺の両手足をベッドに拘束していたんだ。そして、薬物で酩酊状態だったシンシアは俺を…。噛んだ」
「噛んだの?」
イヴは不思議そうにイーサンを見ると
イーサンは少し考えた後
「ほら、俺たちって愛が深すぎると自分の中に取り込みたくなっちゃうでしょ?」
イーサンの言葉にイヴは少し悩み
「ごめん、私には言っていることが難しいかな?」
「いいんだ。多分シンシアはそれまでの俺の環境に対してストレスを抱えていたんだろうな。いっそのこと喰っちまおうと思ったのかも。さすがに俺はシンシアじゃないから分からないけど。で、その現場を俺の上官たちが駆けつけて保護されたんだ」
「俺がね。シンシアももう獣化に近かったと思う。噛まれながらちょっと死を覚悟しちゃったよ。で、問題なのがこの後だ。シンシアの行動は貴族令嬢としてはやはり宜しくなくてね。俺たちの婚約が危ぶまれた。でも、俺はシンシアを妻にとずっと思っていたんだ。」
イーサンはイヴの頭をひと撫でした後
「シンシアは、薬物の副作用が酷くてね。どうやら俺を見るとフラッシュバックを起こすらしい。だからもう近づかないで欲しいと。信じられなかったよ。こんなに簡単に婚約ってなくなるんだなって」
「そして、しばらくするとシンシアが結婚したという話を聞いたんだ。それ以降はイヴが知っている生きている意味が分からないマーシャル副隊長のできあがりさ」
「だから、あの時は全てを諦めていた頃のグレッグと雰囲気が似ていたのね」
イヴは昔の自分と兄を合わせていた事を言っているみたいだった。
「俺にはもう恋や愛なんてとてもじゃないが信じられなかった。どこかでずっとシンシアも自分を待っていてくれると思っていたんだよ。バカだろ?」
自虐的な言葉を吐いた自分をイヴがそっと胸元で抱きしめてくれた。
「で、そんな人間不信を起こすぐらいの大失恋を起こした元婚約者が会いたくてたまらないって言う雰囲気でイーサンに会いに来たんだね?き・の・うぐらいに」
イヴは溜息を付きながら
「変だと思ったんだよ。昨日帰宅するとこの世の終わりかよっていう表情なのに平気ですってスタンスでいるし。話を聞くよって言ってるのに話すことはないって突っぱねるし」
と愚痴に近い意見を言いながらイーサンの背中を優しくポンポンと叩く
「そりゃ~動揺するよね。自分のなかでは終了している想いなのに相手はどこかで期待していたら。確かに私も今日お会いしたけど、なんか…。なんか会いたそうだったもん」
その言葉にイーサンは起き上がる。
「昨日病院で会った時もそうだった。俺には理解できないよ」
「まあ、2人には知らされていない大人の事情でもあるんじゃないの?」
意外とあっけらかんとしているイヴだった。
「イヴは、その…嫌じゃなかったの?シンシアの態度を見て?」
イーサンはあまりにもイヴの意見がドライなので不安になってきた。
そんな不安をかき消すようにイヴはイーサンの頭をそっと撫で後頭部にそっとキスを落とした。
2人は結局アルコールは飲まずそのまま寝ることにした。
お互いを抱きしめるようにベッドに入っているが、イーサンは中々寝付けなかった。
もう少し、イヴの言葉が欲しかった。
独占心を見せて欲しい。
考えてみれば自分が一方的に好意を示しているのだけだから、イーサンの話を聞いて一般的な対応をしてくれるけど愛情ではなくて同情なのだろうか
イーサンは自分の考え方が負のスパイラルになっているのを自覚しているが、恋愛の事に関してはどうしても自尊心を保つことができなかった。
「俺、また一人になるのかな」
イーサンはイヴの寝息を心地よく感じながらも、表現できない不安に襲われていたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。