恋人が上の空になっちゃっいました
「おはよ~」
「おはよ」
朝食の準備をしていると起きてきたイーサンが甘えるように後ろから抱きしめる。
「ほら、ご飯がもうすぐできるから席に座れば?」
イーサンに抱きしめられると動きが制限されるので準備がままならなくなりそっと離れるように伝えると
「イヤダ」
と言いながら再び強く抱きしめられる。
コイツは一体どうしたんだ。
イヴは天井を見上げて溜息をつきながら振り返る。向きが変わっても抱き着かれたままだった。
珍しくイーサンを抱きしめ返したイヴに驚いたのかビクッと体が震えた。
「昨日の朝は普通に外出したよね?で、帰ってきてからずっとこんな感じになってる。理由を聞いても教えてくれないし」
途方に暮れるイヴはそのままイーサンの胸元に頭を預ける。
「一応、こっ恋人なんだから何か悩み事があるんだったら話聞くよ?」
イヴの問いかけにイーサンはフルフルと首を横に振るだけだった。
「じゃあ、ご飯を食べよう。仕事は待ってくれないよ?」
背中をポンポンと叩きながら促すと「うん」という返事だけかえってきた。
席に座ってご飯を食べるが、イーサンの表情は晴れなかった。
ただがんばって笑顔でいようとしてくれているのがイヴは少し心苦しかった。
あまり私に本心を出してくれないのかな
自分もイーサンに同じような事をしていたから強く言えないや
イヴは仕方ないと思うことにした。
二人で職場に向かい、いつもの様に別れたがやはりイーサンは元気がなくどこか上の空だった。いつもならば今日の仕事が終了する時間を教えてくれるが何も言わずに別れた。
大丈夫かな?イーサン。
イーサンの感情が伝染するようにイヴも少し元気が失くなってしまった。
しょんぼりしながら警邏棟を歩いていると
「おはようぅ~イヴ!」
いつも元気なジーンさんが出勤してきた。
「はよ~」
イヴはいつものように適当に挨拶を返すと
「ん?元気ないね?彼氏と喧嘩でもしたの?」
ニヤニヤと朝から直球で質問してくる。
「ん〜。私じゃないけど相手がね。昨日の夜から様子が変なのよ」
ジーンにだったら話してもいいかと思いイヴはぼやく。
「へぇ〜。イーサン隊長もそんな感じになるんだね?いつもイヴといるだけで幸せ~ってオーラを振りまいているのにね」
そうなのか?と疑わしい表情でジーンを見るが「本当だよ!」と言い切る
「だったら余計に理由が見えないわ」
イヴがため息交じりに言うとジーンは嬉しそうに
「イヴも恋人で悩めるようになったんだね」
とイヴの肩を抱きながら喜んでいた。
「どういう意味~?」
「だって、イヴって悩むほど相手の懐に飛び込んだりしなかったでしょ?っていうかそれほどの関係になった恋人を私は見たことがないんだけど?」
知らないだけだったらごめんね。とジーンが付け加える。
「そういうものなの?」
歩いていたイヴが立ち止まると
「そうだよ!付き合い始めなんて一喜一憂だよ。一緒にいるだけで幸せ。知らない人と親しく話していると気持ちがしんどくなるし、夫婦になると知っているつもりが全然だったとか」
珍しくジーンが大人の意見を話している。
イヴも思わずフムフムと相づちを打っていた。
「やっぱりきちんと話し合うべきなんじゃない?ってあっ!朝礼の時間になる。んじゃ、イヴまたね!」
とジーンが走りながら集合場所に行ってしまった。
「あっ、私も急がないと」
ジーンの後を追いかけるようにイヴも走り出した。
「で、イヴは朝礼を少し遅刻して罰として見回りに回されたのか?」
久しぶりにニコラスと街中を練り歩きながら見回りをする理由を話した。
「タッカー隊長にたまには外回りでもして頭冷やしてこいって言われました」
ジーンとのおしゃべりで遅刻したのだが、ジーンは間に合ったのでお咎めなしだった。
多分、あの子の罰は体を酷使する系だから余程いやだったのだろう。
朝礼で注意されているときに、ジーンが小さく手をあげて『ゴメンネ』と言っていた。
「まぁ~、書類整理で隊長達も大変だからどちらかというと相打ちのような気もするけどな」
とニコラスはハハハと乾いた笑いを浮かべた。
イヴも確かにな〜と思ったが、見回りが嫌いではないので甘んじて罰を受け入れた。
「でも、ダニエル副隊長の視線は怖かったです。」
隊長室を出るときに目が合ったダニエルは『覚えとけよ』と言っていた…ような気がする。
思い出し背筋が寒くなったのでイヴは自分で自分を抱きしめた。
「あ~あ、オツカレサマ」
ニコラスも覚えがあるのか苦笑いをしながら肩をポンと叩いた。
朝のマーケットも落ち着き、街はゆっくりと時間を過ごしていた。
こんな時間帯に悪さをする者はあまりいないのでこのままメインストリートを見終わりしだい警邏棟に戻ろうとニコラスと会話をしていると貴族街の方で野次馬が集まりつつある場所があった。
「ニコラス先輩、今日は私が遅刻する前に何か隊長が話をしていましたか?」
「イヤ、特に街に公務にでる役人がいるとは聞いていないが…。」
「でも、あの人の集まり方は…。」
イヴとニコラスは少し離れた場所から確認した。
「見に行きますか?」
イヴが確認すると
「そうだな。う~もう少しで戻れそうだったのに」
ニコラスは少しだけ悔しそうにした後、二人でそちらに向かっていった。
まだ少ししか人だかりができていなかったのですぐに目的地に着く事ができた。
どうやら女性と店の人が言い合いになっているみたいだった。
相手が女性で身なりが貴族階級だったので、ニコラスではなくイヴが声をかける。
「すみません…。どうかされましたか?」
イヴは声をかける前に少し違和感を感じたが先に話を聞いたほうが良いと思い興奮気味の女性よりも冷静に対応している店主らしき人に尋ねる。
「これは、警邏の方ですか。いつもお疲れ様です。」
と店主は少し動揺しながらも警邏のイヴ達に挨拶をした。
「何か…もめごとですか?」
店主に確認すると
「それが…その…。」
と言葉を選んでいると
「ですから、私はなんかも言っているのです。」
女性の声が大きくなった為、イヴはニコラスにアイコンタクトをした後、
「ここでは少し他の方にご迷惑になるので店の中でお話しするスペースはありますか?お二人とも警邏の詰所まで来てもらうわけにもいけませんし」
ニコラスが店主に向かって提案すると、仕方なさそうに
「こちらでございます」
と店内に案内された。
「さあ、ご令嬢も一緒に」
イヴが女性に声をかけると、そちらを見ずに
「初めからこうすれば良いのに」と少し怒りながら店内に入った。
ニコラスはそのまま店前で野次馬たちを追い払う役割をした。
イヴは、そのまま2人と共に店内に入る。
「ん?あれ?」
店内を見たイヴは何かを思い出した。
そっか、あの店主どこかで見たことがあると思ったらこの前イーサンと一緒に行った酒屋さんだったのか。確かに、酒屋だったらまだ開いている時間じゃない…のか?
イヴが色々考えながら二人に付いていく。
「こちらにおかけください」
店主が個室のソファー席を女性に進めるとそのまま座った。
そしてイヴもどうぞと言われたが
「いいえ、私はここで立ち合いをさせていただきます。」
と言いながら店主と女性の間にあるテーブルの端で立っていた。
「こっちは収まったぞ」
とニコラスも後から部屋に入ってきた。
「では、お話しの続きをどうぞ」
イヴは二人の話を聞こうとすると
「貴方はどなた様?」
と女性がイヴに質問してきた。
すると、イヴとニコラスが女性に対し敬礼をした後、
「警邏タッカー隊 ニコラスです」
「同じく警邏タッカー隊 イヴ・カーウェルです」
と自己紹介をした。
「あら?警邏の方なの?でもここは確か貴族街よ?」
遠まわしに自分鯛の範囲外なのでは?と言ってきた。
ニコラスはイラっとしたらしく顔を顰めたがイヴは表情を変えず。
「いいえ、お嬢様、基本的に街中は警邏の管轄となっております。近衛は要人が街中に視察に来るとき以外は基本的に王宮勤務となっております」
イヴの説明に興味が無かったらしく「ふ~ん」とだけ答えた。
「要人?そう!要人よ!宰相様はこちらに視察にはいらっしゃらないの?」
女性はイヴに再び質問した。
イヴは首を横に振りながら
「申し訳ございません。そのような情報は私共には共有されませんので」
謝罪をした。
「ふ~ん。そうよね。警邏にわざわざ教える必要無いものね」
女性の言葉に隣に立っているニコラスの苛立ちが少しずつ増してくるのを感じる。
お嬢様、これ以上先輩のご機嫌を悪くするのは辞めてぇ〜。
しかし、女性は不穏になっていく空気が読めないのか
「仕方が無いわね。じゃあ、店主、ここによく来るイーサン・マーシャル様と連絡が取りたいのどうにかしなさい」
女性が突然自分の恋人の名前を挙げたので驚いた。
そして、そのままイヴも店主を見ると前回一緒に来ていたのを覚えていたのか申し訳なさそうな表情になる。
「ですから先ほどから何度も申しておりますが、顧客の情報をお伝えすることはできないのですよ。ケインズ様」
「でも、お父様もここをよく利用しているわ。ね、同じ顧客と言う者なんでしょ?」
話を聞いていると、自分の父親も得意先なのだからイーサンの居場所か連絡を取れるようにしろとおっしゃっているみたいだ。
貴族コワっ
女性はイライラしだしたのか持っていた扇子で机を叩きだした。
淑女ってそういう事していいの?
イヴは淑女教育は幼少期しか受けていないのでほへぇ~とその女性を見ていた。
そして、女性はため息交じりに
「昨日偶然、何年かぶりにイーサン様にお会いすることができたのまた会う約束をして下さったわ。」
えっ昨日って確か病院でライセンスの更新に行ったよね?
確かに家に帰ってきてから様子がおかしかったけど
もっもしかして、これが巷で話題の『浮気』もしくは『二股』なのか?
って貴族の女性に対して二股って、イーサンお前鬼畜だなっ!
イヴは無表情で色々な考えに陥っていた。
が、ふと二種類の視線を感じる。
一つは、どうしましょう?と助けを求める店主
もう一つは、肩を震えながら笑いを堪えている先輩だった。
ニコラス先輩、趣味悪っ
イヴが心の中で悪態を付いていると
「そこの警邏どうして笑っているの?」
女性がニコラスが笑っているのを見つけると睨みつけながら指摘した。
「すっすみません」
ニコラス先輩、多分それ以上笑うと不敬罪になっちゃうよ。
イヴは焦りながらニコラスを見るが、ついに我慢できなくなったのか
「イーサン隊長が既婚者に手を出してるなんてっ」
ありえねぇ〜と言う言葉をイヴが力づくで阻止した。
阻止できた自分を褒めたたえたい。
「えっ既婚者?」
イヴも思わずその女性の薬指を見るときちんと結婚指を付けていた。
そりゃ~店主も色々狼狽えるか。
まだがんばって笑いを堪えている先輩とますます困っている店主を見た後
イヴはハッと息をつくと
「ご婦人はどうしてもマーシャル様とお会いしたいのですか?」
と確認する。
「ええ、そうよ。だって約束したのですもの」
と意気揚々と答える。
「そうですか…。では、僭越ながら私がマーシャル様に取り次ぎますよ?」
イヴの言葉にその場にいた全員が驚いた。
もちろんその女性もだ
「えっ、どうして貴方はマーシャル様と連絡ができるの?」
不思議そうにこちらを見るので
「はい、私はイーサン・マーシャルの恋人だからです」
と真剣な表情で伝えた。
女性はその言葉を一瞬理解できなかったらしく小さな口をポカンと開けた
その時、ガシャンとノックもせずにドアを開ける音がした。
「奥様!シンシア奥様!どうして馬車を勝手に抜け出したのですか!」
そこには、走ってきたらしい護衛と侍女が息を切らしながら駆け込んできたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。