ワタシ ノ ステキナ オウジサマ
シンシアの夫、ケネスの視点です。
「彼女」はずっとシンシアをさしています。
本日2話目です。必ず『ライセンスの更新』をお読みになってからこの回を読んでください。
少しセンシティブな内容が含まれます。
イーサンの後ろ姿を見送ったシンシアはまるで恋をする少女のような視線を送っていた。
その様子にケネスは少し焦りを感じる。
彼女と出会ったのは隣国で療養している時だった。
カルテを確認すると、どうやらドラッグを騙されて盛られたらしい。
人族には軽い症状しか出ないが、獣人にはどのような効果がでるかは分からない人族用のパーティードラッグ。危険視されていたが年々被害が増えていった。
同じ人族として許せなかった。
彼らを罪を背負って償うつもりはないが一刻もはやく症状を軽くしてあげたい
医療にかかわっていた僕はいつの間にか薬学を専攻し研究するようになっていった。
彼女は特に重度の症状が出ているらしい。僕が担当医になった。
食事を取ることもままならないのかほぼ皮と骨の状態だった。
「ごめんなさい、イーサン」
夜になると元婚約者だった彼の名前を呼びながら涙を流していた。
夜の見回りでそんな彼女を見た時は心が潰される思いだった。
少しでも彼女の症状を緩和させてあげることができれば…。
時間が経つと彼女の症状も少しずつ良くなっていった。
心地よい風とお日様を浴びながらぼんやりと景色を眺めている彼女に僕は声をかける。
「ケインズさん、体調はどうですか?」
彼女は微笑みながら
「はい、先生とても気分がいいです」
綺麗な声で僕に答えてくれる。
初めて会ったときよりも随分顔色もよくなった。体形も以前とかわらないぐらいに戻ったらしい。
綺麗に整えられている髪やつま先が僕との身分の差を感じさせた。
「お嬢様、風が冷たくなってきました。お部屋に戻りましょう」
彼女付きのメイドが声をかける。「そうね」と返事をしたあと
「それでは、先生、失礼しますわ」
と小さくお辞儀をした後その場を去った。
彼女が座っていたベンチに自分が座る。彼女が眺めていた景色を見たくなった。
「駄目だな。僕はきっと患者以上の気持ちで彼女を見始めている」
かけていた眼鏡を外し上を向きながら目頭を押さえていると
「先生?」
と先ほど席を立ったはずの彼女がこちらに戻っていた。
僕は眼鏡を外したまま彼女の方を見ると彼女は驚き
「イーサン?」
と呟く。どうやら僕はその元婚約者と色見が似ているらしい。
僕は首をゆっくり横に振ると
「違いますよ。ケインズさん。僕はケネスです。貴方の担当医ですよ」
と言いながらベンチに座っていた僕の隣にあった本を彼女に手渡した。
「あっごめんなさい。私、ぼんやりしてしましたわ。」
動揺した彼女はずっと僕を見つめながら話す
「大丈夫ですよ。さあ、先ほどお付きの人もおっしゃっていたでしょう。風が冷たくなってきました。お部屋にお戻りください」
僕もメイドと同じことを言っていると、奥から看護師が走ってやってくる
「ケネス先生、203号室の患者さんがパニック症状を発症しました。」
僕は頷くと眼鏡をかけなおし
「分かった。すぐに向かおう」
というと、彼女の方を見て会釈してからその患者の所へむかった。
彼女はずっとこちらを見つめていたことに気づかなかった。
それからの彼女は積極的に僕に関わろうとした。
時間があれば僕を見つけ話しかけに来た。
「今日はいいお天気ですね」
「ケネス先生、髪をお切りになりましたか?」
「休暇は何をしているのですか?」
始めはたわいのない会話だったが、少しずつお互いのプライベートな話の内容になっていった。そして、そこからお互いを思うのに時間はかからなかった。
しかし、彼女は貴族で私はしがない平民の医者だ。思いを告げることはないだろう。
ある時、自分の部屋でカルテの整理をしているとノックをする音が聞こえた
「どうぞ」と言うとそこには彼女のメイドさんがそっと入ってきた。
僕は彼女に異変があったのかと思い
「どうかされましたか?」と確認すると
「はい、ケネス様にケインズ公がお会いになりたいとのことです。次のお嬢様の面会日にお時間を作っていただきたいそうです」
「はい分かりました。その日は開けておきますのでいつでも声をかけてください」
その言葉を聞くとメイドは頭を下げて部屋を出ていった。
彼女の父ケインズ公に咎められることは何もしていない。だとしたら体調面の話か…。
彼女のカルテを出し確認する。もう少しで退院してもよさそうだ。
この後は、ここにいなくても自国で療養することも可能だろう。
彼女の退院と僕の失恋はどうやら同じ日になりそうだ。
しかし、彼女が元気になるのなら担当医として喜ぶべきだ。
そう自分にいいきかせそのカルテを片づけた。
彼女の面会日になり、ケインズ公と話すために僕の部屋に招いた。
と言っても患者を見る為の部屋なので殺風景だ。
ケインズ公を質素なソファーに案内すると、メイドがどこからかお茶を用意し僕にも入れてくれた。
「すみません。何もない部屋で」
僕は先に謝罪すると。
「いえいえ、この部屋で多くの患者が救われていると思うと神聖な場所に見えます」
貴族なのに丁寧に対応してくださった。
僕は姿勢を正して
「さっそくですが、今日はどのような内容の面会でしょうか?彼女の退院については…。」
僕がカルテを確認しながら彼女の病状を確認していくと
「いいえ、シンシアが日々元気になっているのは見てわかるのですが…。実は違う病気にかかったようなんです」
担当医の自分よりもケインズ公の方が病気に詳しいとは思わなかったため、焦りながら前を向く
すると、ケインズ公が微笑みながらこちらを見ていた
「イヤ、その、病気と言っても誰も治療することができないのだよ」
そんな…治らない病気なんて
僕が気づくとケインズ公は嬉しそうに
「ケネスくん、シンシアをもらってくれないか?」
ケインズ公の言っている内容が理解できなかった。
「ケインズ様、申し訳ございませんが僕は平民です。シンシア様は貴族の方です」
もしや、ケインズ公はシンシア様を市井に放つおつもりなのだろうか
僕の考えが理解できたのか
「ケネス君を私の遠縁に養子にしてからこちらに婿に入っていただきたい。仕事の内容はそのままで私達の国に来てもらえると助かる。幸い領主をやっているわけではないから家を守る必要はあるが政治とは無縁の貴族だよ」
と気軽に話す。
「侍女の話を聞くと君もシンシアの事は好ましいと思っていると聞いているが」
ケインズ公の言葉に僕の耳が赤くなったことが分かった。
若いなと言いながらケインズ公は真面目な表情になり
「残念ながらシンシアはもう貴族に嫁ぐことはできないだろう。だったらあの子が好いた人できれば相手もあの子を大切にしてくれる人がいれば是非にと妻とも話していたんだよ。元婚約者にはこちらから十分に謝罪をしているから君が気に病むことはない」
ケインズ公の話に「はい」と気のない返事をする。
すると、ケインズ公が頭を下げ
「どうかこの話を真剣に考えて欲しい」
と言われてしまった。貴族に頭を下げさせるなどこの国でも言語道断だ
「ケインズ公頭をお上げください。両親に話をさせていただきます。それからの返事でも大丈夫ですか?」
僕は平民の三男だ。両親は二つ返事で了承してくれるだろう。
「ああ、君をここまで育ててくれたご両親にはこちらからも誠意を示させてもらうよ」
「ありがとうございます」
今度は僕がケインズ公に頭を下げた。
僕の予想通り両親は悲しみながらも「僕が幸せになるならば」と了承してくれた。
謝礼金の話は後で聞いて少し怒られた。「子どもを売るつもりはない」と断ったが、相手が貴族だったので結局折れたみたいだった。
しばらくすると、僕は今まで働いていた病院を辞め隣国へ向かい、しばらくシンシアとお付き合いをした後、結婚した。
僕がプロポーズをした時、とろけるような笑顔で
「ありがとう、ケネス」
と言ってくれた。僕は天にも昇る嬉しさだった。
彼女を大切にしよう。幸せで溶けてしまうぐらいにと心の奥で決意した。
マーシャル様に会ってからシンシアは僕と会話をしていてもどこか上の空だった。
それは、ケインズ公にも伝わったらしくシンシアが外出している時に僕に会いに来て分かった。
「お義父様、どうかされましたか?」
僕はタウンハウスで持ってきていた仕事を処理しているとケインズ公が部屋に入ってきた。
「ああ、シンシアがイーサン君に会った事を聞いてね」
僕は、たまたまライセンスの更新をする為に訪れていた病院に同行したいと言われたシンシアの事とその時会ったマーシャル様の事を伝えた。
マーシャル様の表情が険しかった事を話すとケインズ公も表情を曇らせる。
「これは、君には関係ない話なんだが、シンシアの婚約破棄はこちらから一方的にお願いしてね。あの当時はまだイーサン君はシンシアを娶るつもりだったらしいんだ。しかし、ケネス君には悪いが貴族階級で言うとシンシアはいわゆる『傷もの』扱いになってしまう。もし結婚するとマーシャル家にご迷惑がかかる可能性があるんだよ。貴族は足元をすくうのが仕事みたいなものだからね。マーシャル家は領主でもあるからそのような危険が万が一にも起こらない為に私から辞退させてもらったんだ」
ということは、お互いまだ気持ちが残っているということなのだろうか。
僕の心の一部にヒンヤリとした感覚ができる。
「といっても、イーサン君はようやく将来を共にする女性を見つけたらしいから、ケネス君が心配する必要はないよ。シンシアも現実を見れば理解できると思うから」
「そうなんですかね…。」
僕は気が付けば下を向き、自分が力強くズボンを握りしめて皺になっている事に気づく。
「ケネス君が心配してしまうのも理解できる。だから、シンシアが余計な事をしないように侍女を少し増やして見守るようにするから。それと何かあったらすぐに私に連絡しなさい」
お義父様はいつも僕によくしてくださる。
いいのだろうかと不安になるときがある。
それも見抜かれているのか
「ケネス君は貴族になってもがんばって努力してくれているよ。親の理由で離れさせたシンシアとイーサン君にも申し訳ないと思っているが、そんなシンシアを大切にしてくれている君を私が無下にできるわけがないだろう」
どうやら僕の行動も見張られているらしい。ただ、僕は彼女に心底惚れているのでそのような態度を報告されていると思うとかなり恥ずかしかった。
「ありがとうございます」
「じゃあ、何かあればすぐに連絡してくれ」
とケインズ公が言った後帰っていった。
しばらくすると、シンシアがご機嫌で帰ってきた。
そして
「ねえ、ケネス聞いて!今度うちでイーサンとイヴさんを呼んでお食事会をするわよ!」
嬉しそうに報告してくれた。
イヴって一体誰なんだ!!!
惚れた弱みですな。
エピソードタイトル変更するかもです。
シンシアにとってオウジサマって誰を指しているんだろ。
最後までお読みいただきありがとうございました。