ライセンスの更新
イーサン視点です。
少し短めです。
イーサンは貸し馬車の中で昨夜の事を思い出していた。
ダナムの先輩にあたるスコット・グレアムが彼を引き抜いて国境近くに赴任したらしい。
グレアムがダナムを色々な意味で可愛がっているのは有名だったらしく、イヴに対する禊にも率先して手伝っていたらしい。
イヴもダナムの事を嫌っているわけではないので移動した件について話してみると。
「あっうん。ウォルターから直接聞いたよ」
と何事もないように言われた。
自分に黙っていたことも少しショックだった。
「えっどうして教えてくれなかったの?」
自分は少し強い口調でイヴに聞くと
「偶然あった時に軽く教えてもらっただけだから?」
何気なくお皿を洗いながら答えるイヴ、自分はとてつもなくイラついた。
その苛立ちが分かったのか
「でも、ウォルターの他にもう一人先輩みたいな人も一緒だったよ?私は見たこと無い人だったな。今のウォルターのパートナーかな?」
警邏と違って近衛は隊ごとに移動するので仕事中ではなく休憩中だったのだろう。
そして、一緒にいた相手は多分グレアムか…。
「その一緒にいた先輩が昇格するからついていくんだって。軍学校から近くにいたからさすがにちょっと寂しくなるよね」
イヴの寂しいはきっと友のしての感情だと理解しているが、心の中に嫌な感情が芽生える。
俺は、お皿を洗っているイヴの背後に移動し後ろから抱きしめながら
「俺も、どこかにいったらイヴは悲しんでくれるの?」
と意地悪な質問をしてみた。
イヴはその質問には答えずしばらくカチャカチャとお皿の重なる音が聞こえる。
そして、全てのお皿を洗い終えるとタオルで手を拭いた後こちらに向きなおす。
「それは無いかも」
そっけなく言われる。ショックをうけたのが分かったのだろうかイヴは言葉を続けた。
「だって、離れるわけないじゃん?寂しく感じる距離なんかに行かさないよ?」
とイヴは挑発的な視線で俺を見ながら首の後ろに手を回し顔を寄せてくる。
「前にも言ったと思うけど、私達は似たような思考をもっているよね?もし、イーサンが私の立場だったら絶対に」
「逃がさないかな?」
「せ~かい」
と言った後、イヴから口付けてきた。
俺はイヴから十分すぎる答えをもらったのでそれ以上ダナムの事を話すのはやめた。
「ほら、シャワーを浴びて!明日はライセンスの更新なんでしょ?」
とイヴも言ったのでそのまま寝る準備を始めた。
イーサンは、馬車からの車窓を眺めながらイヴとの関係を考える。
イヴは実家から戻ってからかなり俺に素直に気持ちを伝えようとしてくれている。
ご両親と話し合うことで心の中にあった楔が溶けてきているのだろうか。
しかし、急に全てを開放する勇気もないのか照れくさくなっているのもカワイイと思う。
「あ~早く結婚してぇ~」
どうしても確実に自分しかいない環境にしてしまいたくなる。
やはり元婚約者との事件がまだどこかで自分の中で解決できていないのか。
でもこればかりは自分の中でなんとかするしかないのかな…。
考えても答えの出ない問いに俺はのどかな車窓からの風景を見て一時的に忘れることにした。
久しぶりの病院は静かな郊外にあるため相変わらず変化はなかった。
この変化がないというのは心がしんどい患者にはいいのかもしれない。
事前にライセンスの更新の予約をしていたので受付でその旨を伝えると会議室の一室を案内される。今日は自分だけではなく何人か同時に更新を行うようだった。
更新と言っても最新の情報や変更すべき点など軽い講義を30分ぐらい受ける
そのあと、ライセンスカードの更新をして終了となる。
病院までかかる時間はライセンス更新時間の倍以上なので少し考えさせられるが可能な限りは更新していこうと考えている。
講義の時間はあっという間に過ぎ、ライセンスカードも更新をし終え待たせていた貸し馬車に向かおうとした時
「イーサン?もしかしてイーサンなの?」
懐かしい声に動悸がする。振り向きたくない。
「イーサン・マーシャル様でしょ?」
イーサンは自分に冷静になるように言い聞かせながら振り向いた。
「お久しぶりです。ケインズ夫人」
イーサンは礼儀正しく一礼をするとそのまま馬車の方へ向かっていく。
「お待ちになって!少しお話ししませんか?」
その声はイーサンが小さい頃からずっと聞いていた声だった。
何年も前の自分だったらすぐに「はい、よろこんで」と答えていただろう。
「申し訳ございません。私は帰宅しなければいけないので失礼します」
貴族らしく対応していると
「そんなことおっしゃらないで。私、すごく元気になりましたの」
シンシアは微笑みながらイーサンの方に近づこうとすると。
「シンシア!どこに行ってたんだい?」
優しそうな男性が小走りでシンシアの方へ向かってくる。
「あら?貴方、ライセンスの更新は終了しまして?」
シンシアの言葉にイーサンはそういえばこの男性も同じ部屋にいたなと思い出す。
男性もイーサンの事を認識していたのか目礼だけすると
「ねえ、あなたこの方はイーサン・マーシャル様よ。イーサン、この人は私の夫のケネスです。
イーサンは勝手に紹介するなよ面倒だなと思いながら
「初めまして、イーサン・マーシャルです。」と簡単に挨拶した。
ケネスはイーサンの事を聞いていたのか
「こちらこそ、初めましてシンシアの夫のケネス・ケインズです」と返してきた。
「ねぇ、イーサン久しぶりに一緒に夕食でもどう?私達しばらく王都のタウンハウスに滞在するの」
シンシアは嬉しそうにイーサンに言った。
「申し訳ございませんが、私の予定がつかない状況でして。そろそろ馬車も待たせているので失礼してもよろしいか?」
シンシアでは埒が開かないのでケネスの方に視線を移す。ケネスは理解したのか
「これは、申し訳ない事をしました。シンシア、マーシャル様はお忙しい方なんだ無茶をいってはいけないよ?」
と肩をそっと抱き優しく注意した。
シンシアは首を横にふりイヤイヤといいながら
「イーサンはきっと時間を作ってくれるわ。昔から彼は私には優しかったもの!」
シンシアの言葉にイーサンは内心ゾッとしたが表情を崩さず
「申し訳ないが、家名で呼んでいただきたい」
とケネスに注意するとそのままその場を立ち去った。
「すみません、マーシャル様…。」
とケネスの声は聞こえたがシンシアの謝罪はなかった。
帰りの馬車でイーサンはなんとも言えない感情をイヴにあるまでに押さえつけようと必死になった。
最後までお読みいただきありがとうございました。