冷酷、冷徹、冷淡と噂される副団長さんに引き抜かれました。
ちょっと微修正しました。
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貴族出身の人は大体が容姿に優れてる。
「今日はお時間を作って頂き有難うございます」
私の目の前のソファに座って言う彼もまた容姿に優れている貴族の子息の1人。
だけど、オレンジがかった色の瞳に肩まである薄い金髪を半分で後ろで束ねた彼は…その中でも群を抜いて美しい顔をしていると思う。
彼の名はウィルフォード・ハンストン様。騎士団の副団長を務めているお方だ。
誰が言ったのか、冷酷、冷徹、冷淡と噂されているけど、私にはこの人のどの辺りが冷酷で冷徹で冷淡なのかサッパリ分からない。
仕事がらみで何度も話したことがあるけれど、副団長さんは私みたいな年下の女にもいつだって丁寧な態度と言葉を使ってくれるし、優しい笑顔を向けてくれる。
「フィオ・シブリーさん、今日はあなたを引き抜きに来ました。騎士団で働きませんか?」
「………え?」
私は隣に座る私の雇用主でもある叔父様を見たけれど、叔父様は苦笑いをするだけで何も言ってくれなかった。
副団長さんも叔父様には一度も視線を送らず、私だけを見ている。私の知らぬ間に既に2人で話をしていたのかもしれない。
だとしたら、ここで叔父様が口を出さないってことは決定権は私にあるということ。
私は私の返事を待つ副団長さんに向き直った。
「副団長さん…」
「はい」
「私…実はこう見えて女なんです…」
「………アハハハハ!」
私の言葉にプハッと吹き出して何故か困ったように笑い出した副団長さん。
「フィオ…女の子は騎士にはなれないんだよ」とお父様に教えて貰ったのは確か私が5歳の頃だった。
家庭教師の先生が「貴族に嫁いだばかりの女性が求められることは先ずは男児を産む事です。次に次男を産む事。高位貴族であれば女児を産む事も求められるでしょう。但し、望まれる女児の数は1人だけです。2人目以降の女児は育てたところで家になんの実りももたらしません。ただの穀潰しです」そう教えてくれた後の事。
将来のことを考えて「お父様、お母様、私、騎士様になります!」と宣言した直ぐ後の事。
騎士になるのを諦めた私は騎士団団長を辞めたばかりの叔父様と会社を起こす事にした。
仕事の内容は簡単に言えば何でも屋。何でも屋だけど…案件としては騎士団では動けない事件事が多い。
副団長さんや他の騎士さんたちと顔見知りになったのはそういう仕事ばかりしていたから。
騎士団からの依頼もよく受けていた。
男である騎士では女性からの聴取が困難な事も多く、そういった時は”女の私”が役に立ち求められた。
だから私はこの仕事をする上で男装したことはないけれど…
もしかしたら、美しい副団長さんにとって私は”女装をしている男”にしか見えていなかったのかもしれない。だから私を騎士団に誘ってくれたのかもしれない。
そう思って言ったのにそんなに笑われるとは……
「あなたが女性だということは知っていますよ。十分過ぎるくらいに。誰よりも」
副団長さんは眉を下げ少し視線を落として言った。
なんだか意味深な言葉にもしかして気付かない内に裸でも見られていた?!と思ったけど…そんなことはない…はず。
「この度、騎士団に新たに補佐官という官職を設けることが決まったんです」
「補佐官…ですか?」
「はい。補佐官は騎士団の所属ではありますが騎士ではありませんので女性でもなれます。騎士として雇用することが出来ないことが申し訳ないですが…是非、あなたに補佐官として騎士団の一員になって欲しいんです。こちらが補佐官の雇用条件です。目を通して頂いて、宜しければ下にサインを。もし条件に不満があれば遠慮なく仰って下さい。検討しますので」
私はそう言われて差し出された用紙を見た。
仕事内容は…今と大差ない。勤務時間も…今と大差ない。お給金は……
「あの、これ、お給金の数字間違っていませんか?」
「いえ?合っていますよ」
「では、残業代や休日出勤手当別と書かれてますが、含むの間違いでは…」
「いえ、それは記載の通り別で支給致します」
私はもう一度用紙を見た。
給料の横には30万フローの記載…
平民の月の平均給料は大体5〜8万フローくらいだと思う。今の私の給料はそれより少し多くて10万フロー。それは固定で、利益が多くある月はそこにプラスされる。叔父様は経費とほんの少しの利益しか求めないタイプなのでプラスされてもたかが知れてるけど…それでも確実に普通の人よりは多く貰っている。なのに…30万って…騎士が高給取りなことは知っているけど、騎士でもない私が30万って…
「少ないでしょうか?」
「?!いえ、貰い過ぎなくらいですよ!いいんですか?騎士でもないのにこんなに頂いて…」
「騎士と補佐官。呼び名が違うだけでして頂く仕事内容は騎士とあまり変わりません。むしろあなたにしか頼めない仕事がある分、騎士より補佐官の方が大変かと思います。貰い過ぎということは決してないと思いますよ」
騎士と補佐官、呼び名が違うだけ…
私は頭の中で副団長さんの言葉を反芻した。
私は…騎士になりたかった。だけど騎士と呼ばれたかった訳じゃない。
「因みに寮費も食費も無料です。給料から引くことはありません」
「!!!」
「あなたの雇用主からは了承を得ています。後はあなたの気持ち次第です。と言っても、断られたところで私はあなたを諦めるつもりはありませんが」
本当に…誰がこの人を冷徹、冷酷、冷淡だなんて言うのだろうか。
副団長さんは私が昔騎士になりたがってたことを知っている。この勧誘は騎士になることを諦められず、この仕事を始めた私への副団長さんの優しさに違いない。
「フィオさん。補佐官になって下さい」
こんなに熱心に誘ってくれるこの人が冷徹、冷酷、冷淡な訳がない。
「返事を頂けますか?」
「おいおい、そんなに焦るな。せめて1日くらいは考えさせてやれ」
答えを求める副団長さんに叔父様は言ってくれた。
だけど…答えはもう決まってる。だって仕事内容が今と変わらなくて給料が倍以上だなんて…断る理由がない。勿論叔父様と一緒に働くことに後ろ髪を引かれないわけじゃないけれど…
過保護で私の事を溺愛している叔父様。順当にいけば先に亡くなるのは叔父様のはずだけど私の老後の面倒までも自分が見ると言って聞かない。いい人がいるくせに結婚しないのは、きっと私がまだ独り立ちしていないからだ。そう考えると副団長さんのこの話はいいタイミングでいい条件でしかない。
「宜しくお願いします」
私は座ったまま深く頭を下げて答えた。
「フィオ、コイツが急いて来るからってそんなに急いで決めなくていいんだぞ?」
「有難うございます。ではサインを下に頂けますか?」
「いやいやいや、俺、今フィオと話してたよな?割り込んでくるな」
「先に話してたのは私とフィオさんですけど?割り込んで来たのは貴方の方では?」
「おま……はぁ……」
叔父様は呆れた目で副団長さんを見た後溜息を一つ吐いた。
「叔父様は反対ですか?」
「まぁ…あれだ。嫌んなったら辞めて俺んとこ戻ってくればいいだけの話だからな。俺は声に出して反対はしないよ」
「ふふ、声に出さないだけでしっかり反対なんですね」
「当然だろう?兄さんから任されてるからとか関係なく叔父様はお前が大事なんだ」
「ありがとう、叔父様。大好き」
私はそう言いながらペンを取ってもう一度隅々まで先程の書類に目を通し始めた。これはもう癖だ。騎士が、副団長さんがそんな詐欺紛いの書類を作ってるわけがないとは思うけど、念の為。
「おいー!軽いなー。今の大好き、物凄く軽いなー?」
「アハハハ。心の底から大好きですよ」
うん。内容は何の問題もなさそう。
あとはサインをするだけ。
さっとサインをし終えると叔父様のリアクションが一向に返ってこない事に気付いた。
「……叔父様?」
「…あ、うん」
「?本当に大好きですよ?」
「あ、うん……」
「どうしたんですか?」
「いや…ちょっと急に寒気が…」
「風邪ですか?お薬が…」
「あ、大丈夫。これ、風邪とかじゃないから」
叔父様はそう言うと立ち上がろうとした私の腕を取った。
視線は何故か下に向いている。
「フィオさん。サイン有難うございます」
「あ、はい」
「では、荷物の整理もあるでしょうから明日の朝迎えに上がりますね」
私はそう言われて初めて気付いた。勤務開始日を聞いていないことに。
「…えっ、もしかして明日から勤務ですか?」
「いえ、まさか。明日は寮に越してきて頂いて、実際働いてもらうのは明後日からです」
副団長さんはニコニコ笑顔で「何か問題はありますか?」と言った。
わぁ、なんて急。と思うけれど、今ある案件でどうしても私でないといけないというものは特にない。荷物なんてたかが知れてるから荷造りも直ぐ終わるし…
まだ昼前だから挨拶回りもきちんと行ける。
うん。何の問題もなかった。
「いえ、何の問題もありません」
私は笑顔で返した。私の笑顔なんて副団長さんの足元にも及ばないけれど。
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「気を付けてな。本当に、気を付けてな?」
「はい」
「本当に、色々、気を付けるんだぞ?」
「アハハ、ハイ」
「笑い事じゃないんだけどなぁ…」
心配そうな叔父様に別れを告げて私はわざわざ迎えに来てくれた騎士団の馬車に乗り込んだ。
迎えに来てくれたのは騎士さんかと思いきや騎士は騎士でも昨日振りの副団長さん。
忙しいはずなのに…申し訳ない。
馬が少し走って止まったのは騎士寮の前だった。
副団長さんは当然のように馬車から降りる私をエスコートしてくれて、更には私の荷物を持ってくれる紳士っぷり。
「あの、副団長さん」
「はい?」
「私の寮って…騎士寮なんですか?」
「はい、そうですよ?あぁ、書類には寮としか書いてませんでしたね」
副団長さんはサラッと「すみません」と言うと私に振り返っていた体を元に戻してスタスタと歩き出す。
騎士たちは身の回りのこと、掃除や食事の準備も全部自分たちで行うのでメイドが入る必要がなく、風紀的な問題もあり騎士寮は基本的に女性が立ち入る事が禁止されている。だから女である私はてっきり王宮勤めの使用人寮に入るものなのかと思っていた。
でも補佐官はあくまで騎士団の所属だから…騎士団所属は騎士寮に入るのが決まりだとしたら、女だろうと騎士寮でいいの…かな?
そんな事を考えていると寮の中まであと一歩というところで副団長さんは止まった。
「男ばかりの騎士寮は嫌ですか?」
「…?いえ、有り難さしかありませんけど…」
職場と寝床は近いに限る。
それは叔父様の所で働いていた時に身に染みていた。
王宮の使用人寮から騎士団の本部までは歩くと40分以上かかる。騎士寮からだと間に鍛錬場を挟むだけなので10分かからない。どっちがいいかと言われたら…騎士寮がいいに決まってる。
「…アハハハハ」
「???」
「いえ、すみません。怖くないですか?男所帯の中で暮らすこと」
「?男所帯と言っても騎士の方は殆ど顔馴染みですし…何より皆さん騎士ですから。怖いことが起きようがなくありませんか?王宮よりどこより一番安全な住処な気がします」
「騎士と言っても所詮は人間であり男ですよ?」
「???」
「…分からないですよね。そんな所もいいんですけど…でもやはりそろそろ分かって頂きたくもありますね」
副団長さんはそう言うと私の頭をポンポンと撫でた。
「えっと…すみません、教えて頂けますか?」
何のことを言っているのか、何故頭を撫でられているかもサッパリ分からず副団長さんを見上げて聞くと副団長さんはピタッと動きを止めてぐるんと後ろを向いて溜め息を一つ静かに吐き出した。
「間違えた。墓穴掘っただけだ…」
ボソッと何か言っていたけれど、何を言ったのかは聞き取れない。
副団長さんは気持ちを落ち着かせるかのように静かにもう一度ため息をゆっくりと吐き出すと「行きましょう」と小さな声で言ってまた歩みを進めた。
何か悪いこと言ってしまったかな…と申し訳なく思いながら着いて行くと副団長さんは2階の一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「こちらがあなたの部屋です。鍵はこちらを」
「ありがとうございます」
鍵を受け取ったところで「「フィオ」」と私を呼ぶ声が二つした。
声のする方へ顔を向けると見知った顔が二つ。
「ジュノ兄様!アーロ!!」
私は2人の元に駆け寄ってアーロに抱き付いた。
ジュノ兄様ではなくアーロに抱き付いたのはジュノ兄様は半年位前に会っているけど、アーロとはタイミングが中々合わなくてもう一年以上ずっと会えていなかったから。ずっと会いたかったから。
アーロは突然飛びついた私を微動だにせず抱き受けてくれた。流石騎士。体幹がしっかりしている。
でもいつもならきちんと背中まで手を回して抱きしめてくれるのに、今日は何故か私の体を受け取ってくれただけで私の背中に手を回してくれない。
「おい、ウィル、俺の弟を射殺してくれるな…」
ジュノ兄様が呆れた顔と声で副団長さんに向けて言う。
え?と思ってアーロから離れて副団長さんを見たけれど副団長さんの目はいつもと変わらない。
「アーロとは双子でしたね。本当に仲が良いですね」
「あ、は…い……」
なんだろう。副団長さんの様子が少しおかしい。
目は笑ってるけど…何かどこからかピリついた空気を感じる。
やっぱりさっき何を言われてるか分からなかったことで怒らせてしまったのかもしれない…
「よく来てくれたな、フィオ」
「本当、まじでよく来てくれたよ、まじで。まじでな」
ジュノ兄様が私の頭をポンポンとして、アーロが”まじで”を染み染みと言って私の肩をポンポンとする。
ジュノ兄様は我が家の次男で副団長さんとは同期にあたる。ジュノ兄様の頭ポンポンは私に対する癖で、もしかしたらさっきの副団長さんのそれはジュノ兄様の癖が移ったのかもしれない。
「おー、フィオちゃん!来たか!」
ジュノ兄様とアーロ、2人の背中からもう一つ元気な声がした。
階段の方を見ると女性のように腰まである長い髪を一つで括っている男性がいた。
「団長さん。今日からよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくな!」
団長さんは髪こそ女性のようだけど、体つきは騎士らしくガタイがいい。だけど団長さんも貴族生まれらしくしっかり美形。
「ごめんな、急な転職をさせてしまって」
「いえ、全然です」
「部屋も…ごめんな?男だらけの騎士寮で。でも階段からこっち側はウィルの部屋しかないから。誰も近付かないと言うか近付けないと言うか…ま、とにかく、だから安心して?」
「団長、兄としてはそのコイツが一番危険人物なんですけど」
「うん…それは本当ごめんでしかない」
団長さんはジュノ兄様の言葉に綺麗に腰を折って謝罪をした。
2人の言うコイツって…副団長さんのこと?
副団長さんの隣の部屋なんて安全しかない気がするけれど。
でも…高給取りの騎士は女性人気が高い。婚約者のいない騎士の倍率といったら凄いのに、その上美しく優しい副団長さんなんてきっと全ての女性の憧れと言ってもいいに決まってる。その人の隣に住んでるなんてバレたら…私の命は確かに危ないかもしれない。
「フィオ、言っておくけどジュノ兄様の言葉の意味は今お前が考えてることとは全く違うぞ」
アーロはお母様のお腹の中で同じ時を過ごしただけあって私が何を考えているかお見通しらしく、私が想像したことをハッキリと否定した。
「あれは言葉のままだ」
アーロがくれた答えは答えになっていなくて、やっぱり私には全然分からなかった。
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補佐官として勤め初めて1ヶ月が経った。
一度休みの日に叔父様の所へ顔を出すと「何も問題はないか?特に人間関係に!」と真面目な顔で問われた。
補佐官が私1人しかいないということを勤務初日に知って驚きはしたけれど、問題は特にない。
初めて王宮に仕事の用事で行った時は王宮使用人の女性達から非難を浴びるかなぁと思ったけれど…わざとらしく影口を叩かれることもなく。つまずいたふりをして水をかけられることもなく。
本当に驚く程何事もなかった。
仕事自体も順調にこなせている…と思う。副団長さんも団長さんも褒めてくれるし、他の騎士の皆んなも「来てくれて本当に有難う!!」と毎日言ってくれるし。
毎日言ってくれるってことは…流石にお世辞ではないはず。
「お疲れ様です」
騎士寮一階にある食堂、調理場から仕事終わりの騎士たちを出迎えると皆あれ?という顔をした。
「あれ?フィオちゃん?なんでそっちにいるの?」
「休みで暇なので手伝わせて貰ってるんです」
「まじ?もしかして今日のご飯作ってくれてたりする?」
「あ、スープだけ…」
「俺ら先に食べたけどめちゃくちゃ美味かったよな」
「あぁ。まじで美味かった」
一緒に食事当番をしていた騎士が言ってくれた。
「まじ!?楽しみ!!」
皆はそう言うと食事トレーを取って席に座った。
食事当番は順番で回ってくるけれど、副団長さんから「入ったばっかりですから体を慣らす為にも半年くらいはしなくていいですよ」と言われた私はまだ当番に当たった事がなかった。
だから皆に料理を振る舞うのは今日が初めて。
結婚の為に花嫁修行として料理作りを習っていたことがあるから不味くはないはずだけど、味にはみんなそれぞれ好みがあるからなんとも言えない。
ちょっとだけドキドキしながら片付けの準備をしていると
「……美味い!!」
「フィオちゃん!まじで美味い!」
と言う食べたみんなの声が聞こえてきた。
その言葉に嘘はないというようにお代わりまでしてくれる。
「良かった。ありがとうございます。今度実家に帰ったらシェフにお礼言っておきますね」
「シェフ?」
「私に料理を教えてくれたの、実家のシェフ達なので」
「…フィオちゃんって本当いい子だよね…」
「?なんでですか?」
「普通、今のとか、他の令嬢だったらさも自分の手柄のようにありがとうございますだけで終わらせてるよ」
そんなことないんじゃないかな…と思うけど他の人達もうんうんと頷いている。
「結婚するならフィオちゃんみたいな奥さんがいいよな」
「だな」
「疲れて帰ってドア開けたらフィオちゃんみたいな子がお帰りなさいって言ってくれて、こんな美味い飯が待ってるんだろ…」
「「「最高だなぁ」」」
皆が染み染みと言っていると副団長さんが入ってくるのが見えた。
「俺、絶対フィオちゃんみたいな子と結婚した……イ…タタタタタッ!!!」
気配をゼロに話途中のジョセフさんの背後に近づいて頭を鷲掴みした副団長さん。
他の皆は突然現れた副団長さんに驚いたあと、何故か静かに立ち上がってトレーを持って別の席へ移動して、やっぱり静かに食事を続けた。
「副団長さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
にっこり笑顔で返してくれた副団長さん。手はまだジョセフさんの頭を鷲掴みにしている。
部下とのコミニュケーションかな。優しいな。
あれ…?でも……
「何の話をしていたんですか?楽しそうな話がチラッと聞こえましたけど」
「副団長さん、ちょっと手を下ろしてもらってもいいですか?」
私は副団長さんの言葉を無視して慌てて調理場から出た。
副団長さんはきちんと私の言葉を聞いてくれて少し名残惜しそうにジョセフさんの頭から手を離す。
「──ッ、イッテェェェェ………」
「大丈夫ですか?涙目になってますよ?」
「全然大丈夫じゃない……」
「舌噛んじゃいました?それともご飯、辛かったですか?」
「なんでそうなるの?これ、明らかに副団長に鷲掴みにされたせい。目から脳汁が出てるだけ。俺の頭、潰れてない?大丈夫?」
「…アハハハハ!」
「いや…冗談じゃないんだけど…でも…副団長のこと止めてくれて有難う…まじで、まじでフィオちゃんが騎士団に入ってくれて嬉しいよ」
「で?何の話をしていたんですか?」
少し距離を詰めてたジョセフさんと私の間に割り込むように入ってきて言った副団長さん。
副団長さんはそのままジョセフさんの横の席に座る。
「フィオさんと結婚したいんでしたっけ?」
「いや、違っ!」
「お前たちも言ってましたね?」
「「「!!!」」」
副団長さんが席を移動した騎士たちにも視線を送ると、目は合ってないはずなのに視線を送られた騎士たちは「いやっ!」「ちがっ!」とジョセフさんと同じことを言いながら慌て立ち上がった。
あれ?副団長さん、ジョセフさんがそう言ってくれた時に入ってきたと思ったけど…食堂の扉は開けっ放しだったからその前から漏れ聞こえてたのかな。
「フィオちゃん”みたいな子”です!俺、ちゃんとそう言いました!言ったよね?フィオちゃん?」
「アハハハハ、はい。私ではダメだそうです」
「フィオちゃんっ!?それはそれで違うよ?!いや、違わないです!はい、違わない!」
「アハハハハ」
副団長さんも騎士の皆も面白い。沢山笑うことが多い毎日。騎士団に入れて良かったなぁと思う。
「ジョセフさんたちは奥さんには家庭に入って欲しいタイプですか?」
「え、まだその話続ける?続けちゃうの?フィオちゃん」
「アハハハハ、言いたくなかったら大丈夫です」
「いや、言いたくない訳じゃないけど…」
ジョセフさんはそう言うとチラッと副団長を見た。
あ、副団長さん、来てすぐ座ったから食事がない。
「副団長さん、食欲はありますか?」
「?あぁ、食事を取るのを忘れてましたね。何を話していたか聞き出すことしか考えていませんでした」
「私持ってきますね」
「どうぞ」と副団長さんの前にトレーを置くと副団長さんは「すみません、ありがとうございます」と言って食事を取り始める。
一番先に手を付けたのは、私の作ったスープだった。
「…美味っ…」
思わずポロッと出てしまったかのような言い方だった。
胸がキュンとなった気がした。
おかしいな。さっき皆が言ってくれたときはならなかったのに。
「それ、フィオちゃんが作ったんですって」
「フィオさんが…?」
「休みで暇だったので手伝わせてもらったんです」
「そう…なんですね…」
副団長さんは私の作ったスープを見た後、私と目を合わせると「美味しいです」と微笑んで言ってくれた。
……眩しい…眩しすぎる…!
叔父様の所で働いていた時は会っても週に一回程度だったから気付かなかったけど…毎日顔を合わせる最近、気付いた。副団長さんの微笑みは男慣れしていない私の心臓に悪過ぎることに。
「因みに私はフィオさんに合わせますよ?」
「?何をですか?」
「結婚したら家庭に入るか仕事に出るか、です。家庭に入って貰ってあなたから毎日行ってらっしゃいとお帰りなさいと言って貰えるのは勿論魅力的ですが、今のように仕事中でもあなたの顔を見れるというのも…また捨て難いですからね」
「………副団長さんって…凄いですね…」
私は副団長さんの顔をマジマジと見て言った。
”奥さん”の話をしていたのに、そこに私の名前を充ててくれるなんて…なんてサービス精神が凄いんだろう。どこまで素敵なんだろう。
私には騎士になるのを諦めて、男漁りに繰り出した時期があった。あの時、結婚は諦めたけど…心の何処かではまだ諦めていなかったんだと思う。
でも……私は多分やっぱり一生結婚できないな…
だってここにいる騎士、貴族の子息が多いはずなのに、傲慢だったりプライド高そうだったり…そんな嫌な感じの人は1人もいない。みんな見た目も中身も格好いい人ばっかりで…その筆頭は私の中では副団長で……
多分私はこの先誰かとお付き合い出来ても必ずその人と副団長さんを比べてしまう気がする。
副団長さんならこういう時こう言ってくれる、とか、こうしてくれる、とか……
……あれ……?これって……この気持ちって……
突如気付いた。
私、副団長さんのことが好きなんだ……
さっきのキュンも、好きな人に美味しいって言ってもらえて嬉しかったからだったんだ。
なんか…やだな……
副団長さんは奥さんと同じ職場でもいいって言ってたけど…私は…辛いな…
好きな人が他の女性と楽しそうに喋っているのが見えてしまうのは…辛い。
今のところ、副団長さんが誰かとそうしている場面に出くわした事はないけど…これから出くわすかもしれないと思うだけで…辛い。
仕事、辞めようかな……
「「はっ?!」」
「「えっ?!」」
突然ガタガタっと椅子を引く音が聞こえて、顔を上げると皆が私を見ていた。
…もしかして…声に出てた?!
すぐ横から熱い視線を感じる。
笑っていない副団長さんの目が私を見ていた。
「あの、」
「辞めたいんですか?仕事」
副団長さんの目はすぐにニコッと孤を描いた。
「あ、いえ、始めたばかりですしまだまだ働きま…」
「でも辞めたいという思いはあるんですよね?でないと口に出ませんもんね?」
「いや、あの……」
「不満があるなら言ってください。改善するので」
「いえ、不満なんてないです!」
「遠慮しないで言ってください」
うっ……
副団長さんの冷酷、冷徹、冷淡っぷりは相変わらず分からないけど…”冷”は分かった気がする…
怖い。なんか怖い。
怖いけど、何も言いたくないけど、尋問のスペシャリストである副団長さんの問い詰めに逃げ切れる訳がなくて…
「…っく、団長さんが…好…きなんです…」
今気付いたばかりの気持ちをこんなタイミングで報告したくなかったなぁと思いながら小さな声で言った。
小さな声にしたつもりだけど、場が静まり返っていたせいできっと食堂中に聞こえてた。
その証拠に「「「「「えっ?!!!!」」」」と周りの騎士たちが驚きの声を上げた。
そして…
「………は?」
今まで聞いたことないような副団長さんの冷たい声。
恐る恐る目を見ると、射殺さんばかりの怖い目。
同時にガシャン!と食堂入り口から音がした。
振り返ると極めて顔色の悪い団長さんが立っていた。団長さんの後ろには他に数人の騎士。皆青冷めた顔をしている気がする。
「え……俺…?え……フィオちゃん…俺のこと好きなの……?!」
「…………」
皆が私を見る。
もしかして…もしかして…”副”って聞こえてなかった…?”副団長”ってちゃんと聞こえてたら誰かが”いや、副団長の事ですよ”って言ってくれるはずなのに…誰も言わないって事は……そういうことだよね?
私はよしっ!と思った。
「あの、団長さん、ちょっと2人きりで話が…」
したいんですけど、と団長さんの方へ向かおうとすると、私の腕はガシっと副団長さんに捕まった。
「…副団長さん…?」
「ダメですよ?フィオさん。職務放棄ですか?」
「…え…?」
「手伝いだろうと、入ったからには最後までやらないと」
副団長さんは調理場の方を指差して言った。
調理場にいる騎士たちはハッとした様子で無言でせっせと食器を洗ったり片付けを始める。
あ、そうだ…片付けがまだだった…
「ごめ…なさい…戻ります」
仕事を途中で放り投げる女だったのかと幻滅されたかもと思うと涙目になる。
泣くのだけは必死で堪えて私は調理場に戻った。
調理場に戻ってチラリと団長さんを見るとバッチリ目が合う。物凄く嫌そうな顔をしている。
「あ、俺、仕事、まだあるの忘れてた…」
団長さんは誰がどう見ても嘘だと分かる言葉を残して出て行ってしまった。
いつもは豪快に明るい団長さん。私の告白のせいで顔色悪くさせてしまって申し訳ない…そう思う。思うけど…私に好かれるの、そんなに嫌ですか…?とも思う。なんか色々全部が悲しくなってきた…
食事当番の仕事を終えた私は悲しみをそのままに部屋に戻った。
アーロとジュノ兄様が私の部屋に尋ねて来たのはその直ぐ後だった。食堂での私の告白話を耳にしたんだろう。アーロが単刀直入に聞いてきた。
「お前…団長のこと好きだったのか…?」
「違う……」
恥ずかしくて顔を隠して言うと「…そうだよな…?!」と少し安心したような声が返ってきた。
まさか一度の否定で信じて貰えるとは。
「フィオの好きなタイプは誰かって言うとウィルだもんな?」
「っジュノ兄様?!」
「むしろそこ行ってもらわないと困る」
「アーロ?!」
「「良かった良かった」」
2人は何やら勝手に満足すると「じゃ、飯食べに行くわ」と出て行こうとする。
「…何しに来たの…?」
「?確認だよ。明日から地獄のメニューが始まるかどうかの」
私の頭にポンポンと手を置くジュノ兄様。
「地獄?」
「フィオ、俺たちを救うためにも、団長を救うためにも、今日中に、くれぐれも今日中にウィルの誤解を解いてくれよ?」
「…副団長さんの誤解…?団長さんの誤解ではなくてですか?」
「いや、誰よりも先に先ずはウィルの誤解を解いてくれ。告白をするかどうかは任せるが…とにかく誤解を解いてくれ」
「こ、告白って…!」
「アイツと付き合うことはあまり薦めたくはないが…ある意味アイツ程オススメ出来る奴もいないから…許す」
「お兄様っ?!」
「副団長が義兄とか…俺はちょっと嫌だけど…でもまぁ…お前があの人がいいなら俺もいいよ」
「アーロ?!義兄って…何言ってるの?!」
2人とも家族フィルターが凄い。
私が告白してもまるで当然実るかのように言って…
でも…
告白話はおいといて、誤解を解くべきなのは本当にその通り。
私は2人が出て行った後考えた。
ジュノ兄様は副団長さんの誤解を先ず解けと言ったけど、やっぱり一番誤解を解かなくちゃいけないのは団長さんだと思う。あんなに顔色悪く嫌そうな顔をしていたんだもの。
本当なら今すぐ行くべきなんだろうけど…シャワーを浴びて頭も体もちょっとスッキリさせてから行こう。
騎士団の団長は寮には住まない。寮のすぐ隣にある平屋が宛がわれるからだ。
シャワーを浴び終えて少しスッキリして外へ出ると風が吹いてて気持ち良かった。
私は何を話すかきちんと決めないまま、なるようになれ、と思いながら団長さんの家のドアをノックした。
開けられたドアの前に立つ人物を見上げて私は息を呑んだ。
「……髪も乾かさず…団長に夜這いでも仕掛けに来たんですか?」
出てきたのは…まさかの副団長さんだった。
目が笑ってるけど…まだ”冷”のままだ。
「すみません、団長さんに話があって来たんですが…出直して来ま…」
ジリっと後ろに下がると副団長さんの手が私に伸びて私の腰を掴んだ。
手でもなく、腕でもなく、腰を掴んでくるあたり絶対逃すまいと言われてる気がした。
「話とは?」
「えっと…」
「私も立ち合います」
「えっ?」
「何か問題がありますか?」
「え…っと…」
「それとも本当に夜這いに…?」
それは違いますと言いたかったけれど、違うと答えた所で副団長さんはこの場から離れてくれない気がした。
なんて言えば団長さんと2人きりにしてくれるのか考えていると「……夜這いに来たんですか?」とまた聞かれる。
声が私を責めているようで慌てて顔を上げると副団長さんは声に含まれる棘とは裏腹に何処か苦しそうな顔をしていた。
気がつくと私は副団長さんの頬に手を伸ばしていた。
「あの…お話中すみません…」
副団長さんの後ろから団長さんが何故か敬語で入ってくる。
「あの、フィオちゃん、俺に話って聞こえたんだけど…」
「あ、はい!」
私は慌てて副団長さんに伸ばしていた手を下ろした。
私ったら何てことを…!恥ずかしい…!
「あの、すみません、夜分に」
「いや、ううん、むしろ助かったよ。俺、今殺されそうだったから…」
「え…?侵入者ですか?!」
「ううん、違うんだけど…今フィオちゃんと2人きりになったら確実に殺られるから、話なら出来ればコイツも交えて欲しいんだけど…」
団長さんはそう言うと手を合わせて「頼むっ!」と言った。
一番聞かれたくない人の前で一番聞かれたくない話をしろと…
………よしっ、腹を括ろう。
私は3秒考えて決めた。
「団長さん、食堂でのことは…間違いです!」
「…え?」
「団長さんの聞き間違いです」
「…え?」
「私が好きだと言ったのは”団長さん”ではなく”副団長さん”です」
「…………」
「…………」
「………… ッヨッシャーーーー!!!!」
私の告白に一番最初に反応したのは団長さんだった。
副団長さんは……私を捕まえている手はそのままに、もう片方の手で口を抑えてる。
団長さんみたいにあからさまに嫌がってる様子では…ない…と思う。手が震えてるけど…怒ってる…訳ではないと…思う…というか、思いたい。
副団長さんが今何を思っているのか、勿論気にはなるけど…聞くのも怖い。だから、もう一つの気になって仕方ない、簡単に聞けることを聞こう。
「団長さん…そんなに私の告白、嫌でした…?」
「…え?あ、や、違うんだ、フィオちゃん、これは…」
「私、これでも女でして…間違いとはいえ好きだと言ってあんなに嫌がられて、間違いでしたと言ってそんなに喜ばれると…流石に傷付きます…」
「違うんだって、フィオちゃん!これには訳が…!」
「私の告白にどう思うかは団長さんの自由だからいいんですけど…せめて私のいないところで感情を出して頂けたらと…」
「フィオちゃん、違うんだ…!」
「や、いいんです。すみません。伝えたい事は伝えたので…私、部屋に戻りますね」
「フィオちゃん!」
「夜分にすみませんでした。お休みなさい」
私はペコリと頭を下げて寮に戻ろうとした。
したけど…
そういえばずっと私の腰は副団長さんに捕まれたままだった。
「…あの、副団長さん…手を…離してもらえますか?」
「…もう一度言ってくれますか?」
「手を離してもらえますか…?」
「そうではなく」
「フィオちゃん、フィオちゃん、フィオちゃんが誰を好きか、もう一回言ってやって!」
団長さんは副団長さんがどの言葉を求めているか小さな声でコソッと教えてくれたけど、副団長さんも私もいる場所は変わらないので小さな声はなんの意味もなさないと思う。
「…副団長さんが…好きです」
もうどうにでもなれ精神でしかない私はほんの少し躊躇っただけで素直に副団長さんへもう一度気持ちを伝えた。
顔を見ながら…は流石に出来なかったけれど。
「私も好きです…」
副団長さんのいい声は腰をぐいっと寄せられて耳元で囁かれたおかげで脳の奥まで響いた。
響いて考えて、ちょっと間を開けてきちんと胸に届いた。
「…………えぇっ!?!?!」
バッと離れると副団長さんの目はいつもの優しい目に戻ってた。”冷”はどこにも微塵も感じない。
その後、私は色んな人から聞かされた。副団長さんが前からどれ程私を好いているか、を。
私が引き抜きにあうまで暫くアーロに会えなかったのはアーロに嫉妬した副団長さんがアーロを遠征に行かせたり、何日もかかる任務を任せたりしていたせいだってこと。
団長さんが私の告白を嫌がったのは私の思い人は殺すつもりでいる副団長さんに殺されると思ったからだということ。
どの話も穏やかな副団長さんがそんな事したり言ったりする?って思うことばかりだった。
「そんな人には見えないけど…」と呟くと「フィオの前だけだって。あの人があんなに優しいのは」と言ったのは…アーロだけじゃなくて他の皆も。
「「あの人の冷酷、冷徹、冷淡って噂は噂でもなんでもなく真実だよ」」
誰もがハッキリと言った。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
短編が書きたくて書いたけど…短編…難しい…。
何度長編に変更しようかと思ったか……
事件も何も起こらないまま終わりましたが、好評頂けたら長編を書こうかなぁと思ったり思わなかったり…
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