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エリートの苦悩

レイ達が学園に来てから一ヶ月程が過ぎていた。

この日も、講師マリアンの澄んだ声が教室に響く。「今日は魔力の制御について学びます。魔法使いにとって、これは最も基本的で重要なスキルです」

レイは真剣な表情で聞き入っていた。エステルは隣で静かにメモを取っている。


「────では、実践してみましょう。各自、その場で立って。魔法水晶を手に持ちなさい」

教壇のマリアンが、小さな水晶球を手に持つ。すると他の生徒達も同じように水晶球を持って、その場に立ちあがった。

マリアンは皆を見渡して頷く。「先ずは、この水晶に魔力を込めていくわよ。ゆっくりと、少しずつね」


レイは深呼吸をし、水晶に触れた。メリッサの所での事もあり、魔力水晶には少し苦手意識のあるレイだが。

周りの生徒に合わせ、少しづつ魔力を込める。しかし、その瞬間────


「おっと、わりぃ」

後ろから突然、ダリウスがぶつかってきた。レイのバランスが崩れ、魔力の制御が一瞬乱れる。

その刹那、水晶が眩い光を放ち始めた。

「な…何んだ!?」レイは驚いて叫ぶ。

水晶から溢れ出た魔力が、塊となって龍のように立ち昇ると、まるで生き物のように教室中を駆け巡った。


同時に教室内の様々な物が宙に舞い、机が揺れ、窓ガラスが共鳴するように震える。

「レイくん?落ち着いて!魔力を抑えるのよ!」マリアンが叫ぶが、もはやレイには制御できなかった。

光の渦は次第に大きくなり、やがて教室全体を包み込んだ。ガラスが割れる音が響き渡り、全てが白く染まる。


数秒後、光が収まると教室は静寂に包まれていた。

生徒たちは、驚きと恐怖が入り混じった表情でレイを見つめていた。マリアンでさえ言葉を失っている。

「これは一体……あなたの魔力は、どうなってるのよ」マリアンが小声で呟いた。

ダリウスは、呆然とレイを見つめていた。「こんな…馬鹿な」その目には、驚きと共に、何か複雑な感情が宿っている。


「あいつが、こんな化け物みたいな魔力を……?」ダリウスは歯を食いしばっていた。

レイは自分の手を見つめ、何が起きたのか理解できずにいる。

エステルが駆け寄る。「大丈夫?」

レイは弱々しく頷いた。「ああ、いちおうな」

教室の空気が重く澱んでいく。


そんな中、ダリウスは突然立ち上がった。

「くそっ」

彼は周囲の視線も気にせず、大きな音を立てて教室を飛び出した。

マリアンが我に返り、「ダリウスくん!」と呼びかけたが、彼が立ち止まらる事はなかった。

残された生徒たちの間では、小さなざわめきが起こっている。

レイは複雑な表情で、ダリウスが出て行った扉を見つめていた。


魔力暴走の一件から数日が過ぎた頃。レイは図書館で遅くまで魔法の研究をしていた。

「ふぅ...」深いため息と共に、レイは重い本を閉じた。窓の外は既に暗く、月明かりだけが中庭を照らしている。

帰り支度をしていると、外から何か物音が聞こえた。


「誰かいるのか…?」好奇心に駆られ、レイは音のする方へと向かう。中庭の隅、人目につきにくい場所で、一人の生徒が懸命に魔法が付与された剣を振るっていた。

「ダリウスか……?」

月明かりに照らされた姿は間違いなくダリウスだった。彼は何度も剣に魔力を込め、振るっている。何度も何度もそれを繰り返していた。


「くそっ…なんでだ…」ダリウスの苛立った声が聞こえる。レイは思わず身を隠した。

その日、寮に戻ったレイはライアンに尋ねた。

「なぁ、ダリウスって、付与魔法とかもかなり凄いのに何であんなに必死なんだ?」

ライアンは少し驚いた様子で「どうした急に?」と目を丸くする。

レイは先程見たことを簡単に説明した。すると、ライアンは言う。


「ああ……」ライアンは軽くため息をつき、続けた。

「ダリウスの家、アイアンフィスト家は、魔法使いの名家だからな。代々、純魔法学部の主席卒業生を輩出してるエリート。彼は、そこの次男だから。プレッシャーもあるだろ」

「え?でも彼は魔法工学専攻じゃないか」

ライアンは頷いた。「そうだな。実は噂では彼、純粋な魔法において、家では落ちこぼれ扱いされているらしい」


レイは驚きを隠せなかった。「そんな…あれだけの力があるのに」

「だから、だろ。家ではバカにされてるから、敢えて剣術ベースで、魔法を補助にする道を選んだんじゃないかな。違う分野で家族を見返したいとか」

レイには思う所があった。かつて、剣の名家に養子に迎えられ、何の才能もなく冷遇された自分と、ダリウスが似た者同士のように感じた。


その翌日、レイはダリウスと同じ魔法工学専攻のエステルにも彼の事を尋ねた。

エステルは静かに答えた。「彼の剣術は、かなり優れています。付与魔術のレベルも高そうです」

魔法以外に剣術にも努力が見られる。レイは、ダリウスの複雑な心境が見えてきた気がした。


その日の午後、レイは再びダリウスの姿を見かけた。

今度は中庭ではなく、使われていない教室。ダリウスは剣に魔力を込めていた。

剣から放たれる魔力の輝きは鮮やかで、明らかに並の生徒のものより秀でている。

しかし、ダリウスの表情は満足からはほど遠かった。


「まだだ…これじゃまだ足りない!」

ダリウスは歯を食いしばり、さらに魔力を込めようとする。しかし、それ以上の魔力を扱おうとして、魔法陣が不安定になり消えてしまう。

「くそっ!」

ダリウスは壁を殴りつけた。その表情には、怒りと共に深い悲しみが浮かんでいた。

思った以上にストイックな彼の姿に、レイの心中は少し複雑だった。


ダリウスの背景を知ったレイは、何か行動を起こさねばならないと感じていた。

そこで授業が終わった後、教室から出ていくダリウスの後をつけ。タイミングを見計らい、声を掛けた。

「ダリウス、ちょっといいか?」

ダリウスは少し驚いた後、冷たい目でレイを見る。「なんだよ」

「あのさ、一緒に特訓しないか?」


ダリウスの目が大きく見開かれた。しかし、すぐに警戒の色が浮かぶ。

「何のつもりだ?」

「いや、その……」レイは言葉を選びながら続けた。「お互い、高め合えると思ったから」

ダリウスは鋭く言い返した。「はあ?何を言ってやがる」

その言葉に、レイは思わず本音を漏らしてしまう。


「お前、家では色々あるんだってな?じつは俺も、剣術の名家の養子でさ。でも才能がなくて、養家では散々バカにされて……」

その言葉がダリウスの怒りに火をつけた。

「黙れ!」怒号が辺りに響く。「才能がない?知らねぇよ!俺は、才能がないわけじゃない!」


レイは慌てて取り繕う。「いや。そ、そうじゃなくてな……」

しかし、ダリウスは止まらない。

「お前、あれか?自分には化け物みたいな魔力があるからって、俺に同情でもしてるつもりか?」

レイは言葉を失った。自分の思いが全く伝わっていないことに気づく。


「違う、俺は……」

レイの言葉にダリウスは聞く耳を持たなかった。

「お前も俺をバカにしてんだろ?『才能のない、かわいそうなやつ』って思ってんだろ!」

ダリウスの目には、怒りと共に深い傷つきが見えた。

「もういい。俺に構うな!」

そう言い捨てると、ダリウスはスタスタと去っていった。


残されたレイは、呆然と立ち尽くすしかなかった。

エステルが近づいてきて、静かに言う。「あの人に、あなたの気持ちはわからない」

レイは肩を落とした。「いや。俺があいつの気持ちをわかってなかったんだ」

エステルは不思議そうに、首を傾げた。




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