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メリッサの提案

旅に出ると聞くなり、メリッサは意味深な笑みを浮かべてレイに擦り寄ってきた。

何か企むような彼女の顔に、「な、なんですか?」とレイは少し身を引く。

「なんでもないわよ。ただ、あなた達。これからの旅の資金はどうするつもり?」


レイは思わず顔をしかめる。「そうですね……正直、きついですね」

「でしょうね」メリッサはくすりと笑う。「私から良い提案があるのだけど、聞いてみる?」

エステルが静かに興味を見せる。「どんな話でしょうか?」

「ある変わり者の貴族のことよ。ルーパート・フィッツロイ・ワンダラストって言うんだけど……」

そして、メリッサは語り始めた。


ルーパートは、この辺りで有名な代々続く貴族の家系だが、若い頃から世界中を旅して珍品収集に没頭している。その過程で様々な珍しい魔法アイテムも収集していた。

収集品を展示する私設博物館も所有しており、時々一般公開もするほどだ。

とにかく常に〝珍しいもの〟を探し求めているが、すぐに興味を失い、次を求める。その結果……


「ルーバートは面白いものを見せれば大金を払うのよ」

「つまり?」レイの目が大きく開かれた。

「エステルを見せるだけでいいの」

エステルは無表情のまま、しかし目に興味の色を宿して聞いていた。

「でも……」と、メリッサは指を立てる。「ただ見せるだけじゃダメよね。彼女は見た目、普通の少女だし」

どこか楽しそうな魔女の言葉に、レイのテンションが下がりはじめる。

「嫌な予感がしますけど?」


メリッサが微笑む。「簡単よ。あなたが意図的に魔力をコントロールして、エステルを剣の姿に戻せばいいの」

「やっぱり」レイはため息混じりに続けた。「でも、それはあまりに危険すぎると思いますが?」


メリッサは真剣な表情で続けた。「レイ、あなたの魔力は膨大だけど、全くコントロールできていないでしょう?ドラゴンとの戦いで、殆ど魔法が通用しなかったって言ってたわよね」

「それは……まぁ」

「血を使えば強力だけど、それは危険すぎる。だからこそ、もっと魔力をコントロールする練習をしなきゃ」


エステルが静かに口を開いた。「以前にも旅の途中で、私が剣に戻りそうになったこと、ありましたね」

レイは当時を思い返した。

「山岳地帯で雪崩に巻き込まれそうになった時か……確かに」

すかさずメリッサが言う。「ほら、そういうことよ。何かあった時に慌てるより、今のうちから性質を理解しておいた方がいいでしょう?」


レイは困惑した表情でエステルを見て、そして恐る恐るメリッサに尋ねた。

「でも、失敗したらどうなるんだ?」

メリッサは急に深刻そうな顔をした。「さあ、最悪エステルが永遠に包丁くらいの大きさになるかもね」

「冗談きついですよ!」とレイが叫ぶと、エステルが冷静に言う。

「包丁なら、料理で役立てるかもしれません」

「お前な。包丁にかけて切れ味鋭い返しをするんじゃない」


メリッサは笑いをこらえながら「冗談よ、冗談。私が監督するから、そんな大失敗はさせないわ」

レイは少し考え、諦めるようにため息をついた。「分かりました。やってみます」

エステルが静かにレイの肩に手を置く。「頑張りましょう。私も……人間でいたいです」

その言葉に「そうだな」とレイの表情は和らいだ。


二人を見て、メリッサは満足げに頷く。

「よし、決まりね。それじゃ、特訓を始めましょう」


三人で朝露が輝く庭へと移動すると、メリッサは深呼吸をして二人に向き直った。

「さて、始めましょうか。レイ、まずはエステルへの魔力を弱めるイメージからよ」

レイは不安げにエステルを見つめる。「大丈夫かな」

エステルは静かに頷いた。「私は大丈夫です。レイを信じています」

その言葉に、レイは覚悟を決める。目を閉じ、深呼吸を始めた。


「エステルへの魔力を弱める……か。どうすれば?」

メリッサが優しく諭す。「まるで蛇口をゆっくり閉めるように。エステルとの繋がりを、少しずつ細くしていくのよ」

レイが集中し始めると、エステルの体が微かに光り始めた。その光は、朝日の中でさらに輝きを増す。

「その調子よ。ゆっくりと…焦らずに」

レイの額には汗が浮かび、眉間にしわが寄る。

突然、エステルの右腕が剣に変化した。


「うわっ!」レイが目を見開く。エステルの腕が、鋭い刃となって輝いている。

エステルは冷静に腕を見つめる。「興味深い感覚です。これなら私は、剣を持つ必要がないのでは……」


メリッサはくすくすと笑う。「まあ、初日としては上出来ね。レイ、焦らないで。ゆっくりと元に戻してみて」

レイは深呼吸をし、再び集中する。ゆっくりと、エステルの腕が人間の姿に戻った。

メリッサは満足げに頷く。「初日としては十分よ。明日はもっと上手くいくわ」


翌日。昼下がりの陽光が強く降り注ぐ中、三人は再び庭に集まる。メリッサが宣言した。

「今日は完全に剣に戻すことを目指すわよ」

レイは緊張した面持ちでエステルを見つめると、エステルは静かに頷いた。「心配ありません。むしろ、懐かしい感じがします」


レイが魔力を操作し始めると、エステルの体が徐々に光に包まれた。その光は、まるで銀色の炎のようだ。

「そう、ゆっくり……」メリッサが見守る。「エステルの人間としての形を、少しずつ解いていくのよ」

レイの額には汗が滲み、手が微かに震えている。エステルの姿が徐々に溶けていくように見えた。


光が収まると、そこには美しい銀の剣が横たわっていた。刃には繊細な模様が刻まれ、柄には宝石が埋め込まれている。

「やった!」レイが歓喜の声を上げる。

しかし次の瞬間、剣が揺れ始めた。

「え?どうしたんだ?」レイの声に焦りが混じる。

メリッサも慌てていた。「ほら落ち着いて!剣に魔力を!彼女の顔を思い浮かべて!」


レイが必死に集中するが、剣は激しく震え続ける。その様子は、まるでエステルが苦しんでいるかのようだった。

「ごめん、エステル!どうすれば……」レイの声が震える。

すると、剣から微かな声が聞こえた。「レイ、私はここにいます。怖がらないで。落ち着いて」

その声に導かれるように、レイは深呼吸をした。再び魔力を操作する。彼は目を閉じ、最近見たエステルの笑顔を思い浮かべた。


ゆっくりと光に包まれ、剣の形が人の輪郭へと変化していく。そして、エステルが人間の姿に戻った。

メリッサはため息をつく。「ヒヤヒヤしたわね。でも、よくやったわ」


そして三日目。夕暮れ時、空が赤く染まる中、三人は更なる訓練に臨んでいた。

メリッサが宣言する。「次は、人間と剣をスムーズに切り替えられるようになりましょう」

レイは自信なさげに頷く。「分かりました。……うまくいくかな」

エステルが優しく微笑む。「私たちなら、できますよ。この三日間で、私たちの繋がりはもっと強くなった気がします」


その言葉に勇気づけられ、レイは魔力の操作を始める。

最初は少しぎこちなかったが、徐々にエステルの姿が剣へ、そして人間へと、スムーズに変化していく。

メリッサが指示を出す。「そう、もっとリズムよく。エステルの本質は変わらないのよ。形が変わるだけ」


レイとエステルの息が次第に合っていく。エステルが剣になると、レイがそれを握り、再び人間に戻す。その一連の動きはスムーズだった。

「素晴らしい!」とメリッサが拍手する。「見事な連携ね」

最後の変化が終わると、レイは疲れ切った様子で地面に座り込んだ。額には汗が滴り、呼吸が荒いが顔には安堵の笑みを浮かぶ。


エステルがその隣に座り、静かに頭を寄せる。

「これで私は、よりあなたの役に立てそうです」

メリッサは満足げに二人を見つめた。「よくやったわ。これでルーパート……いえ、ワンダラスト卿に会いに行けるわね」


レイとエステルは静かに頷いた。

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