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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

そつ無く生きられない僕は、空気になりたいと希う

作者: 津籠睦月

 僕はどうやら、生きているだけで他人を(いら)つかせてしまうらしい。

 その場に()るだけで、他人を不快にさせてしまうらしい。

 

 だったら、誰の目にも映らない“空気”になれたら良いのに、と思う。

 存在が消えるわけではなく、ただ誰からも認識(にんしき)されなくなる、透明(とうめい)な気体に。

 誰からも(うと)まれず、そこに居ることすら気づかれない、ただその場に(ただよ)うだけの“空気”に……。

 

 以前から薄々、気がついてはいた。

 僕は普通の人よりだいぶ、要領(ようりょう)が悪い。雑な言い方をすれば、鈍臭(どんくさ)い。

 他の人間ならそつ無くスムーズに(こな)せることに、何故(なぜ)だか妙にモタついてしまう。

 

 小学生の頃は、大縄跳(おおなわと)びの中に入るのが苦手だった。

 タイミングが(つか)めずに、何時(いつ)までもずっと、縄の回転を見送ってしまう。

 やっとの思いで飛び込めても、大抵(たいてい)は縄にぶつかり、流れを止めてしまう。

 いつもいつも僕の所で(つっか)えて、周りを苛々(いらいら)させていた。

 

 成長した今も、何かにつけては(つっか)えて、周囲に迷惑をかけている。

 廊下で人を()けようとして、逆に“通せんぼ”してしまったり、レジで決済(けっさい)アプリを上手く起動できずに、後ろに列を作ってしまったり……。

 我ながら、スマートさとは無縁(むえん)の人生だと思う。

 器用にそつ無く生きている他の奴等(やつら)を見ていると、正直(へこ)む。

 彼奴(あいつ)らはきっと、自分が恵まれていることにすら気づいていない。

 普通のことをそつ無く(こな)すことすら出来(でき)ず、不器用(ぶきよう)さに(あえ)ぐ人間がいることに、気づいていない。

 

 僕は、自分に自信が無かった。

 普通のことさえ真面(まとも)(こな)せない僕は、明らかに“(おと)っている”と思っていた。

 他人と自分を比べては、劣等感(れっとうかん)ばかりを育てて来た。

 そしてそんな自信の無さが、余計(よけい)に日常動作をぎこちなくさせた。


 どうせまた上手く出来ない、どうせまた失敗する……そんな風に身構(みがま)えて、(あせ)って、余計に動きがモタついてしまう。

 また周りに迷惑をかけないか、周囲を苛立(いらだ)たせないかと、人目を気にし過ぎて、無駄(むだ)何時(いつ)でも緊張(きんちょう)し過ぎる。

 緊張すればするほど、出来(でき)るはずのことさえ出来なくなってしまうと知っているのに。

 どうしようもない悪循環(あくじゅんかん)だ。

 

 たぶんこの世の中は、器用過ぎもしないが不器用でもない“普通”の人間に合わせて造られている。

 平均値からはみ出した人間は、いつも何かに()かされ、(あせ)らされて、余計(よけい)なミスをさせられる。

 それが(みじ)めで、()(たま)れなくて、心が疲労困憊(ひろうこんぱい)する。

 

 きっと、この世界の動くスピードは、僕のペースにまるで合っていない。

 何かにつけスローな僕は、何時(いつ)も周りから(おく)れて取り残される。

 何時(いつ)も何かに追い立てられている気がして、気が休まらない。

 誰でも自分らしく、ありのままでいて良いなんて、(うそ)だ。

 世間(せけん)は“普通”から(はず)れた人間に、何時(いつ)でも冷たい。

 

 この世は所詮(しょせん)、弱肉強食の競争社会なのだと、人は言う。

 弱い者、劣った者は淘汰(とうた)されて当たり前――そう生まれついたのが悪いのだと。

 それを言う者は大概(たいがい)、自分は淘汰される側(・・・・・・)になることなど無いと、(たか)(くく)っているのだろう。

 あるいは自分より弱い者、劣った者を見つけては「自分は彼奴(あいつ)より(すぐ)れているから大丈夫(だいじょうぶ)」と安心しているのだろう。

 凡人(・・)優越感(ゆうえつかん)(ひた)り切って他者を見下(みくだ)眼差(まなざ)しは、冷たい。

 僕はそれを、(いや)と言うほど知っている。

 

 以前(まえ)はその目を(おそ)れ、(ちぢ)こまってばかりいた。

 だけど、(いや)になって、()き飽きして、そのうちに(さと)った。

 彼奴(あいつ)らは、劣っているわけではないが、別段優れているわけでもない。

 自分より劣った者を見つけて安心神話に(ひた)りたいだけの“凡人”だ。

 僕は、頭の回転や日常動作は他人より(にぶ)いかも知れない。

 だけどそんな僕を見下す彼奴(あいつ)らは、精神(こころ)が平和()けした可哀想(かわいそう)勘違(かんちが)い生物だ、と。

 人間、一寸先は(やみ)なのに、こんなちっぽけな優位性で安心しきって人生を油断するなんて、凡人(ぼんじん)にも(ほど)がある。

 

 僕はずっと、自分より優れた他者に(おび)えて生きてきた。

 上手(うま)く生きられない自分を()じ、周りを(うらや)んで生きてきた。

 だけど、そうやって生きているうちに、ふと気づいた。

 そんな風に(おび)えていた“他人”が、思うほど人生の勝者でも何でもないことに。

 周りは僕が(うらや)(ねた)むほど、祝福されても恵まれてもいないことに。

 

 人生は、目に見える単純な弱肉強食だけでは決まらない。

 きっと、目に見えて劣った僕だから、それに気づけた。

 (おご)ることも油断することも無く、冷静に世界を見つめ続けてきたから、気づけた。

 

 ノリが良くて笑いも取れるクラスの“人気者”が、空気を読めずにやり過ぎて(・・・・・)ドン引きされる(さま)を、冷静に見てきた。

 部のエースとしてイキっていた“天才”が、たった一度の不運な怪我(けが)で全てを失う様を、冷静に見てきた。

 

 人生の勝敗は、空気や時代を上手く読めるかに左右され、時の運にも左右される。

 生まれつきのスペックや、手持ちの実力などでは決まらない。

 もっと複雑怪奇(ふくざつかいき)で、読み(がた)くて、(おそ)ろしいものだ。

 弱肉強食が世の(ことわり)なら、(おご)れる者は久しからずの“盛者必衰(じょうしゃひっすい)”も、また世の理。

 (となり)にいる誰かより、ちょっと優れているくらいで安心しているなんて、怖いもの知らずにも(ほど)がある。

 

 僕も彼奴(あいつ)らも、未来を約束されていないことに変わりは無い。

 きっとこの世は、誰にとっても修羅(しゅら)だ。

 見せかけの優劣(ゆうれつ)に意味なんて無い。

 ――だけど、そんな悟りを開ける人間など、きっとごく(わず)かだろう。

 

 冷静に世の中を見つめていると、絶望的なまでに気づかされる。

 人間は、なんて優劣や序列(じょれつ)が好きな生き物なのだろう。

 自分に“優”を付けたがり、他人に“劣”の烙印(らくいん)を押し、一つでも上の順位に(のぼ)りたがる。

 見るからに不器用で格好悪(カッコわる)い僕のような人間は、格好(かっこう)生け贄(スケープゴート)だ。

 

 昔から、馬鹿(ばか)にされるのには()れている。

 嘲笑(わら)われ、下に見られるのにも慣れている。

 慣れてはいるが、心は()れない。

 そうやって、意味の無い順位付けに安心する彼奴(あいつ)らの方が(おろ)かだと、今では心の中で、逆に見下せる。

 それでもやっぱり、静かに心が(しず)んでいくことは、止められない。

 

 僕が世の中にいくら悟りを開いてみたところで、周りもそれを悟ってくれるわけではない。

 僕が「優劣なんてくだらない」とどんなに(なげ)いてみたところで、周りが優劣を()ててくれるわけではない。

 この世は変わらず、五十歩百歩の(ちが)いで他人を見下す、くだらない修羅の世界だ。

 

 僕は、僕を見下し馬鹿にする奴等(やつら)のことを、好きにはなれない。

 意味の無い優越感のために他人を()みつける者たちに、好意(こうい)など(いだ)けない。

 好きになれない人間だらけのこの世界で、それでも人は人の中でしか生きられないのだと、先人は言う。

 

 実際のところ、学校は何かと集団行動を強制してくる。

 グループ学習に、グループごとの自由行動、調理実習の(はん)分け……体育の準備運動さえペアを組まされる。

 あからさまに「迷惑だ」「お荷物(にもつ)だ」という顔をされて、それでも僕は彼奴(あいつ)らと行動を共にせざるを()ない。

 せめてメンタルが強ければ、愛想笑(あいそわら)いの一つも出来(でき)ただろう。

 だが僕の表情筋(ひょうじょうきん)は、心と裏腹(うらはら)の表情を上手く浮かべてはくれない。

 結局僕は、人づき合いという、人生で最も重要な場面でさえ、そつ無く器用に生きられてはいない。

 

 僕のこの不器用な生き方は、そうそう直るものではないだろう。

 そしてこの世の中も、そうそう優しい世界に生まれ変わってはくれないだろう。

 十数年間この人生を生きてきて、手に入れたのはそんな悟りめいた諦観(ていかん)のみだ。

 僕はきっとこれからも、こんな僕のまま、この修羅の世を生きていく。

 

 死にたいわけではないが、時々何もかもに厭気(いやけ)()して、全てを放り出したくなる。

 ただただ全てが(わずら)わしくて、生きているのが面倒臭(めんどうくさ)くなることがある。

 

 優劣に意味など無いと心に言い聞かせても、他人の冷たい目を見れば、(いや)でも劣等感が目を覚ます。

 誰も彼もが僕を卑下(ひげ)し、否定してくるような気がして、(たま)らなくなることがある。

 そうして他人の目にわけも無く苛立(いらだ)ったり、他人の言動に無性(むしょう)に不快感を(おぼ)えたりする。

 人はどうして、自分の心ひとつ、器用にコントロール出来(でき)ないのだろう。

 

 この世界でありのまま、自分のペースで生きるには、人目が邪魔(じゃま)になり過ぎる。

 気にしなければ良いだけだと言われても、実際にそういう視線が有るのに、無いようには()()えない。

 生きづらくて仕方(しかた)の無い世界だが、それでも消えてしまいたいわけではない。

 優劣つけたがりの凡人に見下されたから消えたくなるなんて、そんなの僕が勿体(もったい)ない。

 

 ただ、時々無性(むしょう)に、空気になりたくなる。

 誰からも見られず、優劣も区別もつけられない、透明な空気に。

 誰からも(わずら)わされず、誰を(わずら)わすことも無く、ただありのまま、そのままでいられる――そんな空気になって、この世界に()れたら良いのに……そんな風に、(こいねが)う。

Copyright(C) 2024 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

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