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夢をみた令嬢は、すべてを悟る。

作者: 神崎みこ

ティアンナは夢を見た。

ひどく長く、ひどく辛く。

成長するにつれ、自らに降りかかる出来事と、その結果。

早鐘のように鳴る心臓の上に両の手のひらをあわせる。

なぜだか、生きている、とそう安堵する。

十にも満たない年齢のくせに、浮かぶ思考はいっぱしの大人になったかのような錯覚に陥る。

現実とは思えない、けれどもとても無視することはできない、そんな夢。

それは、すっかりと起きてしまえば急速に薄れていった。

けれども、ティアンナはその日から急激にその性質を変化させていった。





高貴な家の娘、ティアンナは十の年を超える頃、突然おとなしい少女となった。

それまではどちらかといえばお転婆で、勉強も淑女教育も嫌いだった子供は、教師たちの言うことをよく聞く「よい子」となった。

突然の変調に、だが、両親も年の離れた兄も不思議には思わなかった。

今までよく言って聞かせたことを、ようやく理解したのだと安心したぐらいだ。それぐらいこの家の娘に生まれたからには当然だと。

手が離れたかのような娘をおいて、彼らはそれぞれ今までよりも派手に好きなような生活を始めた。

自分達を見る娘の目が、肉親を見る目とはかけ離れていたことに気がつきもせず。




「お招きありがとうございます」


少女らしく、けれども完璧な礼をとる。

ティアンナは兄に連れられて、王家主催の茶会に参加している。

子供たちだけを集められたそれは、もちろん隠された趣旨は明らかだ。

第二王子の婚約者候補と、友人候補の目星をつけようとしているのだろう、と。


随分と淑女らしくなったティアンナはおとなしく兄に手を引かれ、主催者へと挨拶をする。

丁寧に、けれども余計なことは付け加えずに。

兄が、何かを言いたそうな顔をして、けれども口をつぐむ。


――そちらへ行ってはだめよ。


誰にも聞こえない、ティアンナの頭の中にだけに響く声に従うまま、端の方へと立ち位置を決める。家の格的には積極的に王子に侍らなければいけない少女が、その行動を起こさない。

王子が色々な少女たちに囲まれているのを、引いた場所からティアンナはただ見守る。

彼女を促そうと、兄がそっと背中を押すが、ティアンナはなんの感情も見せない瞳で見上げた。

その視線に、なぜだかぞっとして手の力を抜いた。


ちらちらと、王子がティアンナの方へと視線を送る。

それは、もちろんティアンナが大層美しい少女だということもあるが、家格が最も高い少女であることも関係している。

おそらく、母親である妃から言い聞かせられているのだろう。自分が誰を選ばなければいけないか、と。

だが、それでもティアンナは素知らぬ顔をして、最初から候補に選ばれようともしていない中途半端な立ち位置の少女たちと会話を交わす。

和やかに、茶菓子などを楽しみながら。


そこへ、突然の轟音が響いた。

王子のすぐ側で何かが着弾し、爆発をおこしたようだ。

そこまで、ティアンナは冷静に見つめていた。

ややあって、自分の周囲の少女たちと同じように悲鳴をあげ、逃げる彼女たちを追いかける。

兄は、一応その場にとどまっていたようだが、さっさと彼を捨て、安全圏内に逃げ込む。

少女の悲鳴と、大人たちの怒号。

剣が切り結ばれる音すら聞こえる。

控えていた自分の家の護衛と、仲良くなった少女たちと共に茶会の会場から脱出を図った。

周囲は、何が起こるかをまるで予想していたかのように、冷静に立ち回った少女がいたことに気がつくことはできなかった。




「そう、おめでたいこと、と言っていいのかしら?」


家庭教師の一人である未亡人の女性から、茶会での顛末を聞く。

結局のところ跡継ぎ争いからくる騒動で、まあまあ優秀だと言われる第二王子を排除しようとした勢力による暴動だったようだ。

王子と、それを庇った少女がいた。

そして背中に怪我をおった少女が、王子の婚約者となった。

あからさまに責任をとる行為、なのだろう。

だが、あそこに呼ばれているのは誰がなってもそれほど無理、ということはない家柄の子供だけだ。そういう理由でも、まああり得ない、ということはないだろう。


「とても勇気のあるお嬢さんなのね、どちらのお家の方?」


聞いたことがある家名が耳に届く。


――今度は、彼女なのね。


と、そんなことをティアンナは口に出さずに呟いた。


 兄の結婚が決まって、しばらくしてティアンナの婚約も決められた。

第二王子の婚約が内定し、そこからぱたぱたと高位貴族の婚姻が結ばれていった。

それは様々なバランスを見て、丁寧に進められていく。

ティアンナももちろん、きちんとした相手を勧められた。

彼女は名前を告げられたあと、おとなしくうなずいた。

本来なら、第二王子の婚約者にしたかった両親は少しだけ悔しがったが、どういう経緯で選ばれたかを知っている。

自分の娘の商品価値が下がらなくてよかったと、心のどこかで思ってもいた。


 兄の婚約者をみて、ティアンナは密かに笑っていた。

少しぼんやりとして、どこか物足りない彼女は、まあまあの家の生まれだ。家の釣り合いから考えれば、少しちぐはぐな印象を受ける。それは、この家には少し「足りない」と両祖父母から判断された母が御せる相手だということなのだろう。そういう意味では家のことを考えていない父母らしい選択だ。

「記憶」にある彼女がまた、兄の婚約者におさまった。

これから待ち受ける両親と兄の未来を、心待ちにする思いだ。

時おり告げられる何かにしたがって、ティアンナは行動をしている。それによって「覚えている」未来が変化していることも気がついている。

しかし、年の離れた兄は、ティアンナ世代の変化には影響を受けなかったようだ。


「はじめまして、お姉さまと呼んでも?」


ことさら丁寧に、子供に近い少女が尋ねる。

そう言われれば、否とは言えず、兄の婚約者は答える。

新しく迎える予定の嫁と、己の娘が仲良くしている姿をみて、両親と当事者である兄が安心をする。

いずれ家を出ていく立場としても、仲が悪いよりもは良い方がよい。そして、高位貴族なわりには単純な思考をもつ両親は、ティアンナの打ち解けた様子に、安堵していた。


「お兄様、おめでとうございます」


改めて妹に言われ、少し照れ臭いような笑顔を浮かべる。

ティアンナはどこまでも作られた笑顔で、それでも言葉の上で祝辞を述べる。

どこかほの暗い部分がかいまみえる妹のことは、正直得意ではない。第二王子との実質見合いの時に見せた、彼女の本質が、兄をして打ち解けることを拒否している。能天気で、どこか考えが足りない両親は思い至らないけれど。

その、不信感の固まりでしかない妹が祝福をする。

それ自体、どう考えても望まない未来がまみえそうではある。だが、言語化できない不安を訴えたところで、誰もそれを取り合いはしない。

兄もまた、不安を抱えながら先へと進まざるを得なかった。




「ごきげんよう」


ティアンナの挨拶に、婚約者のエリオネルが鷹揚に応える。

義務付けられたかのような茶会は、それでも和やかな時間をもたらしてくれている。

エリオネルはとても知識が豊富で、色々なことに好奇心をもった少年だ。彼と会話をするのは、正直彼女も楽しい。

ころころと、鈴を転がしたような笑い声をあげながら、淑女の範囲を大幅にはみ出さない程度に無邪気を装う。

機会を重ねるごとに、二人の間にはある種の情のようなものが形成されていった。


「そういえば、ティアンナは同じ学校へは行かないんだね」


一応貴族はある程度の学問を学ぶべく、学園へと進むことが義務とされている。

一通りの教育は施されているため、更なる知識と、貴族階級ではあるが、それでも色々な人々との交流を目的として。

多くは男子部と女子部が別れてはいるが、共学の体をとっている学園へと通う。

人数が多いだけあって、そこでは多種多様な交流ができる機会に恵まれるからだ。

だが、彼女はあえて厳しいと言われる女子専門の貴族学園へと通うことに決めている。

そこは、最高の淑女を目指すことを目標としており、一通りの一般教養と、将来的に家を切り盛りする立派な夫人や、王宮の高位女官になるべく教育を施している場所だ。

最近の風潮として、そこまで厳格な教育は避けて通る傾向にあるため、それほど人気は高くない。

そこへ、あえてティアンナは通うことに決めた。母は少し嫌そうな顔をして、卒業生である祖母たちは大層喜んだ。


「こちらに嫁ぐためには、必要なことですもの。私がんばりますわね」


にっこりと笑う。

かわいいことを言う婚約者に、まんざらでもない顔をした。


「そうそう、きっと素敵なお嬢さんにも出会いますでしょ?」

「うーん、そうかな?」

「うふふ、そこだけは少しやけてしまいます」


かわいらしい範囲内で、やきもちを焼いて見せる彼女に、エリオネルはあからさまに相好を崩す。

その日の茶会は、より一層二人の仲を深めて終了した。


それぞれ別の学園へと進み、それでも二人の仲は良好に保たれていた。

まめに手紙を送り、お互いの家を行き来する。

ときおり、学問的なことをエリオネルに尋ねて頼ってみせて、そしてまれに、彼の隣で学生生活を送れないことをすねてみせる。

ティアンナの手のひらの上でころころと転がされるように、エリオネルは彼女にはまっていく。


「そういえば、殿下の周りに妙な子がちょろちょろしはじめたよ?」


少し眉根を寄せ、不思議そうな顔をする。


「妙な子?ですの?」

「そうそう、なんか不躾で図々しくて、けれどもそれが嫌われていない不思議な子。もちろん、僕は嫌いだけどね」

「まあ」


控えめに笑顔を形作る。

完璧な淑女だと評判の彼女は、彼の前でだけは少女らしく振る舞う。

そんなところもかわいくて、エリオネルはますます彼女に傾倒していく。


「でも、少し不味いんじゃないかなぁ、あれ」

「と、いいますと?」

「いや、殿下がさ……」


言い淀むエリオネルに、おっとりとティアンナが口を開く。


「もしかして、婚約者の方よりも仲良くしてらっしゃる、とか?」


察しのよい婚約者に笑顔を作る。


「まあね、気まぐれだとは思うんだけど。殿下たちのきっかけがきっかけだからなあ」


あの事件があった茶会には当然エリオネルも参加していた。

そして少しだけ怪我もしている。

彼の家では当然、王子に侍ることを期待されていたからだ。

だが、ティアンナが第一王子の妃の友人のような枠に納まったことと、彼女の誘導によって、彼は第二王子と少し距離をおいている。どちらかといえば年は離れてはいるが、五つ上の第一王子と親しくしている。

かの王子の周囲には優秀な貴族子弟が集まり、彼が王位を継ぐことは規定路線だ。そうなった今、第一王子に侍るきっかけとなったようなティアンナの存在は、エリオネルの家にも重いものとなっている。


「風紀が乱れなければよいのですが」

「本当に、それが心配。しかし、どうしてあれにねぇ。殿下の婚約者はよくやっているのに」


「今回」婚約者となった女性は、ティアンナに次ぐ家格の家の少女だ。もちろん資格は十分で、それ相応に美しさもあわせ持つ。王子が不満をもついわれはない。

もちろん、第一王子の妃に対しては、色々な条件が少し劣るものの、それも将来の立ち位置を考えれば当然の配慮のうちだろう。


「あまり、巻き込まれませんようにね、少し嫌な予感がするの」


時おり口にする、ティアンナの嫌な予感、は、ほどほどによく当たる。気持ち悪い、ほどではなく、少し勘がよい子供程度に。


「ああ、そうする。彼らに近寄っても、あまりおもしろいことはないからね」


肩を竦めてみせる。

そして今日も、和やかな二人だけのお茶会は終了した。


学年を進むにつれ、二人の仲はより深まっていく。

エリオネルは専門の教科がおもしろく思っているし、ティアンナは女官にもなれるほどに様々なことを学んでいる。

準成人となってからはお互いを伴って社交界にも参加し始めている。

そこで聞こえてくるのは、第二王子とその婚約者の不仲だ。

王子としても、仕方がなく選ばされた相手、という意識が抜けない。婚約者の方も、選ばれてしまった、という気持ちがない、とは言えない。

最初からかけ違ってしまったやり取りは、今ではもう手がつけられないほど離れてしまったようだ。


夜会にて、ティアンナが第二王子の婚約者に話しかける。

彼女はあからさまに第一王子の派閥で、常ならば彼女の側には挨拶程度しか寄り付きはしない。

おっとりと、そして値踏みするかのような気持ちを隠そうともせずに、婚約者が対応をする。


「逃げるおつもりなら、お手伝いしましてよ?」


唐突に、本当に唐突に問いかけられた言葉に、彼女が押し黙る。

扇で口許を隠しながら、ティアンナは婚約者にだけ聞こえるような声量で告げた。

聞きようによっては、かなり不敬な言葉だ。

そして、なぜ今自分の置かれている立場を理解しているのだと、少し不安に思う。

今まで施されてきた教育から、自分の気持ちなどは気取られてはいないはずだと。

不可思議な笑みを残し、ティアンナは己の婚約者の元へと歩きだした。



二人の少女が対峙する。

一人は王子の婚約者で、一人は高位貴族を婚約者にもつティアンナ。

立ち位置的に、交わらないはずの二人が、茶器を挟んで向かい合っている。


「あれは、どういった意味かしら?」


探るような視線で、けれども常にまとっている余裕のある態度はどこかへ置いてきたかのようだ。


「そのままの意味でしてよ?逃げたいのではなくて?」


二度、突きつけられた言葉に絶句する。

確かに、王子との仲は悪い。

けれども、この婚約は絶対に解消されない。

成り立ちから、立場から、そんなことは許されていない。


「このままではあなた、殺されてしまってよ?」


そして、唐突な予言。

意味がわからなくて、荒唐無稽で。

だが、心のどこかで否定しきれないでいる。


「あの方の性根は、よほどのことがあっても変わりません。もうそれは悲しいほどに」


最も近くにいる婚約者よりも、彼のことを知っている発言をする。

対外的には、王子はとても優秀な王子だ。勉強もできれば剣術もそこそこ優秀だ、そしてその美しい容姿は知らない少女からの憧れの的となっている。

けど、婚約者である彼女は知っている。

彼の、不安定な精神と、立場を理解していない挙動。他責傾向にある性格。継ぐものが立派に育ってるが故に、どこか甘やかされてそれらを見逃されている。要するに、誰も期待はしていないのだ、ほどほどでよいと。だが、期待をされない、という事実もそれはそれで本人は鬱屈した思いを抱えてしまう。それに気がつかないほどの阿呆ならよいが、生憎と第二王子はそこそこ頭が回ってしまう。


「どうして、とお聞きしても?」

「お告げかしらね」


底を見せない笑顔を浮かべたティアンナに押し黙る。

冷静に考えれば、婚約者たる第二王子が正式な妃とはなれない相手と親しくなったとして、別にどうということはない。

毅然とそれらを嗜めるなり、流すなりすればよい。

まして、彼女はしっかりと同性の派閥をまとめあげている。

学園で、彼女に冷たく当たるのは第二王子の取り巻きと、例の少女だけだ。その取り巻きも、まともなものほど早々に離脱し、今では数がいればよい、とも言えないほどとるに足らない子息たちが侍っている。本来ならば、エリオネルあたりがもっとも近くにいなくてはいけないはずなのに、どういうわけか彼は最初から距離をおいていた。それにつられて、彼に連なる家の子息たちもまた、距離をおく。

第二王子は人脈の構築、という点においても出遅れたまま。

そして、頭も忍耐も足らない連中は、より下世話な方にそれを働かせる。

今、自分たちが置かれている立ち位置は、彼女、婚約者のせいなのだと。

少女もまた、王子を焚き付ける。

少しだけずる賢くて、けれども決定的に足りない身分。

それもこれも、婚約者の女がどうにかなれば自分に椅子が転がり込んでくる、と思っている節がある。

彼女の人脈からも、そういったことを嘯いていると伝えられてもいた。

だからこそ、ティアンナの言葉はどこか信憑性をもって受け止めざるをえなかった。

このままいけば、稚拙だろうとも何かの罠にはめられてしまう危険性を。

どう考えても不可思議なやりとりを、どこかで助けを求めていた少女は、それにすがった。

信じている、わけでもなく、ただ彼女の手をとる方法しかないのだとどこかで理解していた。



「そういえば、例の彼女、留学したんだって?」


王子の妃候補が他国へ留学するのは異例中の異例だ。

仲の良い隣国のことを学びたい、という彼女の願いはあっさりと通った。

色々と根回しはあったが、第一王子妃から王妃に根回しをしたのが効いたのだろう。彼女たちもまた、第二王子の学園での振る舞いに不安を覚えていた。それは、おそらく、密偵まがいのことをするものがあそこに潜んでいる、ということでもあるのだろう。


「ええ、ようございました。あのままでは少しお辛かったかと」


王子とその取り巻きたちは、まだあどけない少女を囲み、仲良くやっているらしい。傾国、というほどではもちろんなく、よくいえば素朴なかわいらしさをもつ少女に、かなり前のめりとなっているとは耳にする。最近ではそのことを隠そうともしなくなったようだ。学園に女性派閥で君臨する、女王たる王子の婚約者がいなくなってからは。


「あのままだと、ね」

「ええ、王妃さまも把握されております」


母としてではなく、この国で最も高貴な立場に立つ女性として、どこかで判断をしなくてはならないだろう。


「気がついてくださればいいのですが」

「無理じゃないかな、あれほど彼女が忠告していたのにさ。何人かは自覚して離れていったよ?なのにさ」


ちょっと子供っぽく口を尖らせる。


「うふふ、エリオネルさまにそんな顔をさせるなんて、王子も困ったものですわね」

「ほんと、困ったもんだよ。早く卒業の日がこないかなぁ」


卒業してしばらくして、二人は結婚することが決まっている。

貴族の間では、それはまあ、よくあることである。

まずは王子が結婚をして、のちに、彼らはそれぞれ家同士の縁を結ぶのだ。

それを楽しみにしているものも、自由の終わりだと嘆くものもいる。

それでも大抵は、己の立場を理解して振る舞うものがほとんどなのは、国がそこそこまともである証拠なのかもしれない。


卒業式を控え、第二王子の婚約者は帰国し、両陛下に留学の成果を報告した。

元々優秀だった彼女は、その能力を遺憾なく発揮し、学生の身分ではあるが外交的手腕を発揮することができた。

その単位をもって、母国の学園の卒業資格も手にし、今では王宮で結婚後につく職域について学んでいる。

その相手の第二王子は、結局のところあのままではあった。

何かをしでかしそうなそぶりを見せるたび、周囲が必死の思いでそれを阻止した。

そもそも誤解を与える行為ですら、立場としては許されないというのに、彼はそれを遥かに越え、物理的にも逸脱した行為をしでかしてしまいそうだ。それをギリギリのところで防いでいたのはエリオネルら、心ある高位貴族たちだ。

それでも、時おりこぼれでるあれこれに、ごまかしていた第二王子の資質もばれてしまっている。




「愛しい人、お手を」

「ありがとう、私もお慕いしております」


周囲の気温を数度あげそうな二人が、卒業記念のパーティーへ足を運ぶ。

卒業生ではないティアンナはエリオネルの相手としての参加だ。

彼の同級生も年の上下は関係がなく、それぞれ己の相手を連れ、参加している。彼ら彼女たちは、これからその組み合わせで社交界へと参加するのだという意思表明のようなものとなっている。

ほとんどの貴族は、それに満足し、不満を思うものもあまりいない。

だが、ここにいる誰よりも高い立場で、それを不満に思うものがいた。

あまり会わなくはなったとはいえ、その存在そのものが気に入らない婚約者をもつ第二王子その人だ。

彼は周囲の圧力によって、渋々婚約者をエスコートして入場した。感情を隠すことなく、素直に表す彼に、好意的な視線を向けるものはいない。

彼がこれから外交の場に立つのならば、そんな愚鈍な性質は取り繕ってもらわなくては困るのだと。

隠蔽をしきる気なのか、王子の周囲の人垣が厚い。


数々の自分よりもは僅かに高位な貴族を取り巻き、うまいことやっていた少女もまた、誰から贈られたのかはわからないが、たいそう豪勢な衣装をまとい入場を果たす。

彼女の隣は、ティアンナも知らない男が侍っている。

早足で、彼女は王子の側へたどり着き、正式な婚約者を睨み付ける。

一般的にかわいい顔、と表されるそれは、どこか薄っぺらく酷薄だ。


「ごきげんよう、どうかなさいまして?」


王子の婚約者がおっとりと問う。

少女は貴族といっても末端だ。王子妃にふさわしい彼女との家格は恐ろしいほど離れている。

けれども、そんなことは些末なことだ、とでも言うように、少女は自信満々な表情を浮かべている。

誰も、彼女に「何も」教えてはこなかったのだろう。

ちやほやとするばかりの取り巻きたちも、交流を図るために行われたあれこれも、少女の糧となることはなかった。

そのことに周囲はもちろん気がついている。

ちらちらと、けれども下世話な好奇心をすっかりと隠しきりながら、彼らの成り行きを窺う。


「最初のダンスは私とだって、言ってくれましたよね?」


かわいらしく媚びるように。

王子への申し込みを切りつける。それが叶えられてあたりまえだ、と信じて疑っていない。もちろん、周囲が密やかに自分達を窺っていることなどに気がついてもいない。

正式なパートナーがいる相手に、ましてや恐ろしいほどの身分差がある相手に対し、してよい態度ではない。

だが、そんなことを知っているのか知らないでいるのか、強気な態度で突きつける。

少し前まで不機嫌を全面に出し、どこか尊大な態度を崩そうともしなかった王子がうろたえる。

今まで、どこまでもかわいいものだと思っていた少女の態度に、ようやく自分の置かれている立場に気がついてしまった。

ここは、学園の行事とはいえ、どこまでも公式だ。

最初のダンスは恋人か婚約者と踊る、その次には家として関係の深い異性、最後に仲の良い友人たち。

身分制度が確固としてある国の、その頂点に立つ王家の、そこに生まれた王子という立場。

遅すぎたけれども、ようやく王子は自覚した。

そして、彼女が口にした身分制度を無視するかのような言質は、とても危険なものである、と。

ここで彼女の手をとれば、第二王子は明確に失墜する。

身分制度の上に立つ王族が、それを無下にするような行動をとるべきではない。

明らかに動揺し、うろたえる。

それらすら周囲に見せてはいけない、ということを思い付きもせず。

周囲が甘やかし、少女に立場をわきまえさせなかった結果を突きつけられる。どこかで、いや、最初に彼らは線引きをしなくてはいけなかったのに、と。

 差し出された手を、王子は辛うじてとらなかった。

しかしためらいの時間は、沈下していた彼の立場をさらに低いものにした。

婚約者は、笑顔のままため息をつく、という器用な真似をしてみせた。

そんな彼らを少し離れた場で見守るティアンナとエリオネルですら、つられてため息をついてしまう。


「もう少し前なら、ね」

「ええ、でも、仕方がありませんわね」


周囲の空気を変えるべく、今この場では次に身分の高い彼らが踊り始める。

軽やかに踏まれるステップは華麗で、彼らに見惚れるようにしながら会場の人々はようやくパーティーを楽しむ雰囲気となっていった。


結局、第二王子の婚約は白紙となった。

相性が悪い、という曖昧な理由で。

婚約者の彼女の方は、そのまま王妃付きの女官になる予定だ。それだけの研鑽を積んでいるし、その能力もある。

そしてまた、第二王子の周囲から優秀な後ろ楯が消えてしまった。

一枚、また一枚と減っていく人材。

それは、最初の茶会でティアンナに選ばれなかったことから始まっていたのかもしれない。


 無事にティアンナが嫁ぎ、すぐさま跡継ぎを産み落としたあと、彼女の実家からとある情報がもたらされた。

兄嫁が生んだ子供が、まるで違う男の子だという身も蓋もない醜聞を。


「やっぱり、変わりませんのね」


どこか、見下してぞんざいに彼女を扱っていた兄は、今では萎れて落ち込んでいるらしい。

それをことさら慰めるようなつもりはまるでない。

十を越えるころから、両親にも兄にもティアンナの情はない。

なぜ、と問われれば答えられない理由ではあるけれど。

自分に時おり伝わる声は、予言なのか記憶なのか。

知っている、と思う事実は未来の予想なのか、過去の出来事なのか。

わからない。

けれども、それを信じて今の幸せがある。

もう、あの声を聞くことはないけれど、ティアンナはただ幸せだ。

その事実だけで十分だ。


今日も、夫が子供と自分になにかを買って帰るのだろう。

少しだけ怒って、少しだけ甘えて。


ティアンナはようやく思いきり呼吸をすることができる気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何度も読むぐらい、面白いです。 夢がなんだったのか、兄嫁はどんな女性だったのかなどなど明確な説明がなされてなくても、結果や主人公が歩んだ道や、周りの行動で想像がつくというのは、中々面白い趣向…
[気になる点] 主人公とその婚約者以外に固有名詞がなく、叙述視点がコロコロ変わるのに明確に誰の視点なのかの記述がなく、二人称が誰を指すのか曖昧で、ものすごく読みづらいです。 敢えて説明を挟まずに淡々と…
[一言] 派手に動き回らず、そっと裏で暗躍して掌コロコロしているティアンナが格好良かったです。
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