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何もそうじゃなくたって

作者: コトワリ

 僕の名前は田中照(たなかてる)。14歳だ。中学校に通っている。


「明日あのゲーム発売日じゃん。買わなきゃ」


きっかけはこの言葉だった。僕は独り言を言ってしまうような性格だった。その時は特に気にしていなかったが今ではこの性格を心から恨んでいる。もちろん、自分自身を恨んだところで意味もないのだが。

学級のボス、荒崎(あらざき)に目をつけられたのだ。いわば、不良。


「おい、照」

「な、なに?荒崎くん…」

「俺もそのゲーム欲しいんだよな」

「そ、そうなんだ…。それじゃあね。買わなきゃだから…」

「おい、俺の分も買ってきてくれよ。友達だろ?」


友達。それは概念ではない。個人の感情である。


「いやだよ!お金ないんだ…じゃあね」


僕はその日、走って逃げた。次の日も気にせず、走って逃げたのだ。

その日から荒崎の僕に対するいじめが始まった。とはいえ中学生。やることは可愛いものだ。せいぜいクラスのみんなに無視されたり、椅子を意図的にけられたり、靴の中に画びょうを入れられたりしただけだった。ものを取られたり、何かケガを負わせられたということはなかった。ただまぁ効果は抜群だった。いじめ、というのはケガを負わせたり、対象のものが欲しいからやるわけではない。おもちゃで遊ぶようなものなんだろう。もちろん傷はつく。心に。メンタルの弱い僕にとってはこれ以上ない苦痛だった。


荒崎が叫ぶように自分の味方に声を荒げる


「お前ら!あのゲームやったか!すげぇ面白いぞ!」

「…」


買ったゲームはつまらなかった。


「サッカーしに行こうぜ!」

「…」


休めなかった時間になった。


「うわぁ!!俺またこんな点数だったよ!くそっ!」

「…」


点数だけは荒崎と似たようなものになった。

性格は真反対だというのに。


昔、家族に相談すればよかったといういじめ被害者の声を聞いたことがある。僕は大人に相談すればいいのにと思った。

今ではその被害者の人の気持ちがわかる。よくよく考えたら当たり前なのだ。

助けてほしい。それを本気で思っているだけなのだから行動に移るわけがない。

結局は「思っている」だけなのだから。


「はぁ…」


とぼとぼと一人帰路を歩いていたら通学路に先生がいた。そういえば交通安全の強化週間とかなんとかで今通学路に何人か配置されてるんだっけ。


「はぁ…」


不思議なことに、先生も同じようにため息をはいていた。気になったので聞いてみた。


「どうしたんですか?」

「こうやって突っ立っているのはめんどくさいとおもってね。教師としてはダメなんだけどさ」


この先生か別に担任とかではなかったがたまに見ることがあった。なんかいつもやる気のなさそうな先生だったのを覚えている。ただ、なぜか人気のある先生だった。


「さて、ちゃんと仕事をしなくてはね。…そういえば君もため息をついていたね。何かあったのかい?」

「いえ、別に…」


…人の気も知らずに呑気に突っ立っている先生に少し腹が立った。


「そうか。では質問を変えよう。私に何かできることはあるかい?」

「え?」

「いじめにあっている生徒がいる。そんな噂を聞いてね。君は大丈夫かい?」

「いや…僕は別に…」


まぁ、自分でも思わずたまっていたんだろう。

いじめのストレスと苦しみ、痛みが。


僕の頬から涙が伝っていた。


「…もう一度聞こう。私に何かできることはあるかい?」

「…っ!」


それから僕はあったことを話した。無視されて寂しかったこと、嫌がらせを受けてストレスが溜まっていたこと、14歳ながら疎外感を感じ、途方に暮れていたこと。

あの後の先生の言葉は深く、今でも覚えている。


「わかった。私が聞いたよ。今、確かに。」


それからは色々なことが早々と進んでいった。

まず、いじめを行っていた荒崎と数名が僕に謝ってきた。それも自主的に。てっきりみんなの前で公開的に謝られるのかと思っていたが自主的に来たことに驚いた。あとで聞いたことだがあの先生がそう言ったらしい。「謝りたいときに謝りなさい。いつ謝るかはあなた達に任せます。これ以上の後悔という借金が増えないためにも早く謝ったほうがいいと思いますがね」と。ちゃんと教師としてうんと叱った後にそう言ったらしい。その言葉は荒崎にも届いたようだ。


「悪かった…。取り返しがつかないこと、先生に知らされたよ…」


荒崎はその日から普通に接してくれた。最初は僕におずおずと話しかけてきてくれていたが僕にはその様子がおかしく見え、許そうと思い今では仲良く話している。思ったより僕はコミュ力があった。

あとからクラスのみんなにも謝られた。

僕は嬉しかった、というよりかは先生たちが大事にせずに話を解決してくれたのが安心した。

僕はいじめをされるよりもそのことに対して過保護に対応されるのが嫌だったのかもしれない。

案外、人に心配されるのは嫌なことなのかと思ったりした。


あの後、先生にどうやって解決したのか聞いたのだ。すると先生は申し訳なさそうにこういった。


「うーん…先に謝らせてくれ。すまなかった。実は君のあのいじめの告発を録音していたんだ。許可も取らずに悪かった。その録音を聞いてもらったんだ。いじめは遊びと本気が交わるから起こると思っているからね。片方を遊びから本気に変えたんだよ。自分たちがやっていることに気付かせたんだ。そのあとの行動は彼らに任せたんだけど…どうやらいい結果になったようだね」


先生は普段はだらしなさそうにしているが行動力と判断力の早いすごい大人だった。


大人になった今でも、あの時先生と話したことを覚えている。


「すごい早さで解決したのでなんだか拍子抜けしちゃいましたよ。僕はてっきりもっと大事になったり。解決されなかったりするのかと思いましたよ」

「そうだね。その可能性もあったかもしれない。でも何もそうじゃなくたっていいじゃないか。私は君のいじめの解決に向かってやれることを全部やっただけだよ」

「ほんとうにありがとうございます。あのまま僕は押しつぶされてしまうかと…」

「教師なんだよ?それ、理容師さんに『きれいに髪を切ってくれてありがとう』って言ってるようなものだからね?」


よくわからない例えだったが今ならわかる。当たり前だろ、と言いたかったのだろう。

僕は…私はあの先生の言葉を胸に、今でも『生徒』に聞いている


「いじめはないかい?私にできることはあるかな」

「ないよ!あるわけないじゃん!」

「そうか」


ないならそれが一番いいのだ


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