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――夕食後
二人は連れ立って回廊を歩いている。
「で、どこで“出た”んだ? その……“ゾンビ”っぽいの」
「ああ。それは……」
アタルの問いに、ロシャンは立ち止まると恐る恐る中庭の方を指差した。
庭の中央にある東屋。そこには女神像が鎮座していた。そしてその足元には、祭壇。
「あそこ、なんだ」
「ふ……む? アゼリア様の像から?」
「いや、その……足元さ。祭壇あたりから妙な音がしてさ。何ていうか……石が擦れ合う様な、ゴリゴリって音。その後、祭壇の下から人らしき姿が現れたんだ」
「ほう……。それが“ゾンビ”、か」
「多分……だけど」
「多分?」
「その……何というか……」
ロシャンは恥ずかしげに視線を逸らす。
「?」
「アレを見た途端、恐怖のあまり気を失ってしまって……。気がついたら朝だったんだ。詳しく見るヒマなんてなかったよ。臆病で、ゴメン」
「お……おう。スマン。でも、気にするなよ。ロシャンが無事で何よりだ。何もなくて良かったよ」
アタルは慌てて謝った。そして何とか話を変えようとする。
「そういえばさ、ヘンな臭いはするか?」
アタルは臭いを確かめようと……
「え? いや、それは……」
「ん?」
アタルは再び挙動不審になったロシャンに首を傾げる。
「あ、いや、何でもない」
「……? とりあえず臭いはしない様だな」
確かめた結果……朝、玄関先で嗅いだ様な臭いはしない様だ。
「そう、か」
内心、胸を撫で下ろすロシャン。だが、それを顔に出すような真似はしなかった。
「ふ〜む。祭壇、か。試しにそこを調べてみるか?」
アタルは再び女神像へと視線を向ける。
「えっ……? 調べる? あそこを?」
「ああ。ロシャンはここにいれば良い。俺が見てくる」
「だ、ダメだよ! 危険じゃないか!」
「大丈夫だって。まあ見てろよ」
心配するロシャンの言葉を受け流し、アタルは平然とした顔で歩き出した。
とはいえ内心冷や汗まみれである。
と、そこに、
「何をしているんだ?」
「えっ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
背後からの声に、二人は思わず悲鳴を上げた。
振り向くとそこには、いつの間に来たのかレヴァンの姿があった。そしてその隣にはスィランとソースケの友人であるアーミルがいる。
レヴァンはこの家の大家の使用人である。そしてアーミルは借主であるソースケの友人だ。
両者はソースケの依頼で留守中の様子を見に来たのだろう。
「あっ……レヴァンさん。ど、どうも。アーミルさんも」
アタルは挨拶すると頭を下げる。
スィランも慌ててそれに従う。
「急に声をかけて済まなかったな。ところで、二人ともこんな所で何をしていたんだ? ……何かあったのか?」
「いやその……」
アタルはスィランを見やる。
「実は……昨晩の話なんですが、この辺りから“ゾンビ”みたいなのが現れたのを見たんです」
「! “ゾンビ”? ソースケが倒したと聞いていたけど……」
と、アーミル。
「ああ。倒されたのは確かだ。残骸もこの目で見ている」
レヴァンは答えつつ、苦い顔をした。
彼は袋に詰められた“ゾンビ”の残骸は、彼の指示で回収されている。
しかしその一部は何者かに強奪され、その時に彼の主人は惨殺されてしまった。
とはいえ奪われたその一部は、犯人である男と共に倒され、また残りはレヴァンが焼却処分している。
衛兵詰所に証拠として残されたごくわずかなサンプルを除いて、残骸は存在していないはずだ。
「では、一体何なんですかね……?」
「うむ……分からんな。詳細な調査が必要だろうが……」
そこでレヴァンはロシャンに視線を向ける。
「何にせよ、昼間に報告してくれると有り難かったんだがな」
「あの……すいません。確信が持てなくて。もしかして、夢でも見たのかもしれないですし……」
ロシャンは消え入りそうな声で謝る。
「まぁ、良かろう。ところで、“出た”のはどこだ?」
「ええ。あの祭壇の辺りです」
ロシャンはアタルの目前にある祭壇を指差す。
「ふむ……。来い、アーミル」
「はい」
二人は祭壇の周囲を調べ始めた。
「確かソースケの報告書でも、“ゾンビ”はこの辺りから出現したとあったな」
「ええ。この祭壇がスライドして……とのことでした」
「ふむ……最近、動いた跡はあるか?」
アーミルは祭壇の前に屈み込み、周囲の石畳に指を這わした。
「動いた時についたと思しき傷はありますけど、土埃が積もってますね。おそらくこの祭壇は少なくとも最近は大きく動いてはいない様です」
「えっ、じゃあ……」
ロシャンは胸を撫で下ろした。
「夢、だったかもしれないですね」
「おいおい……」
喜ぶ彼女の姿を見、レヴァンは苦笑した。
「……ああっ、すいません! オレ……いや、私のせいでお騒がせしてしまって……」
今度は慌てて頭を下げる。
「いや……別に怒ってはいない。何事もなければそれで良いんだ」
そしてまた祭壇に視線を向ける。
「確かあの地下には何か研究室の様なモノがあるとのことだが……一度、ソースケ立会のもとで調べたほうが良いかもしれんな。おそらくはレジューナの残したモノだろうし……」
レジューナとは、かつてここを寝ぐらにしていた魔導師だ。
「ですね。とりあえず、ソースケが戻ってくるのを待ちましょう」
そしてレヴァンはロシャンに視線を向ける。
「どうする? もし不安ならば宿を用意するが……」
「えっと……」
一瞬ロシャンは思案げな顔をし、チラとアタルを見た。
そして、
「いえ……お騒がせしてしまったので。今日はここで寝ます。わざわざ有り難うございます」
「……そうか。では、我々はこれで」
そうしてレヴァンとアーミルは去って行った。
「……良かったのか?」
と、アタルの問い。
「ああ。どうせ夢だろう。アタルがいてくれたら心強いし、変な夢も見ないだろう」
「……そうか。じゃあ、今晩は泊まらせてもらうぜ」
「ああ、よろしく」
ロシャンはアタルの手を握りしめ……
そして赤面しつつすぐに離した。
そしてスィランはその光景をニヤニヤしながら眺めていた……。