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交換殺人って難しい  作者: 流々
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第六話 愛人

 念のため、本人か確認するためにカマを掛けてみる。


「こんばんは。この前の話だけど、どこまで話したっけ」

『本当に私なのか疑ってるねー。もちろん、交換殺人の話。そもそもなりすましなら、ネームまでは分からないでしょ』


 言われてみればその通り。本物のミキだ。


「ごめん、確認してみた。違う人に話すにはヤバすぎる内容だしね」

『そうだね。私も誰にでも話すわけにはいかないから、カオルさんが来るのを毎日チェックしてたの』 


 それにしても、このタイミングですぐに入室してくるなんて。

 ストーカー気質も持ってるのか?

 怪しい。けれど気になる。


「でも、それならどうして僕にこんな話を持ち掛けたの?」

『うーん、なんでだろう。書き込みを読んだり、チャットで話してみてマジメそうな人だと思ったからかな』

「そうなんだ」


 喜んでいいのか微妙だな。真面目に殺人をやってくれそう、っていうようにも聞こえる。僕の気持ちを感じ取ったのか、ミキがフォローを入れてきた。


『カオルさんの書き込みを読んでいると、マジメそうなのが伝わって来るよ。だからこそ、パワハラをまともに受け止めちゃって苦しんでいるのかなって』


 文章なのにそんな風に感じ取れちゃうのか。

 たしかに自分でも真面目だとは思う。なぜ、この人はこんなことを言うのだろう、どういうつもりで言ったんだろう、って深く考えてしまうし。

 そうだよ、僕は藤崎君のように聞き流せないんだ。

 ミキの言葉もね。


「心配してくれてありがとう、って言っておくべきかな。ただ不満を吐き出しているだけなんだけど」

『それでもさ、ここの書き込みって人によって使う言葉も、いい方もビミョーに違うじゃない? それって書き込む人の個性が出てるんだと思うんだ』

「なるほどね、そうかもしれない」

『でしょ?』


 すっかりミキのペースだ。これじゃまた《《あの話》》になってしまう。

 話の主導権を取り戻さないと。


「それより、この前の続き。ミキが殺したいほど憎い相手ってどんな人なの?」

『ちょっと長くなるよ』

「短くしてよ」

『えーっ、何それ!』

「冗談。僕の話も聞いてくれたんだから、今度はこちらが聞く番だよね」

『ありがと』

「で、どんな奴?」


 ミキ――本人によれば女性とのこと――の話はこんな感じ。


 彼女の両親は小さな町工場を営んでいたんだけれど、経営状態が悪くなりわらにもすがる思いでヤミ金融に手を出してしまった。

 それがきっかけで借金を返すために他から借金をする、なんて状況に陥って、挙句の果てに厳しい取り立てにあい、二人で自殺してしまう。

 当時、大学生だったミキは借金と共に一人残された。

 大学も辞めて働きながら返済していたけれど、彼女にとっては額が多すぎて焼け石に水だったそうだ。

 そこへ借金の全額を肩代わりしてくれるというお爺さんが現れた。

 なんて優しく親切な人だろうと思ったら、こいつがとんでもないワルで、単に借用書を買い取っただけ。

 それをかたにして無理やり愛人にさせられているらしい。


 本当にあった話だとはにわかには信じがたい。

 自殺してしまったら保険金が支払われないこと、知らなかったのかな。それほど追い詰められていたのか、発作的に……ということなのかもしれないけれど。


「なんかドラマならありそうな話だね」

『そうかな。韓流ドラマとか? 見たことないけど』


 僕の疑念はオブラートに包み過ぎて、ミキには伝わらなかったみたい。


「今はそのお爺さんと暮らしてるの?」

『マンションを借りてくれて一人暮らし。そこへ週一か週二で来るんだ』


 好きでもない男、それも自分から見たら祖父のような相手から愛人にされるのってどういう気持ちになるんだろう。

 殺したいほど憎しみが強くなるのかな。


 僕の手が止まったのをミキは察知したみたい。


『私にとってはカゴに閉じ込められた気分なの。まさに鳥かごの鳥。食べるものも着るものもお小遣いだってもらえるけれど、そこに自由はないわ』

「なるほどね」


 たしかに自由はないんだろう。

 そして、その相手がいなくならない限り、自由は手に入らない……。


『後で分かったんだけれど、爺さんは不動産の転売を続けていて儲けたみたい。それもかなり悪どいやり方で』

「ふーん。借金のかたとか?」

『狙った相手に因縁をつけて精神的にダメージを与えてから安く買いたたくんだって。そのあとで価値が上がってきたら売り払って差額で儲けてるって自慢してたよ。そのときの金を基に私みたいな女性を集めてるんだ』

「集めてる?」

『そう。自分で言ってたもん。若くてきれいな女を集めることの何が悪い。趣味みたいなもんだって』


 女性を物みたいに扱う人って、自己中な男が多い気がする。この女性を隣に連れている俺ってかっこいいだろ、みたいな。

 ふと佐々部長《あの男》が小島さんにちょっかいを出していることと結びついてしまった。


 ミキの書き込みが続く。


『働くのもダメなんだよ。これなら生活が苦しくても、一人で働いていた頃の方がマシだよ』

「どうして?」

『少しずつでも借金を返していけば、いつか終わるって希望があったけれど、今のままじゃ爺さんが死ぬまでこのまま。希望も何もないよ』


 希望がない。

 それは耐えられないほどの苦痛なのかもしれない。

 佐々部長のパワハラに何とか耐えているのは、あの男が一年もすれば転勤するだろうという希望があるから。

 単身赴任だし、このまえ水野が話していたように遅かれ早かれ本社に戻るはず。

 もしもそんな見通しがない状況だったら……。

 この時に初めて、ミキは本気なのかもしれないと思った。


「逃げ出せないの?」

『監視されてるわけじゃないから、逃げ出そうと思えばできるけれど』


 ここはミキの書き込みを待ってモニターを見つめる。


『借用書は爺さんが持ったままだし、ずっとこそこそしながら生きていくのは嫌』


 その気持ちは何となく分かる。でも、もし僕が同じ立場だったらすぐに逃げ出してしまうだろう。

 ある意味、ミキは強い人なんだな。


『どう、私の思いを分かってくれた?』

「うん。ミキが自由になりたいというのはよく分かるよ」

『それじゃ《《あの話》》、考えてみてね』


 えっ、と戸惑っている間にいきなりミキは退室していった。

 どうもよく分からない人だ。

 本気で実行するつもりがあるのかな。それとも彼女なりに不満を表現しているのか。そもそも、ミキが語ったことは真実なんだろうか。

 疑う気持ちの一方で、彼女の思いに共感した僕がいる。


 でも、また《《会う》》約束はしていないし、今ならまだ引き返せる。きっと。

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他サイトですが「第4回ホラー・ミステリー小説大賞」にて最終選考に残り、奨励賞を受賞しました
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