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交換殺人って難しい  作者: 流々
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第五話 日常

 水野は簡単に言うものの、あの男に対してまともに反論するなんて僕には出来るはずもなく。

 三人で飲んでから四日後の水曜日、また佐々部長につかまってしまった。

 その日の午前中は部長が外出していたので平和な時を過ごしていたのだけれど、十三時過ぎに帰って来るなり、自らの机に座りながら大きな声を上げた。


「おーいっ、山瀬! ちょっと来い」


 もう、その一言を聞いただけで憂鬱ゆううつな気持ちになる。

 できるなら走って逃げ出したいくらいだ。


「はい、なんでしょうか」

「なんでしょうかじゃねぇよ。俺の持っていった資料、お前が用意したんだよな」


 自分で命令したんだから、いちいち確認しなくたっていいだろ。


「はい」

「何部用意した?」

「ご指示のとおり十部を用意しました。印刷後に部数の確認もしたので間違いないと思いますが……」


 この話の流れだと部数についてケチをつけられるはずだ。

 先回りして言うのが、僕の精一杯の抵抗だった。


「おまえはホント、気が利かないよな」


 佐々部長が言っていることの意味が分からなくて、黙ったまま立っていた。


「十部と言ったんだから、予備として二部くらい余計に用意するのが社会人の常識ってもんだろ。向こうの出席人数が増えたから足りなくなっちまって、わざわざコピーしてもらったんだよ、俺が頭を下げて。なんでお前がミスしたせいで俺が頭を下げなくっちゃならないんだよ! ったく使えねーなぁ」


 いやいや、十部と言われたら予備も含んでいると思うのが社会人の常識じゃないの⁉ それなら打合せ人数を教えて欲しいよ、こっちで判断するからさ。

 そう思っていても目の前のこの男には何も言えなかった。


「もっと気の利いた仕事をしろよ。小島くんみたいにさ」


 うわっ、唐突に小島さんの名前が出てきたよ。彼女は総務部だし、全然関係ないじゃん。

 わざと声も一段と大きくして、何のアピールだよ。キモっ!


 最後は何も言わず、僕に向かって手で追い払うような仕草をした。

 こちらも黙って頭を下げて席に戻る。

 理不尽な仕打ちを受けて腹が立つのか、何も言い返せない自分に情けないのか、目の前のモニターが滲んで見えた。

 胃の上の辺りがキリキリと痛む。

 大きく深呼吸を一つしてからキーボードを打ち始めた。




 珍しく残業がなかったので、急いで支度をして会社を出た。帰りのラッシュで混雑した車内にうんざりしながら電車に揺られる。

 更井駅前のロータリーでは久しぶりにバス停へ並ぶ人の列を見た。ケヤキの向こうにはきれいな三日月が見える。

 こんな日は早く帰って――なんてことはなく、当然のようにあの店へ向かった。


 まだ八時にもなっていないし、お腹も減ったのでいつものコンビニへ立ち寄った。深夜と違ってお客さんもチラホラ見える。

 真っ先におにぎりの棚へ行き、高菜明太を探す。あった! このまえ食べたのが初めてだったのにお気に入りの一品になってしまった。

 あとは温かいものが飲みたかったので油揚げとわかめのカップみそ汁、それに迷った挙句の蒸し鶏パスタサラダを選んだ。野菜も採らないとね。


 レジは今日もズンさん。こんな時間からシフトに入ってるのか。

 押しの強い笑顔と個性的な名前で覚えてしまった。気になって調べたら、どうやらベトナムの人に多い名前らしい。


「アリガトゴザーシター」

「どうも」


 レジ袋を渡すときの笑顔もぐいぐい来るけれど、二度目のせいか引いてしまう程ではない。笑顔って意外といいもんだな。


 今夜は薬局もまだ開いていた。いつも見ていたシャッターではなく商品が並んでいるのも、おかしな話だけれど新鮮に感じる。

 こちらはいつも通りの目立たない薄緑色の看板。それを見ながら雑居ビルへと入っていった。



「いらっしゃい。山瀬さん、久しぶりだね」


 今夜は珍しくヘッドフォンを外していたらしく、来店を知らせる電子音が鳴る前に店長が気づいてくれた。


「久しぶりと言っても、この前に来たのは先週の金曜日だからまだ一週間経っていませんよ」

「そうだっけ? 毎日のように来ているイメージがあるからかな」


 店長は軽快な音をさせながらキーボードを打つと、脇の専用プリンターから印刷された紙を抜き取った。


(そんなに数多く来てるかなぁ。せいぜい週一くらいのつもりなんだけど。まぁ日常の生活にここでの時間が組み込まれていることは否定しないけどね)


 差し出された紙を苦笑しながら受け取り、ブースへと移動する。

 今日は九番。いったん荷物を置いてからお味噌汁のカップを持ってドリンクコーナーでお湯を入れた。

 さて、まずは腹ごしらえだ。

 パソコンのスイッチを入れて、いつものようにニューストピックを見ながら高菜明太おにぎりをほおばる。


(あぁ、また失言しちゃったのか。懲りないよな、この人は)

(へぇあのドラマ、続編やるんだ。何年振りなんだろ?)


 パスタサラダも食べ終わり、お腹がいっぱいになった。お味噌汁で体も暖まったし、ズンさんの笑顔や店長の一言で、気持ちも穏やかになっている。

 佐々になんか腹を立てることさえ馬鹿らしい、ほうっておけばいい。

 ちょっとだけそんな思いが浮かんだけれど、やっぱりあの男は許せない。

 いつものようにアドレスを打ち込んでエンターキーを押した。


 見馴れたトップページから掲示板に移動する。


(ミキはあれからどうしてるんだろう)


 交換殺人なんていきなり切り出すような、少しヤバそうな奴だから、色々な人に話を持ち掛けているのかもしれない。ほんとに実行する気なんてないんだろうし。

 ミキの影を探しながらマウスでスクロールしていった。

 今夜もこの掲示板にはどす黒い抑圧された感情が集まってきている。目を通していくうちに僕の感情も負の方向へと向かっていく。

 ここ数日でミキが書き込んだ形跡はなかった。


 やっぱりあの時だけ、面白半分でアクセスしていたのだろうか。

 それとも、もう他の誰かと話がまとまって……。

 いやいやそんな簡単に行くはずがないだろ、代わりにお使いを頼むのとはわけが違うんだから、と様々な思いが交錯していた。

 気になる。


 どうするかしばらく迷ってから、チャットルームに移動した。

 タイトルは「この前の話の続き」として部屋を作った。

 ミキに伝わるかどうかは分からないけれど、なりすましを防ぐにはこれでいい。

 会えるかな。

 そんな不安を抱く間もないほど、すぐに入室を知らせるチャイム音が鳴った。


(マジかよ。僕を待ってた?)


『こんばんは。カオルさんを待ってたんだよ』


 表示されている名前はミキだった。


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他サイトですが「第4回ホラー・ミステリー小説大賞」にて最終選考に残り、奨励賞を受賞しました
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