表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤軍のジャンヌダルク  作者: 勝見 純
第一章 魔に誘われた田舎娘
5/251

三幕 この世界の現実

  どんな世界にも、現実がある。

  抗う事は罪じゃない、しかし背いてはならない現実が。

 


 

 「で、どうしたのアルト。この傷」

 

 学校へ着くや否や、火傷を負ったアルトは保健室に直行し。ヒスイとルミィは付き添わされた。


 白衣を着た、ストレートな長髪なびく、ただ性格はサバサバしてる教師、ではなく医師のフローレンスは尋ねた。


 この村では医師が希少な存在であるため、学校で有事の際は彼女が本業とは別に学校(ここ)を訪れたりもする。

 

 「転んだ」


 アルトはそうフローレンスの問いに応える。

 

 「魔術士マレシスタの人と喧嘩して焼かれました」


 ヒスイが訂正した。

 

 「ヒスイ! 変な事言うなよ」

 

 ヒスイは自分達が付き添わされたのも、まあきっとこのためだと理解した。

 

 「転んで火傷する方が変でしょ、じっとしな!」


 フローレンスはアルトの火傷を…そっとよく効く染みる薬で撫でて処置を施した。

 

 「ぎゃああやぁぁぁぁんッ!!!」

 

 「はい、お終い」

 

 ホント、同い年の男の子ってどうしてこんなに子供なんだろう。


 ベッドに座っていた状態からその上に倒れ、薬に苦しみ悶えるアルトを見て、ヒスイは子供だなとせせら笑った。


 兄が三人もいるせいか、ヒスイには同年代の男の子が年下のように見えてならない。


 フローレンスもアルトの姿を見つつ、優しい口調ながらも呆れた様子で、苦言を呈した。

 

 「それにしても…魔術士と喧嘩だなんて、あんたは大物ね。アルトの将来が楽しみだわ。…いつか殺されなければだけどね。気をつけなさい」

 

 「あいつらが悪ぃんだよ。魔術マレストが使えるからって威張り散らしやがって」

 

 「―――でもね、アルト。偉いんだよ、魔術士は。()()()()()()ってのはね、外にいる人を喰らう魔物イーパーに対抗できる重要な戦力なんだ。村の外にはね、本当に恐ろしい魔物がいるんだ」


 だから魔術士に盾突くなんて、馬鹿な真似はよしなさいと、フローレンスは言いたげだ。ヒスイやアルトは親しみ深い、フローレンスもまた普段と違う様子だと鋭敏に察した。


 そもそも、村の大人が魔術士やまして魔物について口に出すのも珍しい。ヒスイはこれも禁句(タブー)だと感じていたほどだ。

 

 ―――急にフローレンスは寂しそうに…遠い誰かを想い出すような顔になる。


 その顔に普段の豪快さはなく、繊細な様子。


 アルトはただ、不満そうだ。

 

 「先生は、魔術士(あいつら)がどんなやつか知ってるのかよ! 魔術を使えないやつらを猿みたいに…」

 

 「知ってるよ。アタシは閑静漁村(このむら)の出身じゃない。外から来たんだ。でもねアルト、魔術が使えればアルトのその怪我だって、染みずにすぐ治してやれるの。でもあたしには……それはできない」


 ヒスイはフローレンスの俯いた姿に、目をしばたたかせた。

 

 弱々しい。初めて見る、こんなフローレンス先生は…

 

 いつもは明るくて、言うことを聞かない男子なんか拳骨げんこつで黙らせる先生なのに。


 それだけ魔術士が、偉くて凄い人なのかな…やっぱり。あんな人達でも。


 外の世界で…魔物と戦ってるみたいなこと、あの人達も言ってたし。


 ヒスイもまた悔しさで俯きそうになる一方で、ルミィはフローレンスの方を見て、まっすぐな想いを伝えた。

 

 「でも先生、薬や病気のこと、凄く詳しくて…ワタシ先生のこと、凄く尊敬してます!」

 

 気の弱いルミィにとって、気丈なフローレンスやヒスイは、憧れの存在だった。 


 フローレンスは優しい顔でルミィを見つめ返す。

 

 「ルミィ…ありがとう。ここだけの話、先生はね、魔術を扱うことができなかった分、誰よりも勉強したの。だから皆も、自分が本当にやりたいことをしっかりと探して、見つけたら誰にも…自分にも負けないくらい頑張るんだよ!」


 ―――先生も魔術を、使いたかったんだ。


 この村にそんな人がいたんだと、ヒスイはフローレンスを見る目が変わる。

 

 彼女はまた目を細めて、言い続けた。

 

 「この世の中はね…杖を持てない人は剣を持って戦うか、ペンを持って勉強しないといけないの。皆は今、やりたいことはある?」


 三人はそれぞれ考える。


 やりたいこと、か…

 

 「俺、剣を持って戦う!」


 アルトは即決した。

 

 「アルト、それは勉強をしたくないだけなんじゃ…」

 

 「違うぜルミィ! 俺はサファイスさんみたいな最強の軍人になりたいんだ。俺んちにはまだ、ちっちゃい妹もいるしな。長男の俺がゆくゆくは家を守らねぇと!」

 

 「…大変だよ軍人は。でも、誰かがやらないといけないのよね。失った命が無駄になる」

 

 悲しそうな顔をしたまま、フローレンスは微笑(ほほえ)んだ。

 

 ―――アルトは軍人になりたいのか、アタシは…

 

 アタシはいったいどんな大人になるんだろう?


 ヒスイはいまいちピンとこなかった。

 

 「う~ん、アタシはパン屋さんかな」


 別にお医者さんとかでもいいけど…なんでもいいのかアタシは?


 魔術士には…なれないだろうし。


 「そっか! じゃあヒスイはパン屋さんになるために、いっぱい勉強しないとね」


 先生は言った。アルトに比べれば随分お手軽な夢だと思う。


 軍人になるのなら…アルトはサファイスさんみたいに、皇都へ行かなくちゃいけないのかな。

 

 「―――ワタシは…いつかお兄ちゃんと、一緒に暮らせたらそれでいいな」

 

 ―――ルミィ。


 ルミィは神様にお祈りするような声で、そう言った。


 フローレンスはその様子を見て、体に力を込める。

 

 「ルミィ…サファイスに会ったら、先生がガツンと言ってやるわ! たった一人の妹に、寂しい思いさせてんじゃないわよって。あたしに任せときなッ!」


 先生がいきなり声を荒げると、ルミィは戸惑った。

 

 「ええッ!? そんな、いいですよぉ…お兄ちゃんの迷惑になっちゃいます」

 

 「なに言ってんの! 迷惑だなんて抜かしたら、あたしがぶん殴ってやるわ!」

 

 「ええぇ~ッ!!?」

 

 「先生おっかねぇなぁ。サファイスさん相手にそんなことできんのか」

 

 いつものフローレンス先生だ、よかった!


 ヒスイは安堵した。

 

 ―――それにしても…ルミィはお兄ちゃんと一緒に暮らす事が夢かぁ〜アタシには全然理解できないな。

 

 うちなんて毎日三人のお兄ちゃんと一緒に暮らしてるから、なんなら一人貸してあげようか?


 たまには一人になりたい…

 

 ルミィの家にでも泊まりに行こうかな。


 なんてことを思いながら、保健室の扉を開き、三人一緒に外へ出た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ