プロローグ2
よせ、と魔王は言う。
「昔の話だ」
そう呼ばれた頃もあった、というだけの話だ。何事にも挫けることなく、世界を駆け抜け、時として世界そのものを敵に回そうとも、勇猛果敢に立ち向かった、勇者と呼ばれるだけの所以を全て余すところなくその身に宿していた、そんな昔の話だ。
「それに、今は……」
気配を感じる。もはや敵意そして殺意、あるいは闘気そのものを隠す気などさらさらないらしい。禍々しいほどのそれはこの身を震わすほどに押し寄せてくる。
今は、そう、扉の向こうのヤツこそが!
魔王は頭を上げ、玉座の間の扉を注視する。
巨人が潜り通れるほどの大きさを誇る扉へ、斜めに亀裂が入った。その後に二つ目、三つ目と立て続けに亀裂が走ると、それを皮切りに無数の剣撃とおぼしき裂け目が生まれ、扉の向こうの光が漏れ出した。
そして、突然の衝撃音とともに扉は粉々になって吹き飛び、瓦礫と白煙の中に一人の少女を浮かび上がらせた。
手には剣を。髪は金色にして長く、俯き加減の顔を隠すように垂れ下がっている。身に纏う白銀の鎧は所々が朽ち、激しい戦いを潜り抜けてきたのがわかった。
俯いていた顔が静かに上がる。金の髪が風に揺れ、その片眼が現れた。
途端、その眼が赤く光る。
魔導師がそれに反応した。瞬時に恐れが滲み出る。
「金髪、赤眼の娘! あれは……!」
膨れ上がる魔力とともに火の玉が二つ、少女の目の前に現れた。強さを増す炎はやがて竜の顔を模して燃え上がっていく。
直後に剣が振るわれ、火の竜は魔王たちに襲い掛かった。
燃え盛る火炎は光速で飛翔、瞬く間に魔導師へ着弾。爆裂とともに弾け、その灰色の体を焼き焦がしていく。
「魔王様ァーッ!」
しかし、断末魔の叫びが響いたわずか0.5秒の後、ソレは魔王の体に当たることはなかった。伸ばした指先によって火の竜は弾かれその場で破裂、破片となって四方八方へ飛び散り火の粉を撒き散らしていた。
魔王の指には稲妻が走って消え、焦げた臭いだけがまとわりつき、蒸気となって昇っていく。