出した料理と反応
食材を買いに行く前に調理場を見せてもらった所、パンを焼く為に使っているのだと言う窪があった。それを見た瞬間リックの頭に浮かんだのはグラタンを作って食いたいの一文だった。ざっと確認したが、この窪は木を入れて燃やして温めた後に燃えカスを取り出して残った熱でパンを焼くという事で、これならばオーブンの代わりは十分に務まる。
街で付いて来てもらった闘士に各食材の店を教えてもらって、必要な食材を適当に買い集める。お金は出してくれたのだが、調子に乗らず出来るだけ安いもので済ませた。ただ生の牛乳だけは新鮮でいい物を選択した。幸いそれでもそう高いものではなかったのは助かったと内心でリックは思っていた。
「色々買っている様だが、完成する料理がさっぱりわからんな……」「まあ、出来上がってからのお楽しみと言う奴ですよ」
同行している闘士からはどんな料理が出来るのか予想がつかんと言われてしまったが、ふざけた物を作るつもりはないリックは笑みを浮かべて完成品をお楽しみにと言って微笑むだけだ。食材も揃ったので剣と茨のギルドハウスに帰還したリックは、さっそくスープを作り始めた。スープの方は道中でも作ったトマトスープだが、今回はさらに手間をかけて鳥ガラからとれる出汁も入れる為もっと美味しくなるだろう。
グラタンに必要なホワイトソースの方も制作をしなければならないが、その前にこちらは手軽なコンソメの素なんて物は無いので野菜の切れ端を用いた野菜ブイヨンと言われるものを最初に作る。野菜の切れ端をひたすら煮出すだけなのだが、とにかく根気と時間がかかる。コンソメの素がある地球の手軽さを痛感しながらもひたすらに煮出す。このペースならギリギリ予定されている時間に間に合う。
次は小麦粉からパスタを作る。作るのはファルファッレと呼ばれる蝶のような外見をしたショートパスタだ。これなら生地を作って包丁で切り、形を整えればそれっぽく出来る。スープの様子を伺いながらも生地を作り、寝かせる。寝かせている間はひたすらスープの相手をする。
暫く時間が経って、何とか野菜ブイヨンに近いものが出来たのでバター、牛乳、小麦粉、塩コショウを使ってホワイトソースを制作。こちらは特別な事はなにもない、ソースがなじむように注意して作り上げるだけである……食べる人が多い為かなりの量が必要だが、何とか作り上げた。
その後に寝かしていたパスタ生地を確認し、問題ないので包丁で切ってファルファッレを作っていく。包丁以外の道具がないのですさまじく手間がかかるが、チョイスしたのが自分なのだから仕方がない。ひたすらに形を作っていく。
ようやくすべての準備が終わったので、窪に火を入れて温め始める。料理は事前準備が一番時間がかかるのだ……しかも、各種便利な道具もなければ、調味料も一部しか所有していない。せめてコンソメの素を持ってくるんだった、と悔やんでも仕方がない。
窪が温まれば、そこからはひたすら用意してもらった器に肉を入れて、ファルファッレを入れて、ホワイトソースを注ぎ、上にチーズをパラパラっとかけて焼く。焼く。焼く。どうせお替りする人が大勢出る……いや、全員するかも知れない。だからとにかく数を揃えておきたい……
1人2回までお代わりできる量が焼き上がったら、運搬と保温を兼ねている筒に脚立をつけたような道具の筒部分に料理を入れて運搬する。もちろん量が多いのでリック一人では運びきれない。闘士の方数人にお願いして、一緒に運搬してもらった。
「お待たせしました、スープとグラタンと言う料理を作りました。お口に合えば幸いです」
部屋の中で待っていた闘士達やギルド職員は、遂にできたかと食い入るようにリックが運んできた筒に視線が釘付けである。そうして取り出されたグラタンと木製のスプーンが闘士やギルド職員の前に置かれ、トマトスープ……こっちの人からすればピュナとリーゴ入りスープと呼ぶのが正しいか。それもカップに注がれた。
「では、どうぞ。熱いですので、最初は気を付けながら食べて下さい」「分かった。それでは、頂こう」
レリカの一言をきっかけにして、全員がグラタンにスプーンを入れて口に運ぶ。うん、まあ、そこそこかな。やっぱり即席で適当に作ったと言われても仕方がない野菜ブイヨンでは味がちょっと落ちるよな。もっとしっかりとした奴ならもっとおいしいものが出来たと思うんだが。それがリックの正直な感想であった。
その一方で、最初の一口は怖々と言った感じの闘士達は二口目からはかなり早口で食べている。あのペースでアツアツのグラタンを食べて口の中を火傷しないのだろうか? とリックは思ったが──闘士達に口の中を火傷して苦しむ様子は見られない。あっという間に闘士達の皿の中身は空っぽになる。
「足りねえ……美味いが足りねえ。肉の味も良かったし、中に入ってるなんか面白い噛み応えのある物も旨かったが足りねえ」「お代わりならありますよ、1人2回までならできる量を作ってありますから」「本当か!?」
足りないとぼやいた闘士に対するリックの返答を聞いたとたん、この場にいる闘士達の食べる速度が上がった。1皿目を食べきり、2皿目に突入していく。レリカもその中に当然のように含まれている。男女関係なく、闘志の食欲はすごい様だ。
「──帝都中央にあるお店の味には流石に負けていますが……材料費と制作に掛かった時間から考えれば素晴らしい味ですね」「このスープは負けてないのではないでしょうか? それに、このグラタンなる料理ももっといい食材を使っていればもしかしたら……」「スープだけでも、温かい料理を外で食べられると考えればその価値は高いでしょうね」
一方でギルド職員達は、ギルド同士の会合などで口に運ぶ機会があった城の近くにある上層街で食べた料理と比べていた。結果として流石に上層街にある料理には負けるが、このレベルの料理が街の外でも食べられると考えれば破格の味であるという結論になったようだ。
一人の人間に支払う賃金として1日金貨8枚は決して安くはないが、魔除けの旋律と料理人を兼任してくれる希少な人材に支払う金額としては十分妥当な金額であったと、ギルド職員はレリカ達の支払い金額の正当性を認めた。それと同時に、こんな人材と良く出会えたものだとその運も内心で称えたが。
そんな食事の最中、突如この部屋のドアが何度も少々荒々しくノックされた。何事か? と闘士達は先ほどまでグラタンを頬張り、スープを堪能していた顔から一転して戦う者の表情に変わった。全員のスイッチが切り替わった事を確認したレリカが「誰だ?」とドアに向かって声をかけると、ドアが開いて数人の闘士達が入ってきた。
「お前達は一体何を食っている! ここの部屋から周囲に旨そうな香りが漂ってきているぞ!」
その表情は、戦場に居る人間とはまた別の意味で殺気立っていた。なお、口もとによだれの跡があり、そのお陰ですごく間抜けにも見えてしまうというおまけもついてきているが。
「あ、ああ。これは私達が仕事を終えて帰還する時に出会った者が作ってくれた料理だ。香りだけではなく実際の味もいい、美味いぞ」
気迫にやや押されつつもレリカがそう返答を返すと、入ってきた闘士達の視線は当然机にあるグラタンやスープに行く。その視線から庇うように食べていた闘士達がグラタンやスープを自分の体に隠す。
「何故隠す」「何故隠されないと思った」
にらみ合いが勃発した。このままではますます悪化して乱闘に発展しかねない可能性があるので、仕方がなくお代わり用として作っておいたグラタンやスープを彼らに出す事とした。もちろん振舞うからには彼らからも多少材料費を頂く。そうしないと不公平になるからだ。
「うまっ!? 始めて食う味だが美味い!」「こんな飯をお前らだけで独占してたのかよ! 許されねえ」「あー、保存食ばっかり食ってきた腹に染みるぜぇ……」
後からやってきた闘士達にもグラタンとスープは好評であったが、お代わりが減ってしまった事でレリカを始めとした闘士達の機嫌はやや斜めとなる形でこの日の晩御飯は終わった。