全ての始まり
始めに
この作品はツイッターでこういうネタで書いてみて欲しいという呼びかけに、自分なりの解釈を加えて書くものです。
お代としては、楽器、料理、按摩、散髪の四つの能力で異世界に行った主人公があちこちを流離う話という事でした。
なお、自分はメインの作品を持っていて、そちらが当然優先されますので更新は不定期、かつ遅筆になると思われます。更新されていたらラッキー、ぐらいの気持ちでいて下さい。
以上の事をご理解できる方だけ、この作品をご覧になってください。よろしくお願いします。
──いつだって、どんな時代だって、唐突に今までの生活が崩れ落ちて無くなってしまう事は起こりうるのだ。そんな事をソロキャンプ帰りの今年で27歳を迎える男、飯島 努は思っていた。
地面から突如生えてきた気味の悪い腕に足を掴まれ、振りほどこうとしても外すことが出来なかった。キャンプをするうえで色々な用途で使える愛用品のサバイバルナイフを抜いて手に切り付けてみても、うっすらとした傷がつくだけに留まった。
そうして地面に引きずり込まれ……気が付くと目の前にはあまりにも長すぎる赤色に白が混じった長い髪の毛を無造作に床へとたらし、黒いとんがり帽子に黒いローブと言う、まさにファンタジーで言う魔女と表現するのがぴったりな一人の老女の前にいた。当然飯島はどういう状況なのかは一切呑み込めていない。そんな彼を目の前にして、老女はぽつりとつぶやいた。
「どうやら、引っ張り出せたようだねぇ……」
その言葉を聞いた飯島は、あの腕を出した主がこの目の前の老女なのだと当然考える。
「一体何が目的で、あんなことをした」
下手に感情を爆発させては危険だと考えた飯島は、出来るだけ落ち着いた声になる事を心掛けながらそう問いかける。それと同時に、出来るだけ目を動かさずに周囲の様子を探る。
どうもここはログハウスのような所の様だ。玄関らしきドアのある場所もそう遠くはない。タイミングを見計らえば、逃げることが出来る可能性はあるかと考える。
「ああ、もちろん教えるさ。何も教えずに放り投げるような真似はしないよ……まず、ここはあんたがいた世界じゃない。皇国が適当に行う召還の義に、あんたは不幸にも引っかかっちまったのさ。で、その皇国はなんでそんな事をするんだって思うだろう? 召還者は、皇国で無理やり何らかの能力をくっつけられるのさ。剣とか、槍とか、魔法とかの能力だね。そう、戦う事に特化した能力ばかりさ」
ラノベなんかに出てくる、アレらしいと飯島は当たりをつける。ただ、神によるものじゃなくて召還した先で付くという違いはあるが……
「戦う能力をくっつけられるとなれば、後は分かるだろう? 皇国の兵士にされちまうのさ。金と地位と女をつけて、頭と心を溶かせば後は言いなりになる強力な兵士の完成だ。後は適度に飴を与えつつ使い潰すだけ……そうして皇国は今の広大な領地の維持と、時として侵略を行って勝ってきたクソッたれな国さ」
老女の言葉を完全に信じることは出来ない──だが、真実だとすれば老女がクソッたれと言う言葉を使うのは適切だななんて事を飯島は考えていた。なんにせよ、本来の召還を行ったのはその皇国とやらなんだろう。で、自分だけこの老女に引っ張られた、という事になるんだろうか? 老女の最初の言葉からそう考えるべきだろう。
「だが、あんただけはそういう誘惑にそれなりに耐えうるだけの魂の輝きがあった。だから、こっちに引っ張れたのさ……今回はあんたの他に4人の男が召喚されたようだけど、他の奴らはダメだった。すぐに誘惑に負け、あっという間に魂が濁った奴らだった。だからあんたの様にここに引っ張ることが出来なかった」
だから自分一人だけ、ここに居るという事か……信じる事は難しいが、一応老女の話は破綻してはいない。
「正直、信じがたい事ばっかりだ。しかし、自分は確かにあの気持ち悪い腕に捕まって引きずり込まれたことは覚えている。そこからここで話をする寸前までぷっつりと切れているが」「まあ、信じられないというのは当然の事だろうねえ。あたしだって、そんな話を聞いてはいそうですか、とすんなり認めるなんてことは出来っこない」
飯島の言葉を聞いた老女は、そう返した後にゆっくりと立ち上がった。そして飯島を手招きする。
「とりあえず、外を見てもらおうか。多分、それで良く解るだろうからね」
そう言われれば、ついていくほかない。老女の後に続き、ドアから外に出る、と……外は夜で、多くの星が輝いている。
「あんた、星には詳しいかい? ああ、学者の様にって意味じゃないよ。ある程度星の位置という物を知ってるか、って意味さね」「それぐらいなら多少は……な、ないぞ。北斗七星がない。白鳥座も、ペルセウス、カシオペアもない! 獅子も水がめもないぞ!? こんな星の並びは、記憶にない!」
飯島は、じっくりと星々の海に目を向けるが……見知った星座は一つもなかった。
「証拠としちゃ弱いかもしれないけどね、これが一つ目。そして、その目であっちを見な」
そう言われて、指を刺された方向をみると……月があった。ただし、三つ。
「あんたの所にあった月はいくつだったかい?」「一つ、だけ、です」
星が、月が、地球ではありえない形で存在していた。しかも月は一つが満月、一つが半月、もう一つが三日月と満ち欠けがばらばらだったのだ。一気に見ることが出来てわぁお得、何て心境に飯島がなれるはずもなかった。
「それじゃあ、本当に」「ああ、残念な事だけどね。あんたは生まれた場所から無理やり、こっちの世界に引っ張られてきちまったのさ。運が悪いにも程があるけどね……あんたはこれからどうするかを考えなくっちゃあいけない。分かるね?」
老女の言葉に、飯島は力なくうなずいた。頷くほかなかった。こうして、飯島 努は異世界にやってきてしまったのだ。