この世界
メインディッシュを食べ終え、フルーティーな香りの美味しい紅茶とチョコレートを楽しんでいたとき、私はふと思った。
そういえば、私はまだこの世界についてほとんど何も知らない。
『セハリスさん、この世界のことをもっと知りたいのですが、基礎的なことをいくつか質問してもいいでしょうか?』
『もちろん、いいですよ』
セハリスさんは微笑みながら言った。
『セハリスさんが今までに何度か大陸共通言語という言葉を使っていることから察するに、ここは一大陸上の一国家、ということ間違いないですよね。とすると、ほかにも国はあるのでしょうか?』
『ありますよ。ここ、ウィルドモアはウィンスロット大陸にある5つの国のうちの一つです。強国であり、最も国土が大きく資源が豊富であることがそれに起因しています。食糧資源が特に豊富で、独自の魔法技術で様々な気候下で育つ農産物を多数生み出しています』
『食糧資源というと、農産物以外には何があるんですか?』
ずっと気になっていたが、ここで食べてきた食べ物は元の世界に存在するものとあまり大差がない。
もしかすると、生態系にそれほど大きな違いはないのかもしれない。
『基本的には魔法生物を狩り、それを食糧にしています』
(え、魔法生物って食べれるの!? 目的のために力を貸してもらったり、レベル上げのために倒すような存在かと勝手に思っていたけど……)
元の世界で時々していた、育成ゲームやRPGとは少し勝手が違うようだ。
『ゲームとはなんですか?』
性懲りもなく思考を読むセハリスさんに、私はゲームとその中で使われる世界設定について説明した。
『面白いですね。己の技術の腕を上げるために殺生をするなどという利己的なことはこの世界の人間は基本的にはしません。この世界に暮らす大体のものは弱肉強食の掟に従って生きています。私たちは自分たちが生きるために魔法生物を狩りますが、逆に狩られる立場でもあり、自分や仲間が生きていくために必要な場合のみ殺すのです』
『なるほど……。私が生きていた世界でも一部の国ではそのような暮らし方がありました』
『魔法生物を狩ることに驚いているのはなぜですか?』
セハリスさんが興味深げに聞く。
『多くの国では、生き物や動物は野生のものを狩っていたわけではなく、食べるために育てることが多かったのです。もちろん生き物によっては狩ることもしてはいましたが』
セハリスさんが珍しく驚愕している。
『食べるために育てる、とは、いずれ殺すために育て、時がくれば殺して肉とする、ということでしょうか。なるほど、非常に効率的な考え方で、しかも、それを可能にするだけの高い技術があったのでしょうね』
『そうですね。ただ、どれだけ効率的でも正しいことであるとは私は思えなかったですけどね。とはいえ、自分で動物を殺すことなどできませんでしたから、文句を言える立場ではなかったですが……』
『なるほど。倫理的には正しくないように私にも思えます。しかし、この世界の国々も障害もなく発展していけば自ずとその道を選んだかもしれません。しかし、そのようなことができない理由がこの世界にはあるのです』
『まず最も大きな理由に、この大陸にはムーンホストと呼ばれる魔族や魔法生物が主となって暮らす国があり、魔族はそのように魔法生物を虐げる慣習を良しとしません。彼らは生活に益をもたらす魔法生物の育成と輸出を生業としていますが、買い取った生物に危害を加えることは絶対に許しません』
『魔族や魔法生物は、人よりも身体能力が優れているのですか?』
『魔族にもいろいろありますが、基本的には身体能力も知能も私たちよりずっと高いと考えられています。魔法生物にもそういう種族がいますが、捕獲は至難の業です』
『なるほど……。それなら、ムーンホストとは絶対に争えないですね』
『そうですね。そもそも、彼らは人同士の争いには中立の立場をとっていますし、どの国もムーンホストを落とそうなどとはよもや思いません』
『他国間の争いはあるのですか?』
『ウィルドモアは、先ほど説明したように、最も資源に富む国ですので、クラウドフォードやケイヴボーンなどの食糧資源に乏しい国とは貿易を通して比較的友好な関係を築いています。クラウドフォードは鉱物と優れた技術で作られた武器類、ケイヴボーンは織物と工芸品などを多数輸出していますね』
『そうなんですね。戦争もなく、平和そうな世界でよかったです』
『……なんの憂慮もなく、そう言って差し上げられればよかったのですが、そういうわけにはいかないのが残念です。この大陸のちょうど中央、北のあたりにデモンクリフという国があるのですが、非常に野心的で、表向きには革新技術を多数輩出する国として名を馳せていましたが領土拡大にも積極的であり、ウィルドモアを含め、隣国は戦争が起こる可能性を懸念しているのです。国民も気性の荒いものが多く、犯罪が多いことでも有名です』
(そうなんだ……やっぱりどこの世界にも国同士の争いはあるものなんだな)
『しかし、現時点ではそれほど心配する必要はないでしょう。強大な軍事力を保持するウィルドモア相手に、いきなり進軍してくるような真似をするような国ではないですから』
『それでは、用心しておくに越したことはないですね……。少し考えていたのですが、私がこの世界でこの先ずっと生きていくとして、この国や世界のために私が少しでも貢献できることは何かあるのでしょうか?』
国や世界のために生きるなど綺麗事かもしれないが、正直な気持ちだった。
私は元々、自分が好きなことだけを追い求めて生きていた。
しかし、あの日、今まで積み上げてきた基盤が一夜にして失われ、自分のことだけを考え努力してきたあの世界が無となって消えたのだ。
知識や経験が消えることはないが、虚無を感じざるを得ないのは事実だ。
また同じように生きることになんの意味があるのか。
それならば、今まで学んだことをこの世界のために活かせるような人生を送りたい。
『……あなたはあなたの好きなことをしていただいて構わないのですよ』
セハリスさんが静かに言う。
『いえ、この世界に来た瞬間、私は今までの自分でいることをやめたのです。ずっと自分のためだけに生きてきましたが、今までいた世界が失われて気付きました。そのような生き方をしても結局何も残らないと』
『そうですか……。それならば、私もあなたが自分の使命を見つけられるよう最大限手助けします』
セハリスさんが初めて本心から微笑んだ気がした。
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