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説明

『さあ、あなたはそこのソファにお掛けください』

 そう言いながら、黒髪の男性は私の隣に腰を掛けようとする。


「おいおい、お前は椅子だろう」

 二脚あるうちの一つを指さしながら、銀髪の男性は言った。


「なんと! この部屋の所有者は私であるはずなのに、好きな場所に座る自由すらないとは」

 軽くため息を吐きながらそう言うと、黒髪の男性は私の右隣りの椅子に大人しく座った。


「冗談言ってないで、本題に入ったほうがいいんじゃないか? 困ってるみたいだぞ」

 私のほうをチラッと見ながら銀髪の男性は言った。



(何を話してるかはわからないけど、なんとなく気を遣ってもらってるような気がする……)



「それと、俺は少し外に出ているから」

 男性は扉から出て行った。



 それを見送ったあと、黒髪の男性は私に再度念話で話しかける。


『お待たせしました。それでは、本題に入る前にあなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか』


『あ、はい。名前は、播田環です。名字が播田で、名前が環です』


『タマキ? 随分と変わったお名前ですね』


『そうですか? 確かによく聞く名ではないですけど、私の住んでいたところではそれほど珍しい名ではなかったですね』


『……そうですか。名前といえば、そういえば私たちもまだ名乗っていませんでしたね。私はセハリスです。ちなみに、あの銀髪の彼はクリフォードといいます』


『そうですか。よろしくお願いします』

 私は軽く会釈しながら言った。


 セハリスさんの言う()()というのが何かはわからないが、聞きたいことは山のようにある。

 とりあえずは森で目覚めてから一番気になっていたことを聞くことにした。


『あの、ずっと気になっていたんですが、ここは一体どこなのでしょう?』



『私の部屋です』

 セハリスさんは至って真面目な様子だ。


『それはなんとなく分かりますが……』


『ハハハ、冗談ですよ。ここは、ウィルドモア王国城内です』


(ウィルドモア……?)


『その様子だと、ウィルドモアについてご存知ないようですね。この世界に住むものなら誰でも知っているはずの国の名なのですが……』



 セハリスさんは、今までの冗談めいた様子が嘘のように真剣な眼差しで言った。


『クリフォードによれば、あなたは妖精の川のあたりで倒れていたそうですね。あそこは城域の中でも魔力が特別高い者、もしくは妖精に選ばれた者しか入ることができない神聖な場所。そもそも、魔力を持たない者にはまず見つけられません……。そして、見たところ、あなたにはほとんど魔力がないようだ。ウィルドモアについてすら知らないあなたが、どのようにしてあの場所に入ることができたのでしょう?』



 妖精、魔力。

 ファンタジーの世界でしか聞くことのないだろう予期せぬ言葉に、私は戸惑うことしかできなかった。


『あなたは一体、何者ですか?』



『私は……』


 少し迷った末、私はすべてを共有することにした。


 出会ってからまだ30分と経っていないが、この人たちはなんとなく信用できる。

 なにより、心の中を読まれているにしろ、そうでないにしろ、この人に嘘をつくのは賢明ではない。

 そんな気がした。



『私自身まだ確信が持てないのですが、あの川から少し離れた場所にある森で目覚めるまで、私はこの世界とは別の世界で暮らしていました』



 嘘のような話にもかかわらず、セハリスさんは驚く様子すら見せなかった。

 それどころか、満足げな微笑みを浮かべてすらいる。


 彼は話の続きを促すかのように軽く頷いた。


『18歳になるまでは日本という国でずっと暮らしていたのですが、その後は別の国に移り、こちらへ来るまでは研究者を目指すため大学院と呼ばれる教育機関に在籍していました。大学院に入るまでは、子供たちや大人に言葉を教える教師として働いていましたね』


『研究者、とはこちらでいう賢者のようなものでしょうか』

 興味深げにセハリスが聞く。


『私にとっては賢者がどのような存在なのかわからないので答えられないですが、私の世界での研究者とは、自分が専門とする分野についての文献を調べたり、調べたい対象がある場所に実際に行って調査を行ったり、実験などを行う人たちのことをいいます。そうした調査や実験を行いながら、教育機関で教鞭をとる人もいますね』


『なるほど。賢者も似たようなものです』


『賢者の方たちはどのようなことを研究されているのですか?』


『研究されている学問を大まかに挙げると、魔法学、人間生物学、魔法生物学、心理学、言語学、歴史学になります』



 元の世界と同じ学問もあるが、ないものもある。科学の代わりに魔法があるため、数学や物理は魔法学の中に含まれているのかもしれない。


『魔法や魔法生物は元の世界にはなかったものなので、とても興味が湧きますね』


『そうなのですか? 魔法生物はともかく、魔法なしで暮らすなど一体どのような世界なのか見当もつかないですが……とりあえずその話はまた今度聞かせていただきましょう』

 セハリスさんはどことなく嬉しそうだ。



『ところで、先ほどあなたは別世界に住んでいたと仰っていましたが、どのようにしてこの世界に来られたのでしょうか』


『それは……私にもわからないのです。夜、自宅で眠りについたときには確かにあちらの世界にいたのですが、目覚めたときにはすでにこちらの世界の森にいました』


『なるほど。では、森からはどのようにして妖精の川へ?』


『目覚めた場所は周りが木に囲まれていて進めそうになかったのですが、よく見ると人が一人通れそうな道があったのです。そこからずっと道なりに、おそらく30分ほど歩いた先にその川がありました』



『……不思議ですね。城周辺の地理は全て把握しているのですが、そのような場所はなかったはずです』


『そうですか……見たところ、他に進めそうな場所はなかったですし、川があった場所もそこからは道は続いてないようでした。なので、正直あそこで助けていただけて助かりました』

 私は少し笑いながらそう言った。


『あそこでクリフォードに助けてもらえたのは本当に幸運でしたね。先ほども言ったように、魔力の低いものにはあそこはまず見つけられない。加えて、城の敷地内ですから、それなりの身分を持つ人間であることも条件です。あとは……そうですね、そもそも人が軽々しく訪れるような場所ではない。クリフォードがあなたを見つけたときは、たまたま森の巡回で訪れていただけで、城内に住む者でも頻繁に行くような場所ではありません』


『そうだったんですか。知らなかったとはいえ、それほど神聖な場所に入ってしまい、すみませんでした』

 罪悪感に駆られ、私はすぐに頭を下げて謝った。


『謝る必要はないですよ。荒らしに入ったわけでもないですしね。川で気を失う直前のことは何か覚えていますか?』


『えっと……川についたあと急に目眩がしたのですが、そのときに妖精が一人、私の左腕のほうに向かって飛んできたんです。それで、その妖精が腕に触れた瞬間、意識を失ったのだと思います』


『……妖精が自分から人に近づくのは本当に珍しいことです。タマキには賢者の素質があるのかもしれませんね』


『賢者の方は妖精に近付くことができるのですか?』


『この世界では、知識は力の一つ。そして、知識を持つ者は古来から存在する魔法生物を自然と引きつけます。賢者といってもいろいろいますから、みながそうというわけではないですが……非常に力のあるものは意思の疎通を図ることもできます』


『たとえば、セハリスさんのような方が、ですか?』


 不意をつかれたセハリスさんは静かに笑って言った。

『隠すつもりはなかったですが、そうですね。私は()()()()()()()()()です』


『セハリスさんは人の心を読めますからね。生物と意思疎通できる、と言われても不思議ではないです』



 さっきまでの真面目なトーンから打って変わって、なごやかな雰囲気で会話が続く。



(やっぱり正直に本当のことを話してよかった……!セハリスさん、良い人だ)


『タマキさん、私のことを疑っていたんですか?ひどい人だ。私はもちろん()()()ですよ』


『……だから勝手に心を読まないでください!』

 言うつもりのなかったことが伝わってしまい、少し気恥ずかしい。


(思考を読んでいるときはそうしてるって教えてくれればいいのに!)


『なるほど。考えておきますね』


『もーっ!』


 クスクスと笑うセハリスさんに、私の顔も自然と綻ぶ。



『そういえば、先ほど目眩がしたと仰っていましたが、今は問題ありませんか?』


『はい。目眩は多分お腹が空いていたせいかと。昨晩は夕食を取らずに寝てしまったんです』




 ぐーきゅるるるる……



(ああ……意識が向くまでは大丈夫だったのに……!)


 セハリスさんと目が合う。

 揶揄からかわれる前に私が口を開こうとしたとき──


 ガチャリ、と扉が開く音がした。


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