魔法騎士団と魔術士団
城下町へ続く門は、庭園があった石造りの道をずっと先に行った場所にあった。
門からは石畳の道が続いていて、その少し先のほうにはオレンジ屋根の住宅らしき簡素な建物が並んで立っているのが見える。
門に近づくと、騎士服を来た人が二人立っていたので、とりあえず挨拶をした。
彼らは笑顔で挨拶を返したと思いきや、クリフのほうを見た瞬間、さっと表情を変え、礼を取った。
「副隊長、おはようございます! 休日に女性と外出とは、羨ましい限りであります!」
右に立っていた兵士がハキハキと言った。
「おい、やめとけよ、ランス! あとが恐いぞ」
左の兵士が耳打ちした。
「聞こえてるぞ、アンドリュー。ランス、休み明けの訓練が楽しみだな。皆の訓練が終わったあと、お前には追加で特別メニューを用意しておいてやろう」
そう言いながら、クリフが黒い笑みを浮かべている。
「ええ〜! 副隊長、それはあんまりじゃないですか!? 俺は本心からそう言っただけなのに〜!」
ランスと呼ばれた兵士が、大袈裟に泣き崩れた。
「くそっ、副隊長め……。俺も女の子と遊びたい……」
下のほうから欲望がだだ漏れているのが聞こえたが、耳を貸す者は誰もいなかった。
「ランス、今のはお前が悪い。こういう状況で男女の組み合わせを見たときは何の反応も取らないのが正解だ。今が一番微妙な時期なんだからさ。だからお前は彼女が出来ないんだよ」
アンドリューと呼ばれた別の兵士が呆れたように言う。
「何が微妙な時期だ、アンドリュー。そもそもそういう関係ではないし、タマキに失礼だろう」
クリフがピシャリと言った。
「そうなんだ!」
ランスさんがものすごいスピードで立ち上がり、私に詰め寄った。
「こんにちは、タマキさん。俺、ランス・ドノヴァンって言います。鬼隊長……じゃなかった、副隊長の隊で働いてます。よろしくね!」
ランスさんがすかさず私の手を握り、人懐っこい笑みで言った。
明るい茶色の短髪で、子犬を彷彿とさせるような愛嬌がある。
アンドリューさんによれば彼女がいないとのことだが、なぜいないのかわからないくらい容姿がいい。
「はい、よろしくお願いしますね」
そう言って、私も笑顔を返した。
「はいはい、ランス。いい加減副隊長が恐いからその辺にしておけよ」
アンドリューさんがランスさんの首根っこを掴んで私から引き剥がした。
「タマキさん、俺もついでに自己紹介しておきます。アンドリュー・ターナーです。俺も同じ隊に所属しているので、副隊長に会いに来るならまた会うかもしれないですね。これからよろしくお願いします」
可愛らしい雰囲気のランスさんと違い、アンドリューさんは灰色の短髪でクールな印象だ。
一見キツそうにも見えるが、物腰柔らかな様子がとても好感が持てた。
「はい、アンドリューさんもこれからよろしくお願いします」
なんだかまだ勘違いされているような気がしたが、否定するのも面倒なのでそのままにしておくことにした。
「タマキ、時間もなくなるし、そろそろ行こうか」
クリフは私に声を掛ける。
「お前らは行く人来る人に構ってばっかりいないで、真面目に仕事しろよ」
そう言って、彼はヒラヒラと二人に手を振りながら歩き始める。
私も手を振り返している二人に挨拶してから門を出た。
*
「副隊長って言われてたけど、クリフは騎士なの?」
門を出てまた二人っきりになったあと、私は疑問に思っていたことを聞いた。
「そうだ。この国に仕える魔法騎士団の副隊長をしている。さっきの奴らは私の部下で、口数が多いが、腕は確かなんだ」
「そうなんだ。あんな風に冗談を言い合えるなんて、騎士団の人たちはすごく仲が良いんだね」
それを聞いたクリフは、少し笑って言った。
「私にあんな口を聞いてくるなんて、あいつらが特別なだけかもしれないな。それでも、うちは比較的関係は良好的なほうだろう。魔術士団のほうはもっとギスギスしていると聞く」
「別の隊もあるんだね。その二つはどう違うの?」
「私たち魔法騎士団は魔法を使うが、重きを置くのは剣術だ。魔術士団は魔法という現象を体系的に学んだ上で、戦闘でそれのみを行使する集団だ。魔法はこの世界に住む者であれば誰でも使うことができるとされているが、大多数は個々の想像力によって生み出しているため個人差が大きく、それ以前に、そもそも一般人は戦闘に使えるような威力のものは出せない。だが、魔術士団は想像や感覚だけに頼らず魔法を知識として学んでいるため、戦闘で前線に立てるほどの魔法が使えるんだ」
「なるほど。想像するだけで魔法が使えるっていうこと自体が私にはびっくりだけど、知識があればより威力の高い魔法が使えるっていうのは面白いね。ちなみに、魔法を体系的に学んでいる、っていうのは賢者が通う学院で?」
「そうだ。結局のところ、賢者と魔術士の大まかな違いは研究に従事するか、戦闘に参加するかという点だけだな。学院に在籍しなければならない年数やカリキュラムの違いはあるらしいが」
こういうシステムも、なんとなく元の世界と似通っている気がする。
大体の人は大学に通うが、4年を過ぎてそのまま院生として在籍し研究者になる人もいれば、学部課程が済めばそのまま就職という人もいる。
それに、就職は前線で戦うと言っても過言ではないし、知識は戦う力を向上させるものであるのは間違いない。
「そういえば、さっき魔術士団の人たちはギスギスしてるって言っていたけど、それはどうして?」
「……魔術士たちは上昇志向が強く、自分の出世のために同じ隊の仲間を蹴落とそうとすることがよくあると聞いている。それに、研究者として裏方で国に発展に貢献するのではなく、戦闘に出ることを希望することからもわかるが、好戦的な性格をした者も少なくないんだ」
「確かに、研究が好きなら魔術士じゃなくて賢者になる道を選べばいいよね。みんながみんな、戦うことが好きだから魔術士になるってわけではないとは思うけど……」
「そうだな。まあ、うちもうちで喧嘩っ早いのが多いから、あまり悪くは言えないが……。やはり魔術士の連中とは相容れない、というのが本音かもしれないな。あそこの副隊長は特に食えない奴だ」
「そうなんだ……。クリフも副隊長だし、関わりが多そうで大変だね」
性格の合わない人とは、仕事上の付き合いだけでも疲れるものだ。
こういう問題はどこの世界にでもあるもんだ、と私はしみじみと思った。
その後、私が元の世界で働いていたときの話をしながら、私たちはしばらく歩き続けた。




