妖精の長
中は広場の様子から一転、鬱蒼とした森に囲まれていた。
空気中にはところどころに金色の光が漂っている。
一瞬、魔法の光かとも思ったが、よく見れば一つ一つが妖精だった。
妖精たちは私に目もくれない。
目的もなく、ただふわふわと浮かんでいるだけのようだった。
彼らは、私をこの場所に連れて来た妖精と比べて体が小さい。
この妖精は私の片手いっぱいくらいの大きさをしているが、たくさんいる妖精たちは大体その半分くらいだ。
『こっちよ。ついてきて』
妖精が言った。
*
妖精に連れられ少し歩いた先にあったのは、大きく捻れた大樹が生える不思議な場所だった。
大樹の根本には青々とした苔がびっしりと生えている。
先ほどの場所と同じくらい木々に囲まれているのに、この場所は不思議と明るかった。
私がキョロキョロと周りを見回していると、先ほどの妖精が突然地面に跪いた。
何事かと思って見ていると、大樹の前のあたりから透き通る衣に身を包み、眩く輝く女性が滑るようにして姿を現す。
女性は畏怖を感じさせるほどの美貌を持ち、腰まで届く銀髪が光に反射してきらきらと輝いていた。
この女性が何者なのか、ここはどこなのか見当もつかなかったが、なぜか跪きたい衝動に駆られ、地面に膝をつけようとしたとき──
『あなたは結構よ、タマキ』
同じ女性の私ですら、その魅力に心揺さぶられそうになるほどの美しい声が頭の中に響いた。
『はじめまして、タマキ。私はリンデル。この地域の大地を統べる妖精の長よ』
(ええっ! 妖精の長ってすごく偉い人なんじゃ……!?)
『そうね。王の次くらいには偉いわ』
(ああ、また思考が読まれてる〜!)
『また? もしかしてセハリスかしら?』
(ああ、考えていることが知られるなら、もういっそ好きなように話してしまおう!)
『セハリスさんのことをご存知なんですか?』
『ええ、知っているわ。昔は師匠のあとについて回るだけだったあのやんちゃ坊主が、今では大賢者なんだものねえ……。あの子がよくここへ来ていたのが懐かしいわ』
(セハリスさんがやんちゃ坊主……! くっ、ダメだ、想像したら笑いが止められない)
思わず吹き出してしまった私を、リンデルさんは興味深げに見ていた。
『あなた、セハリスに魅力を感じないの?』
(魅力……?)
『異性として強く惹かれないか、ってことよ』
『いえ、異性としては全く惹かれませんね。すごく頭の回る人で、なおかつ変人だということだけ認識しています』
『セハリスが……変人? あははははは!』
何かがリンデルさんにツボに入ったようだ。
ひたすら笑い続ける彼女が静まるのを、私は気長に待つことにした。
*
もう10分は経っただろうか。
ようやく落ち着いたリンデルさんが、涙を流しながら言った。
『ごめんなさい。あの子を変人だなんて言う子がいるんなんて思わなかったから……』
『そんなにおかしいことなのでしょうか? あの人と話したことのある人ならそう形容してもおかしくはないと思うのですが……』
話しながら思う。
あんなにおちゃらけた人はそうそういない。
それとも、他の人には違う態度を取るのだろうか?
(いや、でもクリフォードさんとはすごく親しげに話していたよね?)
謎は深まるばかりだ。
『あの子の魅力に惑わされない人ならね。妖精でも滅多なことを彼の前で口にすることはないでしょうね』
(えっ! セハリスさんってそこまで偉い人だったの!? 妖精ですら従えるなんて、もしかして神様かなにか!?)
『ところで、あなたなぜ自分がここに連れて来られたか聞かなくてもいいの?』
『あ、そうでした! セハリスさんの話が面白くてつい忘れていました』
その言葉を聞いてリンデルはクスクス笑った。
『あなたは本当に面白い子ね。あなたがここに来た理由はね、ただ私があなたがどんな子か知りたかっただけなのよ』
『……それだけ?』
思わず口に出てしまった言葉に、リンデルは頷き、微笑んだ。
『そうよ。そして、その目的はすでに果たされたわ……。セハリスとこの世界のことをよろしくね、タマキ』
なんだか物騒な言葉を聞いたかと思うと、突然後ろにものすごい力で引っ張られた。
それと同時に、リンデルさんの姿がどんどん小さくなってゆき──
気付けば、庭園の入り口のアーチ前で呆然と立ち尽くしていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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