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庭園

 朝目覚めると、昨晩ベッドに入ったときに見えた天井が一番に目に入った。

 昨日までのことは、やはり夢ではなかったようだ。



(さて、今日は天気も良さそうだし、午前は外を少し探索して午後は勉強に充てよう)


 私はクローゼットを開け、綺麗に畳まれた数枚の服の中から、足首まである長袖のシンプルな白いワンピースドレスを取り出した。

 首元にはツタ模様の刺繍が同じく白い糸で施されており、スカート部分は歩くたびふわりと揺れる。



 おそらく、王城を出歩くような身分の女性が着ているものに合わせて用意されているのだろう。

 もしかするとこの国の人たちは日頃からあまり肌を見せる格好をしないのかもしれない。

 日本の春と夏の中間くらいの気温では、この服は拷問に近いが。



 服を着終わったあと洗面台に行き、顔を洗う。


 昨晩セハリスさんの部屋から戻ったあと、自分の部屋にあるものを調べてみると、生活に必要なものがすでにいろいろ用意されていることがわかった。


 元の世界にあったようなクオリティーの石鹸や化粧品などはさすがになかったが、美容に興味のない私はさほど気にならなかった。



 部屋から出る準備もひと段落したところでふと気づいた。

 使ったタオルや衣類はどうすればいいのだろう。


 自分のTシャツならいざ知らず、さすがにこの服を自分で洗うなど出来ない。

 生地を痛めるなんてあっては申し訳が立たない。



 次にセハリスさんに会ったときに聞いてみようか、と考えていたとき、突然ノックの音がした。


「タマキ様、失礼します」


 何を言っているのかわからなかったが、自分の名前が聞こえたような気がした。


 私は扉を開け、声の主を出迎える。



 目の前に立っていたのは、グレーの給仕服を着た20代前半くらいの少し小柄な女性だった。


 動くたび微かにふわふわと揺れる茶髪の癖っ毛が肩のあたりまで伸びている。大きなくりくりとした目がリスのような印象で、笑顔がとても可愛らしい。


(この人、どこかで見たことがある気がする……あ! 昨日セハリスさんの部屋に食事を持ってきた女性だ!)



 女性は私と目が合うと恭しくお辞儀をした。


「おはようございます、タマキ様。これから身の回りの生活の手助けをさせていただきます、リーナと申します」


(うーん、相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない……)


 私がポカンとした様子でいると、女性は笑みを浮かべ、手で何かを口元に持って行く動作をした。


 ちょうどそのとき聞こえた鐘の音で、女性が朝食のことを伝えようとしてくれていることがわかった。


 私はこくりと頷き、もう一度お辞儀してから食堂へ向かうため部屋を出ようとする。



 ──が、何故か少し焦ったような女性にテーブルに座らされた。


 女性が指を差す方向を見れば、扉の前に昨晩セハリスさんの部屋にお邪魔したときに見たカートが置いてあった。

 女性一人分程度の量の食べ物が載っている。


(ああ、そういうことか)


 手配してくれたのはセハリスさんだろう。

 私は給仕服の女性(と心の中でセハリスさん)に感謝の気持ちを伝え、朝食を食べ始めた。




 *




 フルーツたっぷりの美味しい朝食を楽しんだあと、私は城の探索に出掛けた。


 昨日通らなかった場所をメインに探索したいが、庭園があった場所がなんとなく気になる。


 私は早速庭園へ向かって歩き始めた。




 **




 しばらく歩いていると、白いローブ姿の男性三人が前からやって来るのが見えた。



 彼らは私の姿を一瞥すると、何かに気付いたかのように三人でこそこそと話し始める。

 そして、通りすぎるその時までこちらを凝視し続けた。


 言葉がわかったとしても何を言っているかわからないくらい小さな声で話していたが、その雰囲気から私のことをよく思っていない人たちであることはなんとなく感じ取れた。


 庭園までの道すがらさらに数人とすれ違い、みな同じような反応をしていたが、私は黙々と歩き続けた。




 **




「着いたー!」



 昨日クリフォードさんと一緒に歩いたときはそれほど遠いようには感じなかったが、実際は結構距離があったことに一人で歩いてみて気付いた。

 彼任せに歩いていたせいかもしれない。



 花とつる植物で造られたアーチを通って、早速庭園の中に入ってみる。


 そして、驚愕した。



 外から見たときには、確かに花が咲いている小さなスペースにしか見えなかった。

 しかし、中に入ってみると、そこかしこに様々な種類の花が咲き乱れる、広大な敷地が広がっていたからだ。


 花の周りには見たことのない種類の蝶や虫が、蜜を求めて忙しなく移動している。


 地面に屈み、土を掬い上げてみると、ひんやりとした土がほろほろと手から溢れ落ちた。


 よく見れば銀色のきらきらした小さな粒も混ざっている。

 そして、それらは土壌から離れた瞬間、一斉に消えた。



(すごい……! この粒は魔法によるものなのかな?)


 今までに感じたことがないほどふかふかと柔らかい感触で、素手でどこまでも掘っていけそうな感触がした。



 しかし、今日は土いじりに費やすことが出来る時間はあまりない。


 パンパン、と軽く手を払い、私は歩みを進めた。




 **




 しばらく広場を歩いていると、そこら中にポツポツと点在する、花が咲いていない空間に白い丸テーブルと椅子が置いてあることに気付いた。

 今は座っている人はいないが、誰かとお茶をするときに使われるのかもしれない。


 しかし、よくよく考えてみると、これほど広い空間が城の敷地内にあることが不思議でならない。

 これも魔法なのだろう。

 別空間を作り出しているか、もしくは大きな空間を小さく見せているのか……。

 いずれにしても、セハリスさんの仕業であることには違いない。


 ふと、入ってきたアーチの場所を振り返れば、親指ほどの大きさになっていた。

 随分と遠くまで来てしまったようだ。そろそろ戻ろうか、と思ったそのとき──



 目の前に一匹の妖精が現れた。



『あなた、昨日妖精の泉に来た子でしょう?』



(これって、妖精の声!?)


 頭の中に聞こえた妖精の声はセハリスさんのものとよく似ているが、それよりも少し甲高く、まるで心地よい歌を聞いているかのような気にさせられた。



『はい、そうですが……』

 セハリスさんと話すときのように、言いたいことを頭の中で思い浮かべる。


『やっぱりそうね。黒い髪の女の子がこの場所に来ることなんて滅多にないもの』


(通じたみたいだけど、滅多にないとはどういうことだろう?)


『とにかく、あなたを探していたのよ。ちょっと私と一緒に来てくれないかしら』


 そう言うと同時に、妖精の後ろに庭園に入ったときと同じような花のアーチが現れた。

 アーチの先は別空間になっているようで、中の様子は見えない。



(うーん、どうしよう……何か厄介ごとに巻き込まれそうな感じがするけど、着いていかなかったらそれはそれでトラブルになりそうだな。妖精は神聖なものとして扱われているようだし、ここは怒りを買わないようついて行くのが賢明かも)



『わかりました。あなたについてこのアーチをくぐればいいんですね?』


『そうよ! さあ、ついて来て!』


 妖精を追いかけ、私はアーチの中に足を踏み入れた。


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