表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/47

目覚めたのは謎の森

「はあああ、疲れた……」



 朝は授業。

 それが終われば研究室での仕事。

 夜中まで大量の論文のリーディング。


 私、播田環はりたたまきは、この日のノルマを終え、ようやくベッドに横になりながらため息をついた。



 北米のとある大学院に通う修士生である私は、学部を卒業したあと語学教師として一般企業で数年勤務し、現在は大学教授を目指して目下勉強中だ。


 新しい知識を吸収できる毎日は楽しくて仕方がない。

 とはいえ、自分の分身が一人いてちょうどよいくらいの勉強量に少し参っているのは確かだ。


 趣味の語学勉強をする時間すらとれず、恋人とは長続きせず、毎日大学と自宅の往復ばかり。

 25歳結婚適齢期の女性として、これはいかがなものか……。


(まあ、考えてても仕方ない、か……)



 私は基本的には学業のことにしか頭にない。

 そのため、自分のキャリア以外の将来についてのことは脳内から抹消しがちだ。



 ベッドの上で目を閉じ、思考の渦に身を投じると、途端に強烈な睡魔に襲われた。



 そのまま眠りに落ちた私は、自分の体の周りに金色のもやが漂い始めたことに気づくことはなかった。




 ***




 体を包み込む暖かな陽光。

 長らく嗅いだことのなかった土の匂い。

 耳元をくすぐる草の感触。



(あ……れ? ここ……は?)


 環は眩しい光に目を細めながら起き上がり、あたりを見回した。

 あたりには木々が生い茂っている。

 見上げると、木の隙間から差し込む光が美しかった。



 勉強のしすぎでとうとう脳がやられたのだろうか。


 眠りについたのは確かにあの固い安物ベッドの上だったはずだが、目覚めたのはまったく見覚えのない見知らぬ場所。

 しかも、普段の私の生活からは最も縁遠い森、ときている。


 今まで明晰夢を見たことはなかったが、夢という可能性もある。


 それ以外に考えられるのは──考えたくはないが──誘拐。


 しかし、密室に監禁されているわけでもなければ、誘拐犯の姿もなく、自分の体にも特に変化はない。

 昨晩ベッドに入ったときと特に変わりなく、ゆったりとしたクリーム色のワンピースと黒のレギンス姿だ。

 そもそも、誘拐しておいて森に放つなど、そのような特殊な嗜好を持つ輩に出会う確率のほうが少ないだろうが……。



 夢か現実かは定かではないが、とりあえず現時点で身の危険があるように思えない。

 もし現実であれば、このような場所で留まるのは得策ではない。

 夢ならば、その世界を自分の意思で歩き回れるなんてある意味幸運でもある。


 私は近くを少し探索してみることに決めた。


 目の前には、木々が鬱蒼と生い茂る獣道のほかに、ちょうど人一人進めそうな細い小道がある。

 私はその先へと足を進めることにした。



 **




 正確な時間はわからないが、歩き始めておそらく30分ほどが経っただろうか。

 少し先のほうから、微かに水の流れる音が聞こえた。



(川でもあるのかな?)


 ぽかぽかと心地良かった日差しも、しばらく歩き続けているとさすがに暑い。


 ちょうど喉も乾いていたところだ。

 水を確保できる場所を発見できたのならありがたい。




 *




「わあ……!」

 川にたどり着いた私は、思わず感嘆の声を漏らした。


 大小さまざまに並ぶ岩の隙間を、水底が見えるほど透き通った水がゆったりと流れている。

 木々の隙間からはうっすらと日差しが入り、薄く苔に覆われた岩を照らす。


 そして、そのあたり一帯には金色に発光する小さな何かがふわふわと漂っていた。

 その姿は蛍のようだ。

 だが、蛍は昼間に飛ぶだろうか。



 水辺に近づき、よく観察する。

 そうすればするほど、今まで見たどの生物にも当てはまらないように思えた。


 蛍というよりは蝶のような外見。

 どの個体も金色の翅脈しみゃくが張り巡る透き通る白い羽を羽ばたかせながら飛んでいる。

 銀色の長髪に、女性のように華奢でなめらかな体を持つそれは……



 まるで人間のようなのだ。

 それも、神々しくさえ思えるほどの。


 この世のものとは思えないその美しい姿に畏敬の念すら抱くと同時に、新たな仮説が浮かんだ。

 もしかするとここは夢でも現実でもなく、死後の世界なのかもしれない。

 空間に存在している感覚や、植物に触れたときの感触は現実に相違いない。

 だが、目にしている光景はあまりにも現実感がなさすぎるのだ。


 さまざまな考えが頭を巡り、目眩がする。


 そういえば、昨日はろくに食べていない。


 最後に食事を取ったのはいつだったか。

 あれからどのくらいの時間が経ったのか。

 頭がぼーっとして何も思い出せない。


 揺れる視界の中なんとか意識を保ち、左腕のあたりにふと目を落とすと、あの蝶のような生物が一匹ふらふらと近づくのが見えた。



 私が避けようとするより早く妖精は腕に止まり──



 私は意識を失った。


第一話読了ありがとうございます!

この先、比較的ゆっくり展開が進みます。

気長に読んでいただければ、と思います。


なお、現在小説全体を修正中です。

第1~5部まで終わっています。

そのため、6部以降いきなり文章が変わると思いますが、ご了承くださいm(_ _ )m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ