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八話 緊急クエスト

 


「レン君!?何を言い出すの!?」


 メリルは驚いて椅子から転けそうになった。


「この緊急クエストに参加させてください!まだ森には受験生の人達がたくさんいるはずです!みんなを助けなきゃ!」


「そ、それはそうだけど……ついさっき入試に受かったばかりの君をいきなりクエストになんて……」


「規則だと問題ないでしょ!?冒険者養成学校の生徒は冒険者ギルドへの仮登録をしたのと同じ扱いになるって要綱に書いてあったよ!そうだよねマリアナ先生?」


「む。あ、ああ。確かにそうだ。だが我々が言っているのは入学式すら終えていない君がBランク以上推奨のクエストに参加するのは危険だと」


「危険ならこれから先何度だってあるでしょ!」


「程度が違い過ぎる。少しのリスクを伴う危険と、死にに行くような危険を同じにするな!君はまだ前途明るい1年生なんだぞ!ここでその才能を潰してしまう気か!?」


「だって……早く助けないと……その前途明るい人達を失っちゃうんだよ……?」


 レンはマリアナの言葉の正しさを噛み締めながらなんとか言葉を絞り出す。自分の言っていることが無謀なわがままだということは重々承知している。それでも、何かせずにはいられなかった。


「……君の実力は認めている。その気持ちだけで充分だ。後は我々に任せてくれ。おい!お前たち!」


 マリアナはレンを諭すと、酒場に向き直る。


「生まれたての卵がこれだけ言ってのけたんだ。まさか尻尾を巻いて逃げる腰抜けはいないだろうな……?」


 マリアナの眼光は冒険者達から拒否という選択肢を奪った。すぐさま身支度を済ませ、受領者署名欄に名前を書いてそそくさとギルドから走り去る。


「見ろ。君の意志があれだけの者を突き動かしたのだ。誰にだってできることじゃない。誇っていいぞ」


「うーん……動かされたというか、動かざるを得なかったというか」


 レンは少し考え込んだが、結果として良い方向に転がったので良しとすることにした。ほっと胸を撫で下ろし、椅子に座りなおす。


 ────────たすけて


「!今、声が……?」


 レンが辺りを見回すが、声の主らしき人物は見当たらない。


 ────────お母さんを、たすけて


「やっぱり……さっき聞こえた声だ!森で何かあったんだ!」


「なっ!?待たないか!今いい感じに話がまとまっていただろう!さっきの連中にはAランク冒険者が10人以上いる。スカーレッドウルフ程度なら問題なく……話を聞かないか!おい!」


 マリアナの声に耳を傾ける素振りも見せずにレンはギルドを出て行った。マリアナも軽く舌打ちをして後を追うように飛び出す。賑やかだったギルドには職員とガイドラ、シエル、ノエルだけが残った。


「レンってば、どうしてあんなに必死になって行こうとするのかしら?」


「なんというか……自分がやらなくちゃって顔をされてました」


「……まあ、今日会ったばっかの俺にゃ詳しいことは分かんねえな。タダの子供じゃねえってのは分かるが」


 シエルはその時、ガイドラの右腕がぶるぶると震えているのに気付いた。


「ガイドラさん。その腕……」


「スカーレッドウルフ。アイツは俺のトラウマなんだ。俺がまだ駆け出しだった頃、運悪く奴に遭遇した。そん時に負った傷がこれだ」


 ガイドラは袖を捲る。手の甲から肘付近にかけて大きな爪痕が走っている。それを見たシエルとノエルはゾッとして言葉を失った。


「おっと悪い。少し刺激が強過ぎたか?ともかく、それ以降俺は魔物との戦闘を極端に避けるようになった。あとは話した通りだ。今だってレンが飛び出すかもしれねえと思ったが、止めたり追いかけたりすることができなかった。巻き込まれるのが怖かったんだ」


 ガイドラは近くの椅子に深く腰かけた。


「弱ぇな、俺……」


 力ない呟きが部屋に溶けていく。




 ☆




 飛び出したレンは一目散に黄昏の森へと向かった。途中背後から呼び止めるマリアナの声が聞こえたが、構わず走り続けた。


(なんというスピードだ……こちらは魔法で加速しているというのに、まるで追いつけん)


 自分が機動力に欠ける後衛であるということを差し引いても、レンに追いつけないことに驚愕する。2人は一般人では目視すら難しいスピードでどんどん黄昏の森へと近付いていく。気付けばギルドから先行したはずの冒険者達をみるみる抜き、ほぼ一番乗りで森へと戻っていた。


「着いた!」


「手遅れか。全く、入学してから覚悟しておけよレン・フリート」


 マリアナは全力疾走の直後とは思えない程に涼しい顔で言い放つ。


「ごめんなさい。でも、この森で誰かが助けを呼んでるのが聞こえたから」


「声?……事情はともかく、まずは受験生の避難を優先させるぞ。せめて私の同伴くらいは許して欲しいものだが」


「心強いです。よろしくお願いします!」


 レンは深々と頭を下げる。先程まで話すら聞かなかった少年の慇懃な態度にどうしていいか分からず、結局ため息を吐くだけだった。


「レン。受験生を捜索するのに役立つ魔法は覚えているか?」


「いえ。魔法は昨日初めて使えたので昨日見たもの以外は使えません」


「そうか。では私が手本を見せる。今すぐにとは言わんがいずれ使えるようになればこういったクエストで便利だろう。よく見ておけ」


 マリアナはそう言って握っていた杖を地面に突き刺した。


「契約執行 我が呼び声に応えよ 土の精霊 水の精霊 風の精霊 我が目となり耳となれ」


 詠唱を終えると、杖を中心にふわりとそよ風が辺り一面に広がった。


「今のが探索(サーチ)と呼ばれる魔法だ。地形によって使役する精霊を選ぶことで更に大きな効果を得られる。見た目はあまり派手ではないが、私の頭の中にこの森全体の地形や生物の大まかな位置が入ってくる」


「すごいですね!それじゃあ受験生の人達を助けに行きましょう!」


 こうしてレンとマリアナの捜索隊が受験生の救助を始めた。マリアナの探索魔法はかなりの精度で、現在位置から近い受験生達を次々に見つけていった。続けて到着した冒険者達と範囲を分割して、陽が傾く頃には全ての受験生の離脱を見届けた。


「マリアナ先生。あの人達の試験はどうなるんですか?」


「ああ。それについてはちょうど今考えていたところだ。こういったアクシデントも今までに無い訳ではなかったからな。おそらく補欠合格として、入学後に在学試験を設けるだろうな。少なくとも1週間は学校に通える分ラッキーかもな」


「そうなんだ。良かったー」


「君がそんなことを気にする必要はないと思うが。それに、もっと気にすることがあるだろう?」


「?」


「我々の勧告を散々無視して危険地帯に行ったんだ。冒険者としてあるまじき行為だぞ。独立しているならまだしも君は今日入試を終えたばかりのルーキー。冒険者の卵を保護する身としては今後このようなことが無いようにしっかりと教育を──」


 ────誰か、たすけて


 マリアナの説教に紛れて、別の声がレンの耳に届いた。


「!あっちからだ!」


「待て!今度は逃がさんぞ!一体どこへ行くつもりだ?」


 マリアナは明後日の方向へ走り出そうとするレンの腕を掴んだ。


「先生……そういえば、先生にはあの声が聞こえてないんですか?」


「声?君以外の声は聞こえないが……先程もそんなことを言っていたな。君には何か聞こえるのか?」


「はい。そっか。最初から説明すれば良かったんだ。あっちの方からたすけてって声が聞こえるんです」


 レンが指差す先には何も見えない。しかし、探索魔法にとあるものが引っかかった。


「この先にいるのは……件のスカーレッドウルフだ。一匹のレッドウルフを従えているようだが、幸いにも近付いてくる様子はないぞ」


「他に人とか生き物は?」


「いないな。皆スカーレッドウルフを警戒して近付かないようだ」


 レンはマリアナの言葉を聞きながら考えた。

 声の正体。突如現れたスカーレッドウルフ。

 様々な情報から今起きていることを推測する。


「先生。もしかしたら聞こえた声はスカーレッドウルフ達の声なのかも」


「何!?いや、そうか……確かにそう考えても不自然ではない。高度な知能を持つ魔物は念話のようなもので人間と意思疎通できるものもいるらしい。君にしか聞こえないというのが不可解ではあるが、謎多き生物だ。あり得ない話ではないだろう」


「スカーレッドウルフってどういう魔物なんですか?」


「レッドウルフの中でも歴戦を潜り抜けた個体が進化した存在だと言われている。その身には大小様々な(スカー)が刻まれており、身体能力と知能が共に高く、戦闘においてかなり厄介な相手だ」


「それじゃあ今この先にいる奴が動いてないのは自然なこと?」


「ふむ……あまり自然とは言えないな。レッドウルフ達は警戒心の強い連中だ。本来ならもっと多くの群れで生活している。巣穴に戻るまでは絶えず動き回っているはず」


「でも向こうには2匹しかいなくてその場で止まってる。何かあったって考える方がいいんじゃないですか?」


 マリアナは首肯すると、自分とレンに隠蔽魔法をかけ気付かれないように森を進んだ。

 その先にいたのは、倒れ伏すスカーレッドウルフとその顔を心配そうに舐め回す小さなレッドウルフだった。


「親子、かな?」


「そのようだな。見たところ怪我はないようだが……親の方が産気付いているな」


 スカーレッドウルフは浅い呼吸を繰り返し、後ろ脚を大きく開こうとしている。


「どうすればいいですか?僕に何かできることはありますか?」


「分からん。下手に刺激するとストレスで流産になってしまうかも知れん。このまま隠れて脅威が近付かないよう見張るくらいだな」


「分かりました」


 レンはそう言うとその場に座り込み、新たな命の誕生を見守った。

 しかし。


「お、スカーレッドウルフじゃねえか。しかも弱ってやがる。ラッキー!」


 ガサガサと無神経に草を掻き分ける音と共に冒険者達がその場に出くわした。


「群れとはぐれたのか?何にせよここまで近付かれて立ち上がれねえ程弱ってんなら楽勝だぜ」


「コイツらにゃ毎年手を焼かされてんだ。たまにはこうして楽に狩れる時があったってバチは当たらねえよな」


「お、なんだこのチビ。いっちょ前に俺たちとやろうってのか」


 冒険者達はゾロゾロとスカーレッドウルフを囲む。小さなレッドウルフはキャンキャンと吠えながら威嚇するが、まるで効果はないようだ。


「先生!」


「冒険者か……Aランクの奴らだったか。このままでは……ッ」


(止められるか?しかし、スカーレッドウルフの被害を排除するチャンスというのは間違いではない。クエストを優先するならばここで狩っておくのが冒険者としてあるべき姿勢なのか……?)


「先生ッ!」


「!」


 レンの大声にマリアナは驚いて振り向いた。見ると、レンが爛々と目を光らせてマリアナを真っ直ぐ見つめていた。


「行った方がいいと思います」


 短くそう告げる。


「……ああ。そうだな。礼を言う」


 マリアナは深く息を吸い、吐いた。

 弱き者を守るのも冒険者の務め。何年も生徒達に教えていたことを危うく破るところだった。


「風の精霊百二十柱 彼の者を守る旋風を巻き起こせ」


 マリアナは風結界ウィンド・プロテクションの魔法を唱えた。スカーレッドウルフを中心に巨大な竜巻が発生した。


「ぐおぉ!なんだ!?」


「このウルフ、魔法を!?」


「んなバカな!聞いたことないぜ!」


「退け、退けーッ!」


 突然の事態に冒険者達は脇目も振らずに退散した。周りの木を薙ぎ倒す凄まじい風が止むと、渦の中心にいたウルフ達は文字通りどこ吹く風といった様子で全く影響を受けていなかった。


「すごいや!風のバリアだ!」


「奴らがAランクで助かった。非常事態に選択を誤れば奴らとて無事では済ませられなかったからな」


「ウウウウウウ……」


 2人は会話を切って親子を見た。子の方がこちらを威嚇している。


「隠蔽魔法が看破されたか。あれだけ大きな魔法を使えば魔力を嗅ぎ分けられても仕方ない」


「…………」


 レンは何も言わず、ゆっくりと子ウルフに近付いた。


「待てレン!下手に刺激するな」


「大丈夫」


 レンは視線を逸らすことなくウルフ達を見つめた。親を命がけで守ろうとする子どもの必死さをじっくりと目に焼き付ける。


「僕も、君だったらそうしてると思うよ」


 レンは語りかけるように言うと、唸り声を上げる子ウルフに手を伸ばした。


「ガルッ!」


「大丈夫。大丈夫だよ。僕は君たちを傷付けたりしない。大丈夫だから……」


 レンは目を合わせたまま呟く。それを見ていた子ウルフは次第に唸り声を潜めていった。触れる距離までレンが接近しても攻撃する素振りを見せなくなると、レンはそっと子ウルフの頭を撫でた。


「偉いね。大好きなお母さんを必死に守ってたんだね。もう大丈夫だよ。ね?先生」


「結局私に振るのか。そうだな。この件はギルドに報告して動向を見守ろう。レッドウルフは危険だが、だからと言って滅ぼすべき存在ではないからな。共生のバランスを取るのも冒険者の務めだ」


 レンはそれを聞いてにっこりと笑った。マリアナが親ウルフに結界魔法を施すのを見届け、ギルドに戻ることにした。


「ありがとう先生。僕一人じゃ何もできなかったよ」


「そうかな?まあ、そういうことにしておこう。今日は色々と疲れたからな。さ、帰ろう」


 ────ありがとう


 森のざわめきに混じり、優しい声がレンの耳に伝わった。

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