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七話 レッドウルフ



「レッドウルフってどんな魔物なんですか?」


 レンが先頭に立って森の中を進みながら尋ねる。


「群れで行動する賢い狼だ。毛が赤いのも黄昏の森の紅葉に擬態する為だと言われてる。出くわしたらすぐ逃げねえとあっという間に10匹以上の増援が来る。大人数のパーティや強力な火力を持った魔術師がいない限りはそこで探索中止を余儀なくされる……ってとこか」


 殿(しんがり)を務めるガイドラが顎に指を当てながら思い出すように話した。


「へえ。流石に黄昏の森マスターを自称するだけはあるんですね。その辺の図鑑なんかよりずっとためになるわ」


「まあな。とにかくこの人数なら遭遇即逃走がセオリーだ。せめて6人はいりゃあなんとかなったが。ま、頭数の話しても中身は受験生だからな。どの道逃げるのがいいってことよ」


「そんなに強いんなら一回勝負してみたいな。また入学したら他の友達も呼んで行こうよ」


 レンは能天気にそんなことを言い、ズカズカと先へ行く。

 太陽が南中を過ぎた頃、レン達の耳に大きな木々のざわめきが聞こえた。


「!」


「いやがるな……退くぞ!」


 ガイドラはすぐさま踵を返し、音から遠ざかる。3人もそれに続いて音から離れた。


「ふぅ……ここまで来りゃ安心だろ」


「す、すごい逃げ足……」


「引き離されないので精一杯でした……」


 シエルとノエルが息を整えながら追いつく。


「あれ?レンは?」


「あいつまさか……」


「ここだよ」


 レンの声は頭上から聞こえた。見上げると、木の枝の上に座ったレンが赤い果実を頬張っていた。


「逃げてる途中で美味しそうな実を見つけたんだ。みんなの分もあるよ。毒はないみたい」


 レンは枝から飛び降り、腕に抱えていた果実を差し出した。差し出された3人は頭を抱えそうな勢いで唸る。


「レンがこんな性格っていうのは分かってたつもりなんだけど……」


「ま、まあレンさんらしいと言いますか……」


「呆れるほど危機感がねえな……お?」


 ガイドラはもたれかかった木の根元に視線を落とした。そこに生えていたのは、まさに今自分達が探している治癒草だった。


「ラッキーじゃねえか!お前たち、これが治癒草だぜ!こんなとこに生えてやがった!」


「やったあ!一時はどうなることかと思ったけど、これで最終試験もクリアね!」


「い、いよいよ学校に……お父様とお母様に報告できる!」


「へえ。これが治癒草。これから集めなくちゃいけないものなんだね」


「何言ってんだよレン。こんだけありゃ充分クエスト達成できるぜ」


「うん。今回はね。でもこれから冒険者になるなら何度かやらなきゃいけないクエストだから」


「なるほど。確かにレンさんの言う通りです。試験は合格できても、本当に大変なのはこれからということですね」


「もうノエルったら!それは確かにそうだけど、今くらい喜んだっていいじゃない。レンもそう思うでしょ?」


「うん!さ、早く持って帰って……?」


 レンは言葉を切り、森の奥の方を見た。


「……何の音だろう?」


「お、おいおい脅かしっこなしだぜ。まさかさっきのレッドウルフがこっちに来てるんじゃあ」


「ううん。もっと遠くから音がした。こっちに何かしてくるには遠過ぎるけど……」


 レンは視線を戻さない。しかし、燃えるような紅い木々以外は何も見えない。


「な、なら早く行きましょうよ!ここで合格できなかったら意味ないわよ?」


 シエルの言葉に2人も頷く。


「そうだね。ガイドラさん。一番安全な帰り道をよろしく」


「おうよ。最初からそのつもりだったぜ。さあついてきな」


 レンは最後にもう一度音のした方を向き、それから歩き出した。




 ☆




 冒険者ギルド

 無事に戻ってきたレン達は治癒草を納品した。他のカウンターでも納品をする受験生達が並んでいる。


「ど、どうして僕が不合格なんだ!?」


 掲示板の近くから声が上がる。見ると、受験生らしき男子がマリアナに食ってかかっていた。


「何故か、か。理由は貴様自身が一番良く知っているだろう?受験番号116番」


「な、なんのことだよ……?筆記も実技も完璧ではなかったが文句は無かったはずだ。最終試験だって、今まさに終えて帰ってきたじゃないか!」


「では訊くが。その最終試験で納品した治癒草、何処で手に入れた?」


 マリアナの問いに受験生が目を伏せる。よく見ると、確かに森へ採集に行ってきたにしては足元や身なりが全く汚れていない。


「答えられないか?では代わりに言ってやろう。この干された(・・・・)治癒草はな。ギルド直営の店で売られているものだ。材料を欲しているのに製品を持ってきてどうする愚か者が。また来年、出直すことだ」


 完全に言い負かされた受験生は打ちひしがれたように肩を落とし、フラフラとギルドを後にした。


「全く。小狡いガキだぜ。こちとらコイツに命張る時だってあるってのによ」


「本当だわ。冒険者を力や頭だけでやっていけると甘く見てるからよ。レンだってそう思うでしょ?」


「……そっか。買ってくるなんて思いも付かなかったや。凄いなあ」


「レ、レンさん……」


 流石のノエルもフォローを放棄した。気まずい沈黙のままクエスト完了報告書を受付から貰い、マリアナの元へ提出しに行く。


「うむ。まあ君がいるパーティだ。順当過ぎてある意味不安だが、クエストクリアに間違いはない。おめでとう。最終試験合格だ」


「やった!」


 3人は両手を頭上に広げてお互いにハイタッチした。


「無論、総合的な結果でも合格だ。受験番号56番シエル・エリーゼ・ウィンロード。受験番号57番ノエル・ロゼ・ウィンロード。そして、受験番号582番レン・フリート。貴君らはただ今から我が校の生徒となる。明日の明朝7時にヴラフト城門前に集合だ。遅れるなよ」


「はいっ!」


 3人は頭を下げ、ガイドラに合流した。


「ありがとうガイドラさん!僕たちが合格できたのはガイドラさんのおかげだよ!」


「ええ。ガイドラさん。色々侮ったような発言をしてすみませんでした。そして、ありがとうございました」


「こ、これからは先輩としてご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします!」


「………………」


 ガイドラは3人に背を向ける。レン達が不思議そうに見ていると、時折しゃくり上げるように肩が震えていた。


「ガイドラさん泣いてる?」


「う、うるせー!悪いかよ?こちとら20年間ずっと面と向かって礼なんか言われたこと無かったんだ!なんか……無性に嬉しくてよ」


 ガイドラは大きく鼻を啜ると、真っ赤な顔で向き直った。


「こんな俺でも役に立てたんなら光栄だ。またどっかで会ったらそん時ゃよろしく頼むぜ冒険者の卵たちよ!」


 ガイドラの言葉に、3人は自然と笑みがこぼれた。不意にレンが手を差し出す。何を言うでもなく全員がレンの手に己の手を重ねた。顔を見合わせ、頷き合う。ほんの数時間だったが、4人はパーティという言葉の意味を知った、或いは思い出したのだった。


「あ、そうだ!」


 レンは思い出したように手をポンと打ち、ポケットから一枚の紙をガイドラに手渡した。


「はいこれ。協力してくれたお礼。ウチのお店分かる?」


「あん?店って……ってこりゃエイリールの無料券じゃねえか!しかも最長コース!?」


 ガイドラの叫びに、賑わっていたギルドの酒場がしんと静まり返った。


「おい、今確か……」


「エイリールの無料券って聞こえたよな?」


「ああ。間違いねえ。あのおっさんが言ったんだ」


 男性連中がヒソヒソとガイドラを指差しながら話し始めた。


「い、いいのかレン?こんなもん貰っちまって。それに、お前の店ってどういう……?」


「僕の母さんがやってるお店なんだ。男の人にお願いしたいときはこれを渡せって。本当は会った時に渡そうと思ったんだけど忘れてて」


 ガイドラは半分上の空のまま券を眺めた。しばらくして現実を飲み込み、大事そうにポケットにしまう。


「あんがとよレン。この恩は一生忘れねえ!」


「僕もだよ。じゃあまたねガイドさん」


「バッカヤロ……ガイドさんじゃねえっつの」


 そう言うガイドラの笑顔を見送り、レン達はギルドを後にしようとした。

 その時。


「た、大変だあ!」


 入り口の扉を勢いよく開け、1人の冒険者が慌てた様子で入ってきた。


「黄昏の森でスカーレッドウルフが出た!受験生が危ねえ!」


 男の言葉で、ギルド内が更に大きくざわつく。


「バカな……スカーレッドウルフだと?確かか?」


「ああ!俺がついさっきこいつらに随伴して目撃したんだ!恐ろしくて一目散に逃げてきちまったよ!」


 男は扉の前で立ち往生している受験生達を後ろ手に指す。


「マズいな……メリル!緊急クエストの発注を!」


 マリアナは受付嬢に向かって高らかに宣言した。間を置かずして、大きな赤い紙が掲示板の中央に張り出される。


「スカーレッドウルフの討伐。推奨冒険者ランクB以上。パーティ編成は6人以上を原則とする。また、優先事項は冒険者養成学校の入学試験に臨んでいる者の救助とする、か」


 レンはそれだけ読み上げると、カウンターの前まで来た。


「メリルさん。このクエスト、受けます!」


 いの一番に声を上げたルーキーに、一同は驚愕を隠せなかった。


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