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六話 最終試験

 



 翌日。受験生達は再びヴラフト城の庭に集められた。


「ではこれより最終試験を行う。最終試験は実地訓練を兼ねた総合試験だ。F級クエストである治癒草の採集をしてもらう。受験生3人1組と冒険者1人が随伴するパーティで王都の西にある黄昏の森を探索するクエストだ」


 マリアナから告げられた試験内容に受験生達は動揺を隠せない。

 冒険者の卵すら程遠い自分達が入学前にクエストをやらされるとは思ってもみなかったのだろう。


「静粛に!卒業生以上ならばほぼ(・・)危険もなく完了する試験だ。情報を頼りに、自分達の判断で如何に役割を全うするかを評価する」


「昨日よりもずっと少ないね」


 レンは隣にいたノエルに小声で話しかける。


「はい。昨日無理した人や試験を諦めた人がたくさんいたそうです。大体200人くらいしか残っていませんね。毎年こうみたいです」


「今から試験を開始する。まずは3人以上でパーティを編成し、私達に受験番号で報告する。その後冒険者ギルドへ出向いて随伴の冒険者を1人自分達で選ぶこと。では、始め!」


 マリアナの掛け声と共に受験生があちこちへ入り乱れる。


「私、火属性の魔法が使えます」


「俺は親父がスカウトだったから採集に向いてる。治癒草も図鑑なしで見分けられる」


「回復魔法が使えます。レッドウルフの苦手なものも知ってます」


 自分の長所を声高に宣伝し、パーティの役割を得ようとする。優良物件と判断された受験生達が次々にパーティ編成を終えていった。


「僕達ちょうど3人だし、これでいいよね?」


「異議なし。レン1人いれば何も怖くないわ」


「私も賛成です。お姉ちゃんとレン様がいれば何だってできそうな気がしてきます」


「あー……ノエル。そのレン様っての、ちょっと恥ずかしいかな。レンでいいよ」


「はい。で、では……レンさんでは如何でしょうか?」


「それでいいよ。それじゃあ編成を伝えてギルドに行こう!」


 レンは話を纏めてマリアナに伝え、冒険者ギルドへ勇み足で向かう。

 冒険者ギルドは当然というべきか、受験生でごった返していた。運良く冒険者の協力を取り付けた者。家族の伝手を利用する者。金品や情報で取引する者が比較的早期に協力者を確保できていた。


「うーん。この調子じゃいい冒険者の人は取られちゃうかも。どうするレン?」


「僕がいい人探してくるよ。ちゃんと秘密兵器も持ってきたし」


 レンはそう言ってポケットから一枚の紙を取り出した。


「それは何ですか?」


「エイリールの150分コース無料券」


 レンが得意げに見せるが、シエル達の顔は見る見る内に赤くなっていく。


「そ、それってやっぱり、お店の女の人と……って意味の150分よね?」


「そ、そんなに長く……はう……」


「そうだね。母さん曰く、男なら貰って嬉しくない訳がないって言ってたし。ウチは花街で一番のお店だしね。それじゃあ僕が頼んでくるから2人はここで少し待ってて」


 2人は頷き、レンはギルドの中へと入っていった。1階はやはり人がすし詰め状態だったのですぐさま2階に跳び、上から様子を観察した。


「ん〜……あの人がいいかな」


 ぐるっと見渡したレンは、カウンター席の隅で俯いている男に目を付け、その男の背後に飛び降りた。


「冒険者のおじさん。僕たちの最終試験を手伝ってくれませんか?」


「ウェッ!?ッ俺!?」


 男は飲み込もうとしていた水を喉に引っ掛けて咳き込んだ。


「はい。お願いできますか?」


「………………」


 男は隠す気もなく嫌そうな顔をする。


「クソッ!こうして隅っこで丸まってりゃ如何にも駄目冒険者ですって感じで誰も声かけねえと思ってたのによ」


「?何か言いましたか?」


「あーいや。なんでもねえんだ。その、けどよ、俺なんかでいいのか?ホレ、この通りガタイも良くねえし装備も使い古してボロボロ。年季が入ってると言や聞こえはいいが、みすぼらしいおっさん冒険者って感じの俺をよ」


「うん。だって、おじさんがこの中で一番森に詳しそうだったから」


 レンの言葉に、男は顔を上げた。


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、靴の周りに乾いた泥がべったり着いてるし、治癒草の匂いが身体中からぷんぷんするもん。この辺で治癒草の採集と言えば黄昏の森くらいだし、おじさんよく行くんだよね?」


「…………へえ」


 男は素直に感心した。改めてレンを見据える。


「坊主、中々の洞察力だな。俺はガイドラ・リブラ。乗り気じゃねえけどよ。いつもの日課にガキのお守りが付いたと思えばいいか」


「じゃあ!」


「ああ。連れてってやるよ。黄昏の森に」


「やったあ!よろしくねガイドさん!僕はレン。レン・フリート」


「ガイドさんて言うな!結構名前で周りに弄られてんだから!」


 何はともあれ、レンとガイドラは握手を交わし、ギルドを出てシエル達と合流した。


「え!?なんでこんな見るからに誰にも相手にされなくて試験最後の方まで余ってそうなおじさんにしたの!?」


 飾らない言葉が、ガイドラの心を深く傷付ける。ガイドラは堪らずその場に座り込んだ。


「そーだよなー……俺もギルドから強制されて仕方なく受けたとは言え、空気に徹したつもりだったのになー」


「お、お姉ちゃん!冒険者のおじ様ごめんなさい!」


「大丈夫!ガイドラさんの装備を見てよ。ボロボロで長く使われてるでしょ?」


「うぐ。買い換える金が無い貧乏人で悪かったな」


「そうじゃなくて、冒険者は高ランクにならない限りは毎日だってクエスト頑張らないといけないのに、ガイドラさんの装備には大きな傷が付いてないんだ。これって危険な戦闘を避けるのがすごく上手ってことじゃないかな?」


「確かに……レンってば底なしに前向きなんだから。まあ今回は治癒草さえ一定数集まればいいからガイドさんが適しているっていうのは合ってるかもね」


「だからガイドさんって言うんじゃねー!」


「ガイドラさんはなんでガイドって呼ばれるのが嫌なの?」


「……俺はよ。冒険者になって20年になるが、ランクは未だにD。低ランクのクエストを日銭を稼ぐ為に毎日毎日やってようやく積み上げたランクだ。だからランクはDだがDランクのクエストを受けたことは一回しかねえ。ほとんどが簡単なクエストを低ランクのかけだし冒険者と一緒に組んでやりくりしてたんだ。力もねえし魔法も使えねえ俺は、魔物に出くわしても戦闘で役に立たなくてな。付いたあだ名が案内人(ガイド)ってわけだ」


「ふーん。じゃあ行こっか」


「テメェが訊いたんだろがッ!軽く流してんじゃねえ!」


 ガイドラは淡白なリアクションをするレンに叫ぶ。


「急がないと安全な場所の治癒草全部採られちゃうかも知れないよ。危ない所には行きたくないよね?」


「む。まあ、そうだけどよ……」


「それに、初心者の人のお手伝いをずっとしてきたってすごいことだと思うよ。普通の人はもっと強い人に頼ったり楽してお金稼ぎしようと考えたりするのに、ガイドラさんは自分にできることを精一杯やって生きてきた人なんだよ。もっと胸を張っていいと思うな!」


「……!」


 ガイドラはレンのその言葉が本心から出たものだと直感した。今まで上辺だけの言葉や自分を騙したり貶す言葉は幾度も聞いてきたが、レンの言葉は不思議と自分の芯を揺さぶる。


「それじゃ行こうよ。ガイドラさん、よろしくお願いします!」


 シエルとノエルも続いて頭を下げた。


『小汚ねえおっさんだな。こんなんで本当に役に立つのかよ』


『あーあ。Dランクだから黄昏の森の魔物くらいは楽勝かと思ったのに』


『お、また初心者に先輩風吹かしてんのか。よろしく頼むぜガイドさんよ!ハッハッハ!』


 ガイドラは周りの冒険者に言われてきた言葉が頭の中に浮かんだ。自分の実力不足は誰より自分で分かっている。だからそんな言葉を投げかけられるのも当然。自分が弱いのが悪いのだ。そう思って苦く刺々しい言葉を呑み込んできた。


『ガイドラさんは自分にできることを精一杯やって生きてきた人なんだよ。もっと胸を張っていいと思うな!』


 レンの言葉はとても温かく、眩しかった。ガイドラは心の荒野に少しずつ緑の芽が出始めたのを感じる。


「ぃよっし!お前ら運がいいぜ。なんせこの黄昏の森マスターである俺、ガイドラ・リブラが案内してやるんだからな!こうなりゃ最速記録で試験突破させてやらあ!」


 ガイドラが初めて口にした前向きな言葉を聞いて、レン達は顔を見合わせて笑った。

 一同、黄昏の森を目指して歩き出す。空は、どこまでも青く澄み渡っていた。




 ☆




 黄昏の森

 王都から歩いて1時間程離れた場所にある森で、1年を通して真っ赤な葉の広葉樹が広がっているのが特徴だ。常に黄昏の夕陽に焼けたような様子から、いつしか黄昏の森と呼ばれるようになった。森の周りに受験生はいない。皆既に森に入って行ったのだろう。


「すごい!本当に葉が真っ赤だ!僕初めて見たよ!」


「もうレンったらはしゃがないの。お子ちゃまね」


「お姉ちゃんも初めて見た時はレンさんみたいだったよ?」


「よ、余計なこと言わなくてもいいの!さ、早く治癒草見つけて持ってかえりましょ」


「これじゃ遠足のガキのお守りまんまだな。治癒草はまだ緑の葉が付いてる樹の根元にあるから探してみな。形はこんなんだ」


 ガイドラは鞄から液体の入った小瓶を取り出す。中には透明な液体に緑色の葉が浮いていた。


「これがヒールポーションだ。つっても中に葉を漬け込んでるのは一般にゃ出回ってねえがな。冒険者の間でだけ広まってる製法だ」


「へえ。時間をかけて抽出するだけだから魔法が使えなくても作れそうね」


「まあな。ちゃんとした効果があるポーションになるまで1本1ヶ月かかる」


 3人はひとしきり感心した後、治癒草を探し始めた。葉が緑色の樹は紅葉だらけのこの森では探すのが難しく、見付けても摘み取られた跡が見つかるばかりだった。


「チッ。流石に目ぼしいとこは総ざらいされてんな。となるともう少し奥に行かねえと……」


 ガイドラは森の奥を不安そうに見つめた。吹き抜ける風からは僅かに獣臭が漂っている。


「恐らくレッドウルフとの戦闘は避けられんだろうな……」


 ガイドラの恐怖がシエル達に波及する。


「大丈夫!何とかなるって!」


 レンを除いて。

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