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三話 実技試験・前編



 翌日。受験生は再び王城に集まった。実技試験ということもあり、今日は城の脇にある大きな庭に集合だった。


「諸君。昨日に引き続き実技試験の監督も私が行う。全力で試験に当たってくれ」


 マリアナが薄い布でできた動きやすそうな服装で受験生の前に立つ。手には携行しやすい短めの杖が握られている。


「実技試験は武術・魔法・戦闘思考力の3つを総合的に判断して評価を決める。冒険者となれば強敵との戦闘は避けて通れぬもの。その力の基礎ができているかを見る。あくまで総合評価だ。近接戦闘が苦手な者は距離を取って魔法の腕を見せてくれ。では、今回諸君らの相手を務める者を紹介する。冒険者養成学校の武術部門最高責任者にして、現役S級冒険者のルドルフ・ハルトマン殿だ」


 マリアナはそう言って隣にいる男を紹介した。

 一見すると背は高いが身体は細く、柔和な笑顔は死線を潜り抜けてきたとはとても思えない程穏やかだ。

 しかしよく見ると体のあちこちに小さな傷が無数に刻まれている。実力を見定める眼力を持たない受験生のほとんどはルドルフを見て安心すら覚えた。


「ルドルフ・ハルトマンだ。今日はよろしく。見込みのある子は特別推薦もあるので、優男だと油断せずに全力でかかって来て欲しい」


 ルドルフの言葉に受験生の目の色が変わる。

 特別推薦とは学校関係者の内僅か数名だけがお気に入りの生徒を優遇できるという権利であり、現役冒険者で頭角を現す者の多くは特別推薦枠で入学した卒業生だ。

 特別推薦は冒険者の栄光に繋がるかなりの近道とも言える。


「先生。質問よろしいでしょうか?」


 1人の受験生が挙手をした。


「許可する」


「受験生は全部で619人です。そちらのルドルフ様との実技試験となると、とても時間がかかり非効率的ではないでしょうか」


「いい質問だ。その答えはこれから話す試験方法の中にある。ルドルフ殿」


 マリアナはルドルフに一歩譲った。ルドルフも軽く頭を下げ、一歩前に出て咳払いをしてから口を開いた。


「そうだね。今は8時だから夕刻の鐘が鳴るまでおよそ10時間。その間君達全員の相手を僕1人でしよう」


 受験生達は耳を疑った。如何にS級冒険者と言えども、受験生は600人を超える。その中には武術や魔法の英才教育を受けてきた貴族の子息令嬢も散見できる。


「あははっ。大丈夫。習いたての剣や魔法じゃ僕はやられないよ。そうだな……この庭の中にいる時だけ攻撃を仕掛けるから、傷付いたり休みたい時は遠慮なく庭から出てくれて構わないよ」


 戸惑いが強かった受験生の顔色が、次第に怒りへと変わった。

 自分達の努力を侮るような言動。それは気位の高い者達にとっては聞き捨てならない。貴族出身の一部の受験生はS級冒険者への気後れを忘れ、今や闘志に満ち溢れていた。


「うん。こんなもんでいいだろう。それじゃあ、いつでもどうぞ」


 ルドルフは剣を抜き、庭の中央まで一歩で後ずさる。


「ようし!」


「やってやる!」


「この俺様を舐めたこと後悔させてやるぜ!」


 数十人の生徒が一斉にルドルフに襲いかかる。剣や槍を持つ者は前に出て、杖を持つ者は後ろに下がって詠唱を始める。


「へえ。あれが魔法なんだ」


 レンは庭から一歩外に出て受験生の様子を探っていた。手を日除けにして庭一面を見渡す。


「レン!何ボサッとしてるのよ?」


「行かなくていいんですか?」


 シエルとノエルがレンに話しかける。武術に自信ない者以外は皆果敢にルドルフへ攻め入っていた。


「僕、魔法って見るの初めてなんだ。エイリールじゃ母さんくらいしか使えないし、使ってるの見たことなかったから」


「なるほど……ってそうじゃなくて!こんなのんびり見物してていいのかって訊いてるのよ」


「だって、時間はまだまだ一杯あるんでしょ?10時間もずっと挑み続けてたら疲れて倒れちゃうよ」


「た、確かにその通りです。じゃあ最初はルドルフ様の動きをよく観察して……」


 ノエルがルドルフに注目し、そして絶句した。

 見えない。動きが、ではなく。ルドルフの身体がほとんど見えなかった。まるで霧のようにうっすらと現れては消える。全ての動きが速すぎて目で追える次元を超えていたのだった。


「す、すごいです……アレが現役最強と呼ばれる冒険者の動き。ぜ、全然参考になんてならないですよ……」


「そうなんだ。また後で見よっと」


 レンはルドルフそっちのけで魔法を撃つ受験生達を見ていた。シエルとノエルは顔を見合わせて苦笑する。


「火の精霊一柱 鏃となりて敵を討て」


「水の精霊一柱 鏃となりて敵を討て」


 受験生は様々な属性の初級呪文で遠距離から攻撃するが、いずれもルドルフの残像すら掠めない。


「炎の精霊三柱 集い交わり敵を貫け」


 その時、飛び交う魔法弾の中でも一際大きな火柱がルドルフ目がけて伸びる。


「おっと」


 ルドルフは半身を翻して避ける。火柱はその勢いのまま庭の地面にぶつかり、軽く燃え上がって消えた。


「へえ。中級呪文をもう使える子がいるなんてね。おまけに中位精霊との契約も。今のをくらったらヤバかったろうな」


 ルドルフは魔法を放った生徒を見る。カルロスだった。片手を前にかざし、もう片方の手でそれを支えて立っていた。全力で走り回ったかのように息が上がり、汗が溢れている。


「ち……ッ」


 カルロスは両膝を突き、軽く舌打ちをした。


「カルロス様!」


 取り巻きの2人がカルロスを担ぎ上げる。


「やるじゃないか君。今のところ一番見どころあるよ」


 ルドルフが手を振るのもお構いなしに、カルロスを連れた2人は庭の外に出る。試験監督が小さな瓶に入った液体をカルロスにゆっくりと飲ませた。


「アレって……もしかしてポーション?」


「当たり前じゃない。あの魔法、確かにすごい威力だったけど一発でガス欠起こしてるようじゃまだダメね。ノエルの魔法の方が強くてカッコいいわ」


「え!ノエル魔法使えるの!?」


 レンがノエルに羨望の眼差しを向ける。ノエルは真っ赤になって目を逸らした。


「え、えとえと。一応雷と水の魔法が、使えます」


「すごいや。ちょっとやって見せて!」


 ノエルは躊躇ったが、レンの目がキラキラと光るので断り切れなかった。


「で、では……」


 ノエルは覚悟を決め、詠唱に集中するため深呼吸した。


「雷の精霊十七柱 集い降りて大地を焦がせ」


 ノエルの周りにバチバチと音を鳴らす光球が現れ、ルドルフの頭上へと集まった。


「おお!落雷(ライトニング)か!」


 ルドルフは直前の受験生の攻撃を避けた勢いでもう一歩前に跳んだ。


 バヂッ ドゴォォォン


 耳を左から右へ貫くような轟音と共に視界を奪う強い光が放たれた。数秒の沈黙が流れ、視界が戻った受験生達は、その景色を見て絶句した。

 庭の中央に穴が空き、その周りが黒焦げになっていた。


「ひゅー……危なかった」


 ルドルフは近くにいた生徒達を咄嗟に庇っていた。


(上位属性の雷魔法が使えるなんて……しかも十七柱か。すごい才能だけど、この威力じゃ他に僕の近くにいた受験生が被害に……)


 ルドルフは庇いきれなかった受験生の安否を確かめる為に辺りを見渡した。


「すっごーい!」


 レンの声に振り向くと、ルドルフはぎょっとして固まった。

 レンの周りには、ノエルが落雷を放った時にルドルフの近くにいた受験生が横たわっていた。落雷の衝撃で気絶したようだが、身の回りにはダメージを負った痕跡がない。


(庇っ……たのか?僕以上のスピードで?)


「凄いねノエル!本物の雷みたいだったよ!でも、味方に当たると危ないから気を付けてね」


「ご、ごめんなさい!一応手加減して撃ったつもりだったのですが……」


 ノエルはぺこぺこと腰から頭を下げる。

 それを見ていた受験生達の心情はひとつだ。


『あれで手加減……?』


「さあて。派手なのが一発出たところでちょっと休憩にしようか。ちょうどお昼だし」


 ルドルフの言葉に呼応するように正午を告げる鐘が鳴る。受験生達は大小様々な傷を負いながら戦場と化した庭を抜け出した。


「魔法……すごいなあ……!」


「はあ……ノエル。あんたやり過ぎ。午後からは使っていい魔法だけ教えてあげるから」


「本当にごめんなさい……」


 無傷で退場する3人を、ルドルフはじっと見つめていた。

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