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一話 花街の少年



「行ってきまーす!」


 夢幻郷エイリール。王都の成人男性で知らぬ者はいないとすら言われている花街で最大の人気を誇る風俗店。

 そんな人の欲望が渦巻く夢の園から、1人の少年が飛び出した。

 名はレン・フリート。10年前にエイリールのとある嬢が街はずれで拾ってきた赤子だった。

 10歳となったレンは、今日行われるとある試験に臨むべく会場へと向かっていた。


「おはようレン坊や。今日が試験かい?」


「バジルお婆ちゃんおはよう。そうだよ」


「ヒッヒッヒ。今日のお前さんの運勢は最高じゃ!絶対に受かるぞい」


 レンに話しかけてきたのは占い師のバジル。占い歴60年の大ベテランだ。

 バジルは手を挙げ、優しい笑みを浮かべてレンを見送った。


「レン君。試験頑張ってね」


「頑張れよレン!」


「受かってくるんじゃぞ」


「うん!」


 街の人々の声援を背中に受け、レンは試験が行われる王城へと駆け出した。




 ☆




 ヴラフト城。普段は王への御目通りをする者以外立ち寄らないこの城だが、今日は朝から人でごった返していた。

 試験会場に着いたレンは門番に受験板を提示する。


「うむ。では頑張り給え」


「ありがとう!」


 レンはぺこりと頭を下げ、建物の中に入った。自分の受験番号が書かれた席を探して座る。

 本日行われる試験。それは冒険者養成学校の入学試験である。

 冒険者とは、この世の謎を探求する職業のことで、冒険者という職業が誕生してから今までに人類の技術や文明に与えてきた影響は多大なものである。冒険者になるということは、そうした歴史に名を刻み得る偉大な功績を手にするかもしれないということでもある。


「おらおら!道を開けやがれ!」


「カルロス様のお通りだ!」


 レンが本を読んで時間を潰していると、入り口の方が何やら騒がしい。見ると、豪華な服装の少年とその取り巻きらしき2人の少年が騒ぎの渦中にいた。


「フン!今年の受験生は貧乏人ばかりだな!高貴な生まれである俺様のライバルに相応しい相手が全く見当たらんとは」


「仕方ありませんよ!公爵家に名を連ねるシュナウプト家の長男であるカルロス様のライバルなんて滅多にいませんから!」


「そうですよ!この試験もぶっちぎりのトップで主席合格に決まってます!」


 そんな会話を大声で繰り広げながら、3人は一番前の席にどっかりと座った。


「ちょっと!」


 そんな喧しい3人に話しかける少女が1人。バンと机を叩いて3人の口を閉じさせた。


「貴族様だか公爵家だか知らないけど、少しは周りのことも考えなさいよね!試験に向けて勉強してる人もいるんだから!」


 少女はそう言うとレンの方をチラリと見た。本を開いているレンを勉強していると思ったらしい。


「ハン!くだらん!今更悪足掻きするような連中なぞ、初めから見込みのない奴なのさ!」


「なんですって!」


「おい!馴れ馴れしくカルロス様に話しかけるな平民風情が!」


「アンタだって平民でしょうが!それに私はねえ……なんでもない」


「俺たちはカルロス様に選ばれた親衛隊だ!一緒にするな!」


「とにかく!なんでもいいから静かにしてよね!妹が怖がって集中できないのよ!」


 少女のすぐ近くの席では、大人しい印象の少女が申し訳なさそうに目を伏せていた。


「何故俺様が平民如きに気を遣ってやらねばならんのだ?本来ならば貴族と平民で会場を分けて貰いたいとすら思っているのだ。それを我慢して来てやっているのだからありがたく思え」


「この……ッ」


「駄目だよ」


 少女が握った拳を、レンはそっと掌で包んだ。


「きゃっ!?」


「な、なんだ貴様!いつの間に……!?」


 少女とカルロスは驚いた。彼らのとばっちりを恐れて誰しもが遠巻きに騒動を眺めていたはずだというのに、その少年は突然現れたのだ。

 大学の講義室程度の広さの試験会場で、ほぼ反対側にいたレンは、一瞬でその差を詰めて少女の拳を止めたのだった。


「女の子が乱暴しちゃ駄目だって、母さんが言ってたよ。それに、これから一緒に試験を頑張る仲間なんだから、大切にしないと」


「……は、はあ!?仲間?何言ってるのよあなた?」


「フン!誰が貴様らのような下品で貧乏で哀れな平民などと仲間になるか!」


「でも、入学したら毎日顔を合わせるんだよ?それなら、今の内から仲良くしておいた方がお得じゃない?」


 レンの言葉に、場は静まり返った。突拍子も無い台詞を理解するのに全員が頭を動かして無言になったからだ。


「入学したらって、今日の試験に合格できるかどうかもまだ分からないのに……」


「でも、合格する為に来たんでしょ?」


「!」


「なら、一生懸命やればきっと合格できるよ。そうしたら僕たち同じ学校の仲間になるんだ。楽しみだなあ〜」


 レンは少女の拳を離し、自分の席へと戻っていった。直後に試験監督の教師が入ってきたため、騒動はなあなあに終息した。


(仲間って……あなたもう受かることしか考えてないじゃない)


 少女は手の甲に残るレンの暖かさに心が落ち着くのを感じ、気を取り直して席に着いた。カルロス達も恨みがましい視線だけ飛ばして大人しく着席する。


「受験生諸君。これから我が校への入学試験を始める。一日目である今日は筆記試験。その試験監督を務めるマリアナ・ソルディーネだ。よろしく」


 マリアナと名乗った女教師はキリッとした視線を教室中に飛ばす。数名の女子受験生から吐息が漏れたが、マリアナは構わず進行した。


「──という訳で説明は以上だ。質問は……ないな。では用紙を受け取った者から試験を開始してくれ」


 マリアナが言い終わると、筆を走らせる音が次第に大きくなっていく。


「…………」


 レンは用紙を受け取り、問題に目を通して解答を記入した。

 5分後、全ての解答を終えたレンは見直しを何度かした後、筆を置いて机に伏せた。


「受験番号582番。体調でも悪いのか?」


 それを見たマリアナがコツコツと靴音を立てながらレンに近付く。本心から体調を心配しているのではなく、何のつもりだと言わんばかりの威圧的な口調だ。


「いえ、もう全部終わりましたので。他にやることがなくて」


「何……!?ちょっと見せろ!」


 マリアナはそう言ってレンの解答用紙をひったくるように取り上げ、目を通した。


「こ、これは……なるほど。おい、君はもう帰っていいぞ」


 マリアナの言葉に、受験生と他の監督教師がざわめいた。


「静粛に!これ以降の私語は如何なる理由があっても不正行為と見なす。他人を気にかけている暇があるなら試験に尽力しろ」


 マリアナが場を収めるのを尻目にレンは試験会場を後にした。




 ☆




「思ったより早く終わっちゃったな〜」


 城下町の噴水広場でレンは暇つぶしをしていた。

 噴水の縁に座り、脚をぶらぶらさせながら青空を仰ぐ。


「さっきの子……名前なんて言うんだろう?」


 レンは試験前に騒いでいた少女のことを思い浮かべた。カルロス程ではないがとても綺麗な身だしなみをしており、何処かの貴族か有力商人の娘だろうと思わせる外見だった。


「まあいっか。試験が終わったら訊いてみよっと。それまで王都探検だ!」


 レンは噴水から降り、露店や武器屋のある商店街へと走って行った。


「レン君!試験はどうしたの?」


 自分を呼ぶ声に振り向くと、エイリールの従業員であるビアンカが驚いた顔でこちらに歩み寄ってきた。


「うん。もう終わっちゃったから暇つぶししてるの」


「もう終わったって……始まってから10分くらいしか経ってないじゃないの。いいの?」


「分かんないけど、監督の先生に見せたら帰っていいって言われたから。それに簡単だったし多分全部合ってるよ」


 レンは自信満々に胸を張った。ビアンカはそれを見て右手で頭を抱えてため息を吐いた。


「ビアンカお姉ちゃんどうしたの?」


「私が受けた時は2時間なんて短か過ぎ!って思ってたのに……まあレン君あんなに頑張って勉強してたしね。なんか悔しいけど仕方ないか」


 ビアンカは数年前の自分をあっさり超えられた気がして落ち込みながらレンの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「えへへ……冒険者はずっと夢だったから、絶対に合格しようって思って」


「昔から一度覚えたことは忘れなかったもんね。それじゃあせっかくだし買い出し手伝ってくれない?もう今日は暇なんだよね?」


「うんいいよ。でも、みんなの試験が終わったら一回お城に戻ってもいい?」


「いいわよ。どうして?」


「気になる子がいるんだ。試験の前にちょっとしかお話できなかったからもっと話したいんだ」


「あら。女の子?レン君たら顔に似合わず手が早いのね〜」


 そんな雑談を交えながらレンはビアンカに付いて買い出しの荷物持ちをする。

 正午の鐘が鳴ると、王城からちらほらと受験生が出てきた。


「いっけない!ビアンカお姉ちゃん。僕もう行くね」


 レンは荷物を任せ、王城へと急いで戻った。門の前まで来ると、2人組の少女とばったり出会う。


「あ、さっきの」


「…………」


 大人しめの少女は活発そうなもう1人の少女の後ろに隠れた。


「こんにちは。僕レン・フリート。君達の名前は?」


「私はシエル。シエル・エリーゼ・ウィンロードよ。ほら、ノエル」


「うぅ……えと、ノエル・ロゼ・ウィンロードですぅ」


 シエルははきはきと、ノエルはおずおずと自己紹介した。


「よろしくね。2人は姉妹なの?」


「ええ。双子だから同時に10歳になって試験を受けに来たの。さっきはありがとうね」


「さっき?」


「カルロスだかいうお偉い坊ちゃんに絡まれてた時よ。ノエルがビクビクしてたからなんとかしなくちゃって思ったんだけど、あそこで手を出したら後々厄介なことになってたなって思って。レンが止めてくれて助かったわ。ノエルもちゃんとお礼言いなさい」


「あ、ありがとうございました」


「ううん。(ノエル)の為に男の子3人にも立ち向かえるって凄いね。試験はどうだった?」


「あー……まあ多分大丈夫。ギリギリ。ノエルは頭いいから余裕でしょうけど」


「そんなこと……」


「そういやレンはすぐに終わっちゃったっけ?あのカルロスってのも口だけじゃなさそうだったし、簡単にはいかなさそうね」


 シエルは困ったように片眉を下げて短くため息を吐く。


「大丈夫だよ。母さんがよっぽど悪くなければ絶対受かるって言ってたもん」


「へえ。レンのお母様ってどんな人なの?フリートなんて姓はこの辺じゃ聞かないけど」


「ああ。僕、母さんとは姓が違うんだ。赤ちゃんの時に拾われたって言ってたかな」


「あ、その、ごめんなさい!お姉ちゃんが失礼なことを聞いちゃって……」


「別に失礼じゃないよ?それで、母さんはロマーニャ・エウレザルって名前だよ」


「ロマーニャ……って、どっかで聞いたことあるような」


「有名な方なんですか?」


「どうなんだろ?花街の中では売れっ子って自分で言ってたけど」


 花街という単語に、姉妹の顔が赤くなっていく。


「は、花街って。そう言えばお父さんが商売相手のおじ様と話してたわ。えっと……レンのお母様は、その、そこで働いてるってこと?」


「うん。僕もそのお店に住んでるんだ。両親が誰かも分からない、名前しか知らない僕のことを今までとっても大事に育ててくれた」


 レンは首のペンダントに手を伸ばした。二本の十字架が交差して八方に伸びた形のペンダントの裏にはレン・フリートと彫られている。


「レン……ごめんなさい。貴方のこと、生まれた場所だけで悪く見ちゃった」


「いいよ。今はそう見えてないんでしょ?」


 レンの明るい声に、シエルは頷いて安心した。


「試験は明日と明後日もあるんだよね。絶対にみんなで合格して冒険者見習いになろうね!」


「うん!私たちも精一杯頑張るから、レンも頑張って!」


「が、頑張りますぅ……」




 ☆




「うふふっ」


 レンと別れたシエルとノエルは、送迎の馬車の中で楽しそうに笑っていた。


「お嬢様。何か嬉しいことでもあったのですか?」


 2人の世話係である執事のオズベルトが尋ねる。


「今日ね、とっても楽しそうな男の子に会ったの。レン・フリートっていう名前なんだけど。2時間の筆記試験をたった5分で終わらせちゃったのよ」


「ほう。それは珍しいですな。冒険者育成学校の試験は決して難しくはないですが、それでも試験監督に途中退室を許可される程の学力とは」


「レン様は私が公爵家の方を怖がっていた時にそれを止めに行ったお姉ちゃんを助けてくれたの」


「ほっほ。シエル様は元気がよろしいことで」


「むぅ。だって気に入らなかったんだもの。ただいばり散らすだけの男なんて最低だわ」


 シエルは頰を膨らませて馬車の外を睨んだ。


「ご主人様は商人としての手腕ひとつで男爵の地位にまで上り詰めたお方ですからな。実力主義はお父様譲りということで」


 帰りの馬車での会話は弾んだ。オズベルトは試験前の見送りで緊張していた2人が嘘のように笑顔を振りまく様を見て、大層喜んだ。


(レン・フリートですか。後で調査しておかねばなりませんな)

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