第15話 それぞれのクエスト ノエル編
ノエルは王都でも有名な占い師の館に来ていた。
「ヒッヒッヒ。よう来たねぇ。私がこの館の主バジル・グリモアだよ」
「は、初めまして。お世話になります。ノエル・ウィンロードです」
ノエルは深々と頭を下げる。
「ウィンロードね……クラウスの坊やは元気かい?」
「父をご存知なのですか!?」
ノエルは意外な返答に思わず聞き返した。
「ヒッヒッヒ。奴がヒヨッコの頃はよく占ってくれって泣きつかれたもんさ。今じゃあてんで来やしないよあの恩知らずめ。一体誰の助言で1000万バリの金が動く商談を勝ち取れたと思っているのやら……」
その後もバジルの長話をノエルは苦笑しながらジッと聞いた。
話し尽くしたバジルは満足したように茶を啜る。
「さて。ここまで私の長話を聞いてくれたのはアンタで2人目だ。他の奴は途中で逃げ出しちまうからね」
「は、はぁ……」
「それだけ忍耐力のあるアンタになら任せられそうな仕事があるんだ。奥へおいで」
バジルは妖しい笑みを浮かべて店の奥へ手招きしながら消えていく。
ノエルは恐る恐るついていくと、その奥には人ひとりがやっと座れるくらいの小部屋に案内された。薄暗い部屋には椅子と台があり、台の上には固定された丸い透明な球体が置いてある。
「これは、水晶玉……?」
「ああ。まだ占いには使えないがね」
「使えない?」
「そうさ。占いってのは感覚を研ぎ澄ませたその先……超感覚によって結果を享受する。生身ではその深淵に辿り着くには厳しいのさ。だからこうして道具を使って補助してやる必要があるのさ。水晶玉は主に物理的感知……失せ物や人捜しなんかに使う一番基本的な道具なんだよ」
「なるほど。探知系魔法の術式を付与すればいいのですね」
「その通りさ。アンタの苦手な魔法だろうけど、できるかい?」
「はい!やってみます!」
ノエルは椅子に座り、両手を水晶玉に翳して目を閉じた。
「ヒッヒッヒ。せいぜい頑張るんだね」
バジルはそう言って店の表に出て行った。
(あれ……?そういえば……)
ノエルにふと、疑問が浮かんだ。
(バジルさん……どうして私が魔法を使えることや探知系魔法が苦手なことを知っていたんだろう?)
☆
「こ、これくらいかなぁ……?」
ノエルは一息つき、目の前の水晶玉を見た。
水晶玉の中には霞のような可視化された魔力が漂っている。
「終わったみたいだねぇ」
見計らったかのようなタイミングでバジルが顔を出した。
「と、とりあえず一通りは組み込めたと思います」
「どうれ。フム……ほぉ……」
バジルは水晶玉を取り上げ、目を皿にして全体を眺め回した。
「ふん。初めてにしては悪くないね。だがまだまだ商売には使えない。精進することだ」
「はい!えへへ……」
「何が可笑しいんだい?」
「いえ。魔法のこと、しっかり評価してくださったのが嬉しくて。今まで周りに魔法の良し悪しが分かる人が先生しかいなかったので、バジルさんで2人目なんです」
「そうかい。アンタも2人目なんだねえ。ヒッヒッヒ。占いの通りだ。今日はいい日になりそうだ」
バジルは心から楽しそうに笑う。それを見てノエルもほっとして肩の力が抜けていく。
「ノエルとか言ったかい。アンタ、しばらくウチに来な。そこそこ見込みありそうだ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
ノエルはぱあっと顔を輝かせて答える。
その後も幾つか占い道具についての講義を交えながら占いと魔法との繋がりを理解していく。一通り話し終える頃にはすっかり日が暮れていた。
「今日はこのへんにしとこうか。続きはまた明日だ」
「はいっ!ありがとうございました!」
ノエルは学んだことを反芻しながら帰路に就いた。
「あれがレンと同じ年に入った娘かい。全く。とんだ掘り出し物だね」
バジルは、ノエルの後ろ姿を妖しく光る眼で眺めていた。
「この様子じゃ他にも侮れないヒヨッ子がうじゃうじゃいそうだね。どうりで」
バジルは机の上に並べられたカードに目を落とす。
「どうりで未来がざわつくはずだ。そう遠くない未来がね。ヒッヒッヒ……」
気まぐれな風が店を通り抜け、運命を暗示するカード達を無造作に吹き飛ばしていった。