第十三話 いいこと
「俺達を倒すだあ……?冗談てな人を笑わせるために言うもんだぜガキ?ナメてっと」
「まずはあっちからだね」
「聞けや!……ってアレ?」
盗賊の頭はレンを見失った。直前まで緊張感もなく話していた少年の姿は忽然と消えている。
「ぐあ!」
短い悲鳴に振り向くと、ウィンストンの息子、カルネを捕まえていた下っ端の1人がふわりと宙に浮き、後方に倒れた。
「さ、安全なところに」
「あ、ああ。ありがとう!」
カルネは怯えつつも礼を言い、父親に駆け寄って背中に張り付くように縮こまった。
「無事みてえだな。ったく。だから少しは稽古しとけっつったんだよ」
「クソガキが!余計なことしやがって!」
優勢を若干崩された盗賊の頭は激昂し、レンに襲いかかった。数人は再び親子を人質に取ろうとするが、父親の見事な立ち回りに迂闊に近付けない。
「凄いや。おじさん元冒険者の人?」
「呑気にくっちゃべってんじゃねえ!」
盗賊はレンめがけてナイフを振り回す。しかし、小さくすばしっこいレンには掠りもしない。
「は、疾えぇ!何モンだこのガキ!?」
「あ、そういや言ってなかったっけ」
(そうだ。お母さんに習ったカッコいい名乗り方を試してみよう)
レンは一瞬目を輝かせると、盗賊の頭の背後に回り込む。
「なっ」
見失った隙に足払いをかけ、転ばせる。
「やあっ!」
レンは跳躍し、追い打ちをかけるように後頭部に全体重をかけた飛び蹴りを浴びせた。
「ぐえっ!」
趣味の悪い楽器のような声を上げ、盗賊の頭は意識を失った。
「えっと……ヤアヤア遠からん者は音に聞け!近くば寄って目にも見よ!我こそは……そうそう。新米冒険者見習いレン・フリート!」
思い出しながら大声で言うと、戦闘で全く使わなかった腰の剣を抜き、天高く掲げた。
「そんな……カシラが一瞬で……?」
「追放されたとは言え元Bランク冒険者の頭があんな簡単に……何者なんだこのガキ!?」
「さあ、大人しくしてね。じゃないとこの人みたいになっちゃうよ?」
レンは足元で痙攣している盗賊の頭を指差す。ガチャガチャと短剣や矢筒が地面に落ちる音と共に、盗賊団たちは両手を挙げて無抵抗を示した。隙を見て後ろ手にナイフを構えた下っ端の1人が一瞬で鎮圧されるのを見て、男たちの僅かな対抗心は完全に消しとんだ。
「うん。これでもう襲われることはないね」
「た、助かったぜ坊主。しかし、10才ってこたぁまだ入学したてだろ?とんでもねえ強さだな……」
「す、凄いや。やっぱり冒険者ってのは」
戦闘の終了を確認し、親子がレンに話しかける。
「えへへ。危ないところだったねおじさん達」
「俺はダリウス・ウィンストン。こっちのドラ息子はカルネラス・ウィンストンだ」
「カルネって呼んでくれ。冒険者見習いってことは、俺達の救助を見て来てくれたんだよな?」
「あ、そうそう。馬車の修理を……ってあれ?」
レンは本来の目的を思い出し、担いできたはずの袋が無いことに気付いた。
「修理用の資材をギルドから預かって来たんだけど……何処に行っちゃったかな?」
「も、もしかして……アレ?」
カルネが恐る恐る指差した先には、数十メートル先に放り投げられたように捨てられている白い袋があった。
猛スピードでここに到着したレンは、ブレーキをかける際に手元の袋がすっぽ抜けてしまったのだった。
「あちゃ〜……壊れてないといいけど」
レンは急いで袋を拾い、中身を改めた。
「う、う〜ん……」
「ど、どうなんだ坊主?ここまで来て修理できませんじゃ困るぜ?」
「た、多分大丈夫のはず。王都までは保つと思うよ?」
「うわっ!軸にヒビが……スポークも何本か折れちまってるよ。こりゃ本当に王都まで保つかどうかだぜ?」
「あうぅ……ごめんなさい。初めてのクエストなのに失敗しちゃった」
レンは張り切っていた分、深く落ち込んだ。見習いとは言え、夢だった冒険者として初めての仕事にケチが付いたのだ。
「だがまあ、坊主が来なけりゃ今頃俺たちどうなってたか。坊主なりに頑張った結果じゃねえか。あんま落ち込むな。な?」
あまりに落ち込むレンを見兼ねたダリウスはそう言ってレンの頭にポンと手を置く。
「そ、そうだよ。レン君が来てくれなきゃ俺、殺されるかも知らなかったんだぜ?命の恩人だよ!」
「うぅ……ありがとうございます」
「い、いいってことよ!それより、さっさと修理しちまおうぜ。レン君も手伝ってくれるよな?」
「はいっ!僕にできることならなんでもします!」
レンは気持ちを切り替え、クエストを全うすることに集中した。
カルネは部品を受け取ると、てきぱきと車輪を組み上げ、破損した部分と換装する。
「親父、石と糊草を」
「おう」
親子は手慣れた手つきで換装と修繕をしていき、あっという間に荷馬車が元通りになった。
「す、すごいや。職人芸って奴だね」
「まあね。腕っ節は全然駄目だけど、こういうのは得意なんだ」
「どんな奴にも取り柄のひとつってのはあるもんだな。正神様にゃ感謝しねえと」
「んだよその言い方は?人間できねえこともできることもあるんだっての」
「何を生意気な……ところで坊主。アイツらはどうすんだ?」
ダリウスは街道の外れで大人しくしている数人の盗賊達を後ろ手に指差した。
「そっか。あの人たち捕まえなきゃいけないのか。どうしよっかな……」
「馬車に詰め込むにゃちと多いな。かと言って置いてっちゃ意味がねえし」
3人とも腕を組んで唸る。
「ん?誰か来るよ」
レンは遠くから聞こえる音に耳を澄ませた。馬の蹄が地を蹴る音だ。
「おーい!無事かー!」
声の主はガイドラだった。片手で手を振りながら、もう片方で馬車の手綱を握っている。
「ガイドラさん!」
「おうレン!無事みてぇだな!」
「なんでガイドラさんがここに?」
「お前がギルドの集会所から飛び出して行くのが見えてな。事情を聞いて俺も後を追ったんだ。ま、取り越し苦労みたいで良かったぜ」
「…………」
レンは絶句してガイドラに尊敬の眼差しを向けた。
「な、なんだよ?どうかしたか?」
「……やっぱりガイドラさんは凄い人だよ。ちょっと知り合っただけの僕なんかの為にここまで来てくれるなんて。それに馬車のスピードだったら、僕が飛び出してすぐに追わないとこんなに早く合流できないもんね」
「ん。まあ、な。知り合いの駆け出し冒険者が初めてのクエストで何かしらしくじる確率っつーのは低くねえ。盗賊団のいる方に向かったとなりゃ尚更だ。前途有望な後輩クンに何かあったら飯が不味くなっからよ」
ガイドラはぽりぽりと頰を掻いて視線を逸らしてはにかんだ。
「さ、それよりさっさと帰ろうぜ。もうすぐ完全に日が暮れちまう」
「うん!」
ガイドラはウィンストン親子と話を済ませ、縛られた盗賊団を馬車に乗り込ませた。見張りとしてレンが同乗すると聞くと、盗賊達は完全に希望を失ったような顔をした。馬車の中で逃亡の計画でも練ろうとしたのだろうか。ガイドラが改めて縄をきつく縛り、気絶しているリーダーには特に身動きひとつ取れないように縛り上げた。
「おじさん達はどうして盗賊をしてるの?」
帰りの馬車に揺られながら、レンは側にいた盗賊の男に尋ねる。
「俺ァ貧乏な村の生まれでよ。ある年の飢饉で口減らしの為に捨てらちまったんだ。頼る所もなくて、ひもじくて、心細かったなあ。そんなときにカシラに遭ってよ。カシラは何も言わず俺に食いモンと水をくれたんだ」
「俺も似たようなモンだぜ」
「俺は魔法の素養があったんだが、それを妬んだ兄貴に殺されかけてよ……」
「俺は冒険者だったんだが、カシラの生き様に惚れてな……」
「ふーん。みんな他にできることが無かったからなんだね」
「「「雑にまとめんな!」」」
馬車が総員のツッコミで揺れる。
「なら、他にやることがたくさんあればみんな盗賊なんてしなくて済むんだね」
「そりゃあ……」
「まあ」
「楽しいっちゃ楽しいが、悪いことってのは分かってるしなあ」
盗賊達は各々の罪悪感から俯いた。
「同情なんかやめとけよレン。こいつら山道の治安維持だとか山狩りしてるだけなのを魔物の間引きだとか行って通行料をせびるような奴なんだぜ?手前を正当化できるなら何やっても構わねえような奴らなのさ」
「なるほど。じゃあ本当にそれをして貰えばいいんじゃないかな」
「あん?どういうことだ?」
「山道が危ないのは本当のことでしょ?チャージボアとかウィンドディアみたいな山に棲む魔物って危険だし。道を広げたり整備したり、他の盗賊団が拠点にしないように見張ったりすればこの道も商人さん達が安全に通れるんじゃないかな」
「なるほどな。しかしこんなチンピラ共を信用できるのかね?できたとして働かせる給料は誰が払うんだ?」
「そっか。働いてくれるんだからお金とか渡さないとだもんね。うーん……」
レンが考え込むと暫くは馬車の揺れる音だけになった。
「国とか」
盗賊の1人がぽつりと呟いた。
「仮にその仕事をするとして、得する奴らが金を払うのが道理だろ?なら王国か商人ギルドみたいなとこが金を出せばいいんじゃないか?」
「なるほど!そうすれば問題ないね!」
「ケッ!俺は嫌だね!」
若い盗賊が床を蹴って反対する。
「俺らは盗賊だ。どうせ世間のはみ出し者の集まりなんだ。それを今更王様だか商人様だかに認められたって嬉しかねえや」
「そ、そうだ……」
「俺だって盗賊を好きでやってんだ」
「善人ぶるなんて今更ご免だぜ」
盗賊達が口々にざわつく。レンの思うままに事が進むのを面白くないという矜持が男達に改心を許さないでいた。
「じゃあそういう人は仕方ないね。王都で処刑して貰うしかないや」
レンの言葉に一同が凍りついた。
「へ、ヘン!そんな脅しにゃ屈しねえぜ」
「いや。でも自然に考えりゃそうなるよな」
「俺たち結構名の知れた盗賊団だしな……」
「処刑って、し、死刑とかか?」
「どうなんだろ?ガイドラさん分かる?」
「そうだな。ひょっとしたら他の盗賊団の居場所を効き出すために毎日拷問されるかもよ」
ガイドラの一言で盗賊達は完全に怯えきってしまった。
「し、死にたくねえよ!」
「死ぬよりつれぇ……」
「お、俺なんだってやるぜ!これからなんでも!」
レンはガイドラをチラッと見た。後ろ手に親指を掲げている。どうやらガイドラの作戦だったらしい。
「おじさん達」
あれこれと嘆いていた盗賊は一斉にレンに注目した。
「たくさん頑張った日のご飯ってすごく美味しいよね?」
数人がゆっくりと頷く。
「みんなと仲良くおしゃべりしてるととっても楽しいよね」
次第に頷く人数が増えていく。
「大切な人の為に頑張ると気持ちいいよね?」
その場にいた全員が頷いた。野盗だろうが人攫いだろうが、全ては生きるため。自分や仲間を生かして行くために命を張ってやっているのだ。
ある者はそうした日々を、またある者は盗賊へ身を落とす前の暮らしを思い出し、湿っぽい空気を醸し出していった。
「おじさん達は盗賊になっちゃったけど、それは仕方ないことだったんだよ。盗賊をするのが好きな人も居ていいと思うんだ。だけど、誰かの命を守る為に頑張って、それで貰ったお金でみんなと一緒に食べるご飯はすごく美味しいんじゃないかって思うんだ」
レンの言葉を否定する者は誰一人としていなかった。
「小僧。お前の話は、俺達には眩し過ぎるんだよ」
いつの間に気が付いていたのか、盗賊の頭が静かに呟いた。
「俺達は、いや、俺は手を汚し過ぎた。今更後戻りはできねえさ」
盗賊の頭は自嘲気味に笑った。冒険者として名を馳せたあの頃と今を比べ、あまりにもかけ離れ過ぎている事実に向き合うことすら馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。
「できるよ!」
レンの顔が突如目の前に現れた。盗賊の頭は驚いて動けぬままにのけぞった。
「できるよ、きっと。おじさん達なら」
「……何を根拠に?」
「なんとなく!」
毅然と言い放つレンに、一同は唖然とした。
「僕もお手伝いするからさ。これから一緒にがんばろうよ。こんなところで終わるの勿体ないよ!」
「!」
『ギーグさん辞めちゃダメだよ!こんなところで終わるの勿体ないよ!』
盗賊の頭──ギーグの脳裏に、とある少女の言葉が浮かび上がった。
B級冒険者ギーグ・ベルセリオン。聖銀のナイフを巧みに扱うことから『銀牙』の異名で知られていた。そんな彼が盗賊に堕ちることになったのは、一人の少女の不幸を肩代わりする為だった。
「…………眩しいぜ、チクショウ」
ギーグは栄光に満ち溢れていた過去を振り返り、静かに涙を零した。