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第十二話 はじめてのクエスト



翌日。まだ静かで薄暗い早朝に学生寮から生徒が1人出てくる。

ミゲルだった。動きやすい軽装で何も持たず、寮の脇にある雑木林を抜けて木々に囲まれた広場に出る。

地面の感触を確かめるように踏み締め、納得したように頷くと、習った拳法の型を思い出しながら鍛錬を始めた。叩きつけるような踏み込みの音が辺りに響く。その音が迷惑にならないよう昨日のうちに良い修行場を見繕っておいたのだった。


「ふっ! はっ!」


拳、肘、脚を虚空に描いた敵に叩き込む。

ミゲルは庶民の中ではそこそこ裕福な家の出身だった。贅沢はできなかったが、日々の生活に困ることは何も無い。そんな毎日に少しだけ刺激を与えてくれたのが、夢幻崩拳ムンフゥァン・ボンチュァンと名乗る小汚い浮浪者だった。ミゲルはその男の下で拳法を習い、武器を持たずに闘う術を学んだ。


(師匠。いつか必ず、この拳をアンタに打ち込んでやる……!)


山際の光がひとつに収束しだした頃、ミゲルは鍛錬を終えて寮へと戻ることにした。


「……49995!」


ミゲルは遠くに聞こえる声に振り向く。


「この声……まさか」


ミゲルはこっそりと声のする方へ向かい、しげみの陰から覗き込んだ。

予想通り、声の主はレンだった。汗を滝のように流し、一心不乱に剣を振っている。


「49998……49999……50000!」


「アイツ……いつから……?」


ミゲルは握る拳の内がじんわりと湿っていくのを感じた。

自分の努力を完璧とは行かないまでも満足はしていた。だが、自分以上の努力を積み上げているレンが、遥か高みに立っているように見えたのだった。

己の鍛錬がまだ甘いことを嘆きながら、レンの実力の一端を知り思わず笑みが溢れた。上には上がいるという言葉の意味を痛感させられたミゲルは足音を消して駆け出す。


「やっぱ、学校(ここ)に来て正解だったな」


「50001……50002……」


ミゲルは修行場へ戻ると、鍛錬を再開した。他の生徒が起き始めるまで、2人は各々の腕を磨いていたのだった。







正午。

午前の座学を終えた生徒たちが食堂へと繰り出し始める。


「レン。今日はいい天気だからお庭で食べましょう?」


「うん、いいよ。それじゃあ後で校庭に集合だね」


昼食は寮の食堂で出されるが、どこで食べるかは指定されていない。学内を見ても、教室の机や校庭で弁当を広げる者や学外へ食べに行く者もいる。


「ヒナ。今日はみんなと校庭で食べることになったんだ」


「かしこまりました坊ちゃん。ではサンドイッチにしてきますね」


男子寮の食堂でレンが告げると、ヒナはぺこりと頭を下げて厨房に消えて行った。


「よう。俺も一緒していいか?」


ミゲルの提案にレンも快諾する。ヒナがバスケットに詰めてくれたサンドイッチを持って2人で校庭に出ると、シエルとノエルが街路樹の木陰で待っていた。


「お待たせ。待たせちゃった?」


「いえ。今来たところです」


「レン。そちらは?」


「初めまして。俺はミゲル・サンフィスト。レンとは昨日知り合ったんだ。よろしくな」


「ええ。こちらこそ」


ノエルとシエルが軽く自己紹介を済ませると、4人は校庭のベンチに腰掛けた。


「午後はクエストの時間だね」


「はい。入学していきなり実地訓練というのが不安ですが……」


「大丈夫だ。伊達に全員最終試験をパスしていない。そうした最低限の能力を計る為の試験でもあった訳だからな」


「そうよ。他の人たちは分からないけど、少なくともここにいる4人ならよっぽどヤバい敵じゃない限り大丈夫よ!」


「早く午後の授業が来ないかなあ〜」


「あははっ。レンは変わらないわね。その前にまずはご飯にしましょ」


各々の想いを胸に抱きつつ、昼休みは穏やかに過ぎていった。ヒナの特製サンドイッチは絶品で、3人が絶賛するとレンは自分が褒められたように誇らしくなった。


「…………」


少し離れた木陰でその様子を見つめる少年に誰も気付かない。







冒険者ギルド:掲示板前


「えー!バラバラになっちゃうの〜?」


レンの嘆きが辺りに響く。


「しょうがないでしょ。マリアナ先生からの指示書の通りクエストを受けないといけないんだから」


「そうですね。それに、先生は私たちの適性に合ったクエストを選んでくださっているので、学ぶ上で効率がいいと思います」


「なるほど。言われてみればな。俺は崩れた山道の舗装支援。シエルは鍛冶屋、ノエルは占い屋の手伝い。ある程度得意なことに関係する仕事に偏ってるな。レンは?」


「僕はね……納品だって。おつかいみたいなものかな?」


「納品?でもレンが任されるクエストなんだし、ただの納品クエストじゃなさそうよね」


「うーん。でも普通みたいだよ。ホラ」


レンは指示書から割り当てられたクエストを探し出し、掲示板から剥がして3人に見せる。


「なになに……ほんとだ。量はそれなりにあるけど、特別なクエストって程でもないわね。届け先も普通のお店みたいだし」


「ひょっとしたら、誰にでもできる余ったクエストを割り当てられたんじゃないでしょうか……?」


「レンの実力を見定められるクエストが無いってことなのかもな。もしくは……っと。考えててもしょうがないな。とりあえず、できることを全力でやるだけだ」


「うん!みんな、頑張ろうね!」


全員は頷き、それぞれの進むべき方向へと向かう。

レンはクエストカウンターに行き、納品する品物を受け取ろうとした。しかし。


「ごめんなさいねえ。まだ届いていないのよ。少し遅れてるみたいで」


中年の受付嬢が困ったように頰に手を当てながら言う。


「そうなんだ。じゃあ、待ってます」


レンはそう言って酒場の一席に腰掛けてしばらく待つことにした。

昼下がり、心地よい日差しに当たったレンがウトウトしていると、何やらギルドの職員達が慌ただしく右往左往している。


「どうかしたんですか?」


「ああ。さっきの学生さんの……実はさっきの納品クエストの件なんだけど。北の街道で馬車が壊れたらしいのよ。それで商品の到着が大分遅れててねえ。ボク、学校の方にはギルドから報告しておくから今日のところは一度出直して……」


「大変だ!僕、手伝いに行きますよ!案内できる人はいますか?」


受付嬢の言葉を遮るようにレンが言い放つ。ギルド職員は急ぎ足を一瞬止め、レンを見た。


「まだ仮だけど、僕も冒険者なんです。きっと力になれると思うんです。だから、手伝わせてください!」


レンは揺るぎない目で受付嬢を見据える。どうしていいか分からずたじろぐ受付嬢に、身なりの特別整った職員の男が近付いた。


「彼…、……だ。おそらく…………ろう」


受付嬢は何やら耳打ちされると数歩退き、男が前に出た。


「キミ、レン・フリート君だね?私は冒険者ギルドヴラフト本店のギルド長を任されているシュバルツ・クーゲライヒという。今の話について、こちらからも頼みたい。馬車の修理ならこちらで手配した者で足りるだろう。だが一つ問題があったんだ」


「問題?」


「馬車が壊れたと報告された北の街道は盗賊の縄張りでな。このままだと……」


「襲われちゃうかも、ってことですね。分かりました。急いで行ってきます!」


「ついでで悪いが、修理機材も持って行ってくれないか?備えているとは思うが、念の為にな」


レンは機材の入った袋を受け取り、大丈夫と言わんばかりに笑顔で頷くと駆け出して行った。







フィリップス街道

ヴラフト城の北部にある山道へと続く大きな街道で、2台の荷馬車が立ち往生していた。


「クソッ!木材が全然足んねえ!」


「どうしよう親父。このまま立ち往生こいてたら盗賊共に……」


「分かってる!だが物がねえんだから仕方ねえだろ。この辺の木は枝は脆くて幹が無駄に太え。急拵えの車輪ひとつまともに作れやしねえのさ」


「そ、そんな!じゃあ一体どうしたら」


「大の男が情けねえ声出すんじゃねえ!それを今考えてるんだろうが!クソ〜……」


行商のウィンストン親子がぎゃあぎゃあと大声で騒ぎ立てる。

このフィリップス街道はヴラフト地方とアシュトン地方を繋ぐ街道で、やや高低差のある山道に繋がっている。事件はその山道で起こった。

小さな山崩れが発生し、大小の岩石がクラーク山から転がり落ちて来たのだ。命からがら逃げ切れたものの、何度も横っ腹に岩をぶつけられた木製の車輪がついさっき限界を迎えたのだった。

ウィンストン親子が主に取り扱うのは特産品や日持ちのする食料品ばかり。とてもではないが馬車の部品2台分の予備を積んでおける余裕もなく、やむなく高価な伝書魔法でギルドに救援を要請したものの他にやることが無くなってしまった。


「王都に報せは飛ばしたが、着く頃には日が暮れるかもな…………!?」


「親父?どうし」


「シッ!荷車に隠れてろ!」


父親のただならぬ緊張に息子も言葉を呑んだ。たった今話題に出ていた盗賊の気配を感じ取ったのだろう。険しい目つきで辺りを見渡す父親を尻目に一目散に荷車に飛び込んだ。


「チッ……おい!こっちゃとっくに気付いてんだ。コソコソしねえで出てきたらどうだ?盗賊団さんよ!」


父親の声に応えるように数人の男たちがヘラヘラと笑いながら出てきた。ある者は木陰から。ある者は岩陰や草のしげみから。荷馬車をぐるりと包囲するように姿を現す。


「ヘッヘッヘ。バレちまったぜお頭ァ……」


「こいつぁたんまり入ってそうだな。三日ぶりの飯だぜ」


「お前ら勝手に手ェ出すなよ!このオッさんとの交渉(・・)が終わるまではなぁ……」


リーダー格らしき男が手を広げて部下を制止する。


「何が交渉だチクショウめ……結局根こそぎ持っていきやがんだろうが!」


「吠えんなよオッさん。俺たちがこれから交渉すんのはアンタらの命まで()るかどうかって話なんだよ」


「……何が言いたい?」


「血ィ見たくなけりゃ大人しく積荷を明け渡しな。そんでこれからこの道を通る度に俺たちに通行料を払え。そうすりゃ息子共々無傷で王都に帰してやらあ」


「ほー。奪うだけが能だと思ってたが、そこまで奪うしか能がねえとはな。薄汚え盗賊に寄生されるくれえなら何匹か道連れにしてやってもいいんだぜ?」


父親の気迫のこもった目つきに数人の下っ端がたじろぐ。


「チッ。ビビってんじゃねえよボンクラ共が!おいジジイ。イキがるのはいいが、あれを見ても同じことが言えるか?」


盗賊が顎でしゃくった先には、ウィンストンの息子が喉元にナイフを突き立てられていた。


「親父!」


「カルネ……!クソッタレが!」


父親が盗賊を睨む。動揺を読み取った盗賊達は先程の予約を取り戻しニタニタと笑う。


「俺たちも無駄に動いてこれ以上腹減らしたくねえんだよ。さあ、返事を聞かせて貰おうか」


「クッ……いいだろう。だが空の荷馬車が帰ってきたのを知れば」


「盗賊団は今度は南へ行くと言っていた、と告げ口してくれりゃいい。当然、約束を果たすまで担保は預かっておくぜ」


「分かった。ただしウチのドラ息子に傷ひとつでもつけやがったら、差し違えてでもてめぇらを殺す。いいな?」


「強かなジジイだな。だが話の分かるジジイだ。気に入ったぜ」


盗賊達が一斉に馬車に群がる。驚いて嘶く馬を父親に鎮めさせ、商人の命とも言える商品に汚い手を遠慮なく伸ばす。


ドドドドドド────


「?何の音だ?」


盗賊達は南から地鳴りのような音がするのを聞きつけ、そちらを見た。遠方で砂煙が舞い上がっている。


「竜巻か?この辺じゃ珍しいが……巻き込まれちゃかなわん。持てるだけ持ってずらかるぞ」


ドドドドドドドドドドドド


「お頭!なんかこっちに来るぜ!」


下っ端の声に全員が視線を向けた。突如発生した竜巻の根元に、小さな人影が見えた。


「なんだありゃ……子供!?」


その正体は、凄まじいスピードでこちらに来るレンだった。全員が何かをしようと思う前に、豆粒ほどにしか見えなかったレンは全身がはっきり見える距離にまで近付いていた。


「これ、ウィンストンさんの馬車で間違いなかったですか?」


レンは両足でブレーキをかけて止まり、壊れた馬車を指差して言った。


「あ、ああ。そうだが」


「良かった。もう大丈夫ですよ!」


レンの笑顔に、父親の顔が一瞬緩む。先程までの絶望的な状況が放つどんよりとした瘴気がさっぱりと晴れたかのように感じた。


「おいガキ!俺たちゃ大人の相談をしてる最中なんだ。怖い目に遭いたくなかったらさっさと帰って母ちゃんの乳でも飲んでな!」


「ええ〜?僕そんなに子供に見えますか?もう10才なんですけど……」


盗賊の恫喝もレンにはどこ吹く風。素っ頓狂な返答に盗賊達も思わず肩の力が抜けた。


「とにかく、邪魔すんだったら容赦しねえぞ。俺たち銀牙団(ぎんがだん)を怒らせて生きて帰れた奴はいねえ……」


「ん?銀牙団……?」


レンは聞き覚えのある言葉に記憶を辿る。


「…………ああ!良くクエストで見た名前だ!ってことはおじさん達が盗賊団の人?」


「気付いてなかったのかてめぇ!トボけたガキだ」


「そっか。なら……倒しちゃってもいいよね」


レンは周りを見渡し、倒すべき敵を確かめた。

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