十話 組分け
入学式を終えた生徒たちは各々の教室へと帰って行った。
「あれ?」
シエル達と合流したレンは生徒達が2つの教室に分かれて入って行くのを疑問に思った。
「どうして分かれちゃうの?」
「入試の成績で分かれてるのよ。100人を超える生徒を一気に教えるのは難しいでしょうからね。それに、成績上位者にはよりレベルの高い授業をするべきだって考えもあるみたい」
「なるほど。僕たち一緒の教室で良かったね」
「はい。レンさんが主席ですから、私とお姉ちゃんも半分より上にはいられたみたいです」
「ノエルは筆記も良かったし、実技でも派手な魔法使ってたから当然よ」
「シエルの魔法も凄かったよ。あの剣、クセが無くてとっても使いやすかったもん」
「ありがとね。でもこれからもっと凄い錬金術を身につけていかなきゃ」
3人はそのような会話を交わしつつ教室の席に座った。すり鉢を三等分したような形状の教室は、1番下が教壇になっており、大きな黒板が貼り付けられている。
生徒達が着席を終えると、間を置かずマリアナが教壇に現れた。
「諸君。改めて入学おめでとう。今年一年諸君らを担任するマリアナ・ソルディーネだ。成績上位者だからといって気を緩めていてはすぐに下の者に追い抜かれる。だが諸君らは幸運だ。私の目の黒い内は慢心や気の緩みなど出来ぬようにしてやろう」
マリアナは鋭い眼光で全員を射抜く。何処か浮かれていた空気がピッシリと重みを取り戻した。
「私が担当するのは主に魔法術だ。魔法基礎理論、魔法史、魔法学概論といった授業を受け持っている。私の担当クラスとして、また、成績上位者として不甲斐ない結果にならないことを期待している。それでは、我が校で守らなければならないルールをいくつか説明していく。まずは────」
マリアナは事務的に伝達事項を述べた。先程の喝が利いたのか、生徒達は大人しく静聴する。
「以上だ。何か質問は?……無いな。では諸君らに学校内の主要施設を紹介する。教室の右半分にいる者は私についてこい。左半分は副担任のレイズ先生について行くように。レイズ先生」
「はあい」
マリアナに注目していた全員は不意に背後から聞こえた声に驚いて振り向いた。そこには大きな眼鏡をかけた小柄の女性が立っていた。ともすると少女とも見間違えそうだが、話の流れからしてレイズ先生とやららしい。
「後ろから失礼しますね。皆さんの副担任を務めますレイズ・D・ラグナリアです。どうぞよろしく」
レイズが深々とお辞儀をすると、カチャリと眼鏡が地面に落ちた。若干不安に思いつつも、生徒達は二手に分かれてそれぞれの先生に続いて教室を出て行った。
「なんか妖精さんみたいだったね。レイズ先生」
「レイズ……レイズ……どこかで聞いたことがあるような」
「レイズ先生は回復呪文の天才。僅か15歳でA級冒険者になった凄い人なんですよ」
「へぇ。15歳ってことは去年卒業したばっかなんだ。よく知ってたねノエル」
「はい。私も魔法使いの力をお役に立てたいと思っているので、色々と研究しているのです」
ノエルは得意げに胸を張った後、ハッとしてシエルの陰に隠れてしまった。
「す、すみません偉そうに!全部本で読んだことなのに」
「シエルったら本の中身の話の時だけイキイキしながら喋るんだから。普段からもっと堂々としなさい」
「で、でもぅ……」
「そうだね。不安そうな態度だと周りに頼りないと思われちゃうよ。ノエルは頭も良くて凄い魔法が使えるんだから自信を持っていいと思うよ」
「は、はいぃ……」
ノエルは語尾を引きずりながら目を伏せる。レンはシエルと顔を見合わせて苦笑した。
☆
魔法薬学室、武術館、食堂、図書館、部活棟。
様々な特別教室を巡り、最後は学生寮へ到着した。マリアナ組とレイズ組に分かれていた生徒達は合流し、一同に集まった。
「では諸君。今日はここで解散とする。明日からは配布した年間予定表通りに授業を行う。遅刻のないように。また、寮においては寮長に従うこと。では、解散」
ありがとうございました!
生徒達は頭を下げ、やがて散り散りに別れていった。
「それじゃあまた明日だね」
「ええ。遅刻しちゃダメよレン」
「レンさんさようなら」
レンはシエル達と分かれ、男子寮へと向かう。
「よお」
そんなレンに声をかけてくる少年が1人。レンが振り向くと、こげ茶色の髪の少年が近付いて来た。
「俺はミゲル。ミゲル・サンフィストだ」
「僕は……」
「知ってるよ。レン・フリートだろ?お前さん有名人だからな。ここで会えたのも何かの縁。ま、よろしくやろうぜ」
ミゲルはそう言って右手を差し出す。レンも間を置かずその手を握った。
「いい手してやがる。何年剣を振ってんだ?」
「分かんないや。気が付いたら振ってたからね。それよりも、ミゲルって本当に10歳?なんだかとっても大人びた話し方だね」
「ああ。こりゃ周りのせいかもな。3人の兄貴と親父しかいねえ家だったんでな。一番下の兄貴ですら10も歳が離れてたもんだから変な口になっちまったのさ」
「そうなんだ。僕とまるっきり逆みたいだね。僕は周りに女の子ばっかりだったから」
「そうかい。ならこっから楽しくなるかもな。寮は男女で分かれてる。男共だけの馬鹿騒ぎってのも悪くねえさ」
「えへへ。実はそういうの憧れてたんだ。さ、寮に入ろう」
2人は笑顔を交わし、男子寮へと入って行った。寮のロビーでは、数人の男子生徒達が既にグループを形成し、それぞれ固まって談笑している。
「来たか一年坊。お前らで最後だ」
レン達に話しかけてきたのは、如何にも気怠げな女性だった。
「お姉さんは?」
「アタシゃ寮長代理のレナ・クラウンだよ。おら、寮での暮らしについてはこれを読みな」
レナはそう言って部屋の鍵と共に乱暴に書類の束を投げるように手渡すと、ボリボリと後頭部を掻きながら後ろ手に手を振って寮長室と書かれた部屋に去って行った。
「随分と乱暴な人だな。いい加減とも言うが」
「まあまあ。少しくらいいい加減な方がみんなも伸び伸び暮らせるよ。代理って言ってたから本当の寮長さんも他にいるっぽいし。僕待たせてる人がいるからもう行くね」
「おう。また飯時にな」
レンとミゲルは背中を合わせて逆方向に別れた。レンは応接室に向かい、生徒の世話係達が集められている中からヒナを見つけて合流する。
「お待たせヒナ。それじゃあ僕たちの部屋に行こうか」
「はい!お待ちしておりました坊ちゃん!」
ヒナはレンに付いて部屋へと向かう。
「ヒナさあ。学校ではその坊ちゃんって言うのやめてくれないかな?なんか変な感じだよ」
「ええー。坊ちゃんは坊ちゃんですよ。私にとっては今も昔も」
「そうなんだけど。なーんか変な感じがするんだよなあ」
レンは昨日まで感じなかった気恥ずかしさという未知の感情をもどかしく思いつつ自室に入った。
「わあ。広い部屋だね」
部屋の扉を開けたレンは目を輝かせた。
ベッドが4つは余裕で置ける程の広さ。天井はレンが3人肩車できる高さ。壁には両手を広げても足りない程の大きな窓。1人の生徒が住むには似つかわしくない豪奢な部屋だった。
「世話係を申請した生徒には複数人が暮らせる広さのお部屋をご用意して下さるらしいです。これはお掃除しがいがありますね!」
ヒナは部屋を見渡して鼻息を荒げた。袖を捲り上げ始めたところでレンが慌てて止める。
「もう。今日くらいは掃除はいいってば。それより荷解きが先でしょ」
「あ。あはは……すみません坊ちゃん。それじゃあご飯の時間になる前に終わらせちゃいますか」
こうして2人で大荷物を解いた。窓から差し込む紅い光は次第に消え失せていった。