九話 入学式
大波乱の入試から一夜明け、翌日のヴラフト城門前には大勢の親子が集まっていた。冒険者養成学校の入学式。平民出身の者は両親が、貴族出身の者は多くの親戚が盛大に送り出そうと待ち構えている。
「カルロスよ!先祖代々賜った公爵家の長男として恥じることなき成果を示すのだぞ!」
「当然です父上!このカルロス・ゼロス・シュナウプト、必ずや父上の満足する男になってみせます!」
一際人目を引いたのは公爵家のカルロス一行だった。両親兄弟合わせて10人は超える人数が見送りに来ていた。
「騒がしいわね全く。こんなところでまで見栄を張らなくたっていいのに」
「はっはっは。そう言うなシエル。貴族の公爵家様ともなればあれくらいの見栄など余裕で張って貰わねば。2人とも、無茶をせず自分にできることを精一杯こなしなさい」
「はい、お父様」
シエル達は両親と抱き合い、暫しの別れを済ませる。
「ところでノエル。貴女が言っていたレンという子は何処かしら?」
母がキョロキョロと周りを探していると、こちらに歩み寄る1人の少年を見つけた。
「シエル!ノエル!おはよう!」
レンはシエル達を見つけると大きく手を振りながら駆け寄る。その後ろで大きな荷物を背負った少女がレンを追いかける。
「坊っちゃん待って下さーい!走らないって約束したじゃないですかー!」
「あ、ゴメンねヒナ。重かったら荷物持つよ?」
「いえ、これは私が任された役目ですので」
「そっか。それじゃあ頑張ってね」
「おはようレン」
「おはようございますレンさん」
「いよいよ今日から冒険者見習いだね。お互い頑張ろう」
「初めましてレンさん。私はアイリス・ファウスト・ウィンロード。シエルとノエルの母親です」
「僕は2人の父親のクラウス・ウィンロード。しがない商館の支配人をやっている。冒険者向けの商品も数多く取り扱っているから、できれば贔屓してくれると助かる」
クラウスはそう言っていそいそと商館の会員証と名刺を兼ねた紙をレンに渡す。
「もうあなたったら。ごめんなさいねレンさん」
「いえ。また今度お金が入ったら買い物に行きます!もう知ってるみたいですけど、僕はレン・フリート。こっちは僕のお世話をしてくれているヒナ・コマチです」
「ヒナ・コマチと申します」
ヒナがお辞儀をすると、大きな荷物が背中にのしかかり、フラフラとバランスを崩した。
「へえ。確か学校の寮には希望者だけが世話係として3人まで連れて行けるんだったっけ。でも世話係の生活費は自費負担だから貴族階級の家の子でもないと難しいと聞いていたが」
「そうだったんですか?母さん、何も言ってくれなかったけど」
「坊ちゃんに気を遣わせない為でしょう。それに私1人くらいなら今まで貯めたお給金で賄えますのでご心配なく」
ヒナはそう言って小さく頭を下げた。
そんなこんなで別れの挨拶を終えた入学生がちらほらと学校に向かい出した。王城のすぐ隣に校舎が設けられ、在学生が校門前で入学生を出迎えている。
「本当は2人にも世話係を付けてあげたかったんだけどねえ」
「もう何度も言ったわお父様。そういうことも自力でできるようにならないと意味がないの」
「です」
娘達の固い意志を確認した父はゆっくりと頷いた。
「僕たちもそろそろ行こうか」
「うん。それじゃお父様、お母様。行ってきます」
「行っておいで」
「達者でね」
両親が手を振るのを背にレン達4人は校舎へと向かって行った。
☆
ヴラフト王国立冒険者養成校:中庭
広大な庭を生徒達が埋め尽くす。五学年総勢508名の生徒と49人の教師が規則正しく並び立ち、朝礼台に立つ校長に注目している。雪原のような煌びやかな白髪を持つ初老の女性が背筋を伸ばして祝辞の言葉を述べていた。
「おはよう諸君。今年も素晴らしい季節になりました。出会いの季節です。私が学校長のゴールドマリー。新入生の皆さん、よろしくお願いします」
ゴールドマリーが頭を下げると一頻りの拍手が上がった。
「さて。試験を監督して下さった先生からの話によれば、今年は一際優秀な成績で入学した生徒がいるのだとか」
ゴールドマリーの言葉に、新入生がざわめきだす。
「アイツだ……」
「ああ。確かS級の人と一対一で……」
「静粛に」
マリアナの鶴の一声で中庭に静寂が戻る。
「今日はその子に挨拶をしてもらいましょうかね。では、レン・フリートさん」
「はい!」
レンは呼ばれて朝礼台に登った。入学式が始まる直前、学校側が主席入学者としてレンに答辞を頼んでいたのだ。
「レン・フリートです。今日は僕や新入生の皆さんの為にこのような式を催していただき、誠にありがとうございます。僕は生まれた時から冒険者に憧れていました。その夢の第一歩としてここにいられること。これから多くの仲間や先輩方と共にたくさんのことを学べることを嬉しく思います。えっと、それから……」
今の気持ちを正直に、とだけ言われた雑な前振りはすぐに限界が来た。次の言葉を探していると、ゴールドマリーが朝礼台に登り、レンの横に立つ。
「レンさん。貴方はこの学園で何か目標はありますか?」
「目標……世界一の冒険者になりたいです」
レンの一言に、生徒達が様々な声を上げる。
動揺する声。感心する声。嘲笑する声。
全てがマリアナによって鎮められる。
「ふふふ。それは素晴らしい目標です。学園にいる間には難しいかも知れませんが、その志を曇らせることなく研鑽を積めば、いつか必ずその夢は叶うことでしょう。皆さん、レンさんに拍手を」
大きな拍手が湧き起こる。レンは思わずぺこりと頭を下げ、トコトコと朝礼台を降りた。
プログラムは滞りなく進行し、入学式は終了した。
解散していく中で、誰もがレンを一目見てからその場を離れていくのだった。
「ふふふ。面白そうな子ね、彼」
ゴールドマリーはマリアナに話しかける。
「ええ。しかし同時に危うくもあります。これから彼を充分に支えていけるかどうか……」
「あら。珍しく弱気な発言ですねマリアナ先生」
「も、申し訳ありません!どのような者であれ全力で接するべきであると自覚していましたが、失言でした」
「貴女が思わず弱音を吐いてしまうような強烈さなのね。よく分かったわ」
レンが他の一年生と合流して校舎に入っていくまで、ゴールドマリーはにっこりとレンを目で追っていた。