少年期
だが、世の中には馬鹿な……おおらかにして寛大な男性もいるものだ。
母はグラントルアの貴族のチャリントン家の当主スタニスラフと再婚することになったのだ。やもめ同士の再婚である。このチャリントン家というのは古くからある貴族だ。もともとあった豊富な資金を基にマスケット銃の製造販売事業に着手し、さらに財を得た一族だ。一代で貴族の規模を倍以上にした当時のスタニスラフは商魂たくましく、そして際限なく優秀で、その息子たちも漏れなく優秀だった。だが、あまり男前とは言えないのだ。彼らは背が低く鼻も低い。特にスタニスラフは当主でありながら家族の中では一番背が低い。美しい美貌を持つのになぜこの男を選んだ、ついに気がふれたか、と世間は母を笑った。だが彼はそれに対して臆することなく、我々の愛は純愛だ、とかくだらないことを宣っていたのはよく覚えている。奔放な行いについては、彼女は情熱的で魅力的なので仕方がないとも言っていた。イヴが、イヴがと脳みそが溶けてしまうのではないかと言うほど甘やかした。当の母は、彼は唯一私を心から愛し許してくれる、社交界を追い出された原因は君ではない、美貌の高尚な神秘を理解できない愚か者たちのせいだ、と守ってくれる人だと言っていたが、息子である私にはそれが嘘だとすぐにわかった。金が目当てなのは見え透いている。
だが、息子の私は母のその選択に反対などしない。生きるために必要だからだ。そして首都の富豪ともなれば、その立場を利用してのし上がるチャンスに触れる機会が増える。
だが、最初は反対した。再婚相手を父親とは呼ばず、チャリントンおじさんと言ったり、反抗的な態度をとったり、母親の前で反対だと可愛げのある駄々をこねたり……。反対するつもりは全くないのに何のためかなど、言うまでもない。パフォーマンスだ。例えて言うなら、愛には障害が必要なのだ。それを乗り越えれば素晴らしいものを得られるというものだ。それに母は気が付いていないかった様子だが、そうでなければいけないという義務感すら持っていたのだ。ただの“お芝居”ではいけない。真意は母には伝えずに私は“連れ子が新しい父親と打ち解けていく様子”を演じ続けた。
そして頃合いを見て、チャリントンおじさんを恥ずかしそうに「おとうさま」と呼んだとき、空虚な舞台装置の愛は、彼の心の中だけに真実の愛として結晶化したのだ。おそらく、母はその瞬間理解したのだろう。反抗的な態度はすべて芝居であったと。
結果、スタニスラフは私たちをさらに溺愛した。そのおかげか、母は再婚後も相変わらず奔放だった。父親を知らぬ兄弟ができなかったのが不思議なほどだ。奔放なのは男についてだけではない。もちろんチャリントンの家の資産を湯水のごとく使っていた。首都グラントルアの一等地に家を買わせ、贅沢の限りを尽くしていた。首都に出れば首都に出たで都市部の男たちと夜な夜な密会していた。
そして家庭に入っておきながら、長男スヴァトスラフの嫁ヴラスチミラと息子ロスチフラスは地味だ、華がないと見下し、魔物と戯れるため銃を嫌い持とうとしない次男ヴァーツラフを毛嫌いした。
ウェストル地方にいたときはどうしようもないままに時間は過ぎていくと思っていた。無様な死を目の当たりにして成り上がろうとしていたが、その機会がなく砂を噛むだけで生涯を終えるのかと思っていた。しかし、このチャリントン家との再婚は大きな転機となる。母に対して抱いた、唯一無二の感謝の刹那だ。都市に出たことと裕福になったことで勉学の機会を与えられたのだ。私はグラントルアの貴族の学校に通い、勉学にいそしんだ。
少し話題は逸れるが、チャリントンの家の次男ヴァーツラフは男色の気があり、私を美少年だと言い続けてスタニスラフに負けじと可愛がり、虎視眈々と何かを狙っていた。知ったことではない。だが、それは本当なのか、私は学校では常に女性に囲まれていた。そして彼女たちに対してこちらから関係を迫ったことは一度もなく、一方的に迫られるだけだった。
そこで関係を持った女性の数が多くなれば、騙されたと嘆き訴えると言い出すものも少なからずいた。しかし、そこになぜかわからないか、どこからか聞きつけた母が現れて、その女性を完膚なきまでに叩きのめしていった。それでも食い下がらない者も数いたが、チャリントンの家の力で相手の家そのものを握りつぶしたこともある。
周りが盛り上がっているだけの話の中で一つ確かに自信をもって言えたことは、私は非常に勉強ができた。
将来は優秀な軍人になるとして教員たちからは軍学校に入ることを勧められ、スカウトも来るほどだった。多少は色難が多くても、英雄色を好むというではないかと豪放磊落に語るスカウトに来た軍人どもは馬鹿者しかいないと私は思った。だが、まだその時は理解していなかった帝政思想の時代において軍事は中心的に捉えられていたので、のし上がるにはそこに行くのが一番早かった。しかも自分から進むのではなく、相手側から迎えに来てくれたというのはこれからに期待していいのだろう。二つ返事で了承した。
しかし、軍学校に入ると言うと母親は反対した。彼女の話では戦争で死んでしまっては悲しいということらしい。これには意外だった。何せ彼女の口癖は、戦争など起こらない、だったからだ。そっくりそのまま言い返すことで彼女を丸め込んだ。
それから十七歳の時に軍学校に入学し、優秀な成績を収めた。幸い戦争も起きず、四年後には軍大学に入ることになった。こうなればもう出世するのは間違いなく、前線に出ることはまずないだろうと思った。母親もそれを理解したのか、反対をすることはめっきりなくなり、それどころか背中を押すようになってきたのだ。
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