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村人らに連れられ森から抜け出すことができた真緒はまず着替えを用意された。素足でしかも奇妙な格好の真緒を哀れに思ったのか衣服まで提供してくれたのだ。……やはり変だったのだろう。奇妙な異世界人から一般人にこれで格上げである。
衣服も靴も手に入れほんの少しだけ心に余裕が生まれたので窓から町を見渡してみた。恐らく中世のヨーロッパ風の街並みといった表現が一番しっくりくる。行き交う人も黒髪黒目という人は殆ど見当たらず間違いなく言えることはココが日本ではないこと。
やはりここは異世界と思っていい。それが分かっただけでも大きな一歩といえるだろう。そうなってくると次の疑問は理由だ。
(でもなにを聞いても何も教えてはくれなかったんだよね)
この世界のことや真緒を迎えにきたという発言について歩きながら訊いたが村人らは、「私たちが話すようなことではないので」と笑顔でいうだけで何一つ情報を得られていない。
「それでは準備もできたことですしお城へご案内をします」
「お城、ですか?」
「はい。王子様もあちらで貴方様のことを待っておられます」
「王子様!みんなの憧れ白馬が似合っちゃう系の素敵な王子様ですね!?」
「……アハハ、そう……かもしれませんね」
愛想笑いを浮かべ窓の外を指さす先には童話で読んだような煌びやかなお城の姿。城があって、そしてこの街並み。まるで童話の世界のようだ、と真緒は思う。
きっとあそこに行けば真緒の知りたいことが分かるだろう。しかも王子様が待っているだなんて否定はされたがやはり真緒は伝説の異世界の勇者でこれから悪いドラゴンかはたまた魔王でもやっつけてくれー、もしくは伝説の巫女で世界の平和の為に祈ってくれーと頼まれるのがこれまで異世界ファンタジーを読んできた真緒なりの予想である。
(でも実は召還したかったのは別の人物であたしは間違いだったとか、そういう展開だけはやめてほしいな)
もやもやとした気持ちを抱いたまま真緒は村人らに連れられお城の門の前で別れた、というかそこまで連れてきてもらってそのまま門番の人に託された感じだ。
別れ際もかなり素っ気なく、「それじゃあ」という一言のみ。今後はああいった言動は避けなければ、と誓う真緒である。
「…………」
「……あの、なにか?」
「いえ。別に」
門番から兵士へ。兵士から今度は騎士へ真緒の身柄は預けられた。
そしてこの騎士さまは見た目は整っているが笑顔のえの字すらない、まさに鉄壁の仮面を被っているようである。
(黙っていればモテそうだけど……こういう人ってそういうの考えたりしてないんだろうな。きっと主第一ってタイプっぽいし)
心の中で鉄仮面騎士と勝手に名付けたところで鉄仮面騎士が扉の前で止まりコチラを振り返る。
全身を値踏みするかの如く視線を滑らせてからジッと顔を見られたのでさすがに気恥ずかしくなってつい顔を背けてしまう。
鉄仮面騎士は顔がいい。故にそんな顔面の人間に見つめられると嫉妬するのではなく単純に……
(顔面偏差値以下でなんかごめんなさいっ!!)
謝りたくなってしまう。
「お連れしました、シオン様」
真緒が心の中で謝罪をしている間に鉄仮面騎士はさっさと扉を開けていた。中に入るよう促されたので何の気なしに覗いてみた瞬間、フワリと包み込むように優しく抱きしめられるではないか。
「無事でよかった……!本当なら僕の部屋に繋がっていたのに、なぜか森の中にゲートが繋がるなんて思ってもいなかったからキミを探すのにとても時間がかかってしまって。僕が探しに行くと言ったらどうせ迷子になるから留守番でもしてろだなんて言われるし」
「は、はぁ……」
「どこか怪我はしていない?大丈夫?」
(とりあえず離してほしい)
見知らぬ土地からさらに今度は見知らぬ相手に熱烈なハグをされもうなにがなんだか分からない。
おまけにゲートやらなんやら馴染みのない単語まで出てきて脳内処理が全く追いついてもいない。
「……シオン様、まずは離してあげた方がいいのでは。困惑されているようですよ」
「あ!ゴメンね!でも……その、キミに会えたことが嬉しくって」
ようやく解放されて真緒は文句の一つでも言ってやろうかと意気込んで睨んでみたが、今の今まで真緒を抱きしめていた人物を見て開いた口がそのままになる。
(めっちゃイケメンじゃんッ!!)
宝石のようにキラキラと輝き、艶やかな光沢のある金の髪。
どこまでも広がる空のような淡い青の瞳。
パッと見ただけでも余分な脂肪もなく、引き締まった身体をしてまさに王子様、という言葉を擬人化したらこういう人になるんだろうといった姿である。
そんな彼にナチュラルに手を取られこれまた豪華な装飾の施されたソファーに座らさせる。もちろん隣を陣取るのは彼。
「改めまして僕の名前はシオン・グラティアといいます。あの時は本当に助かりました」
「すみません、色々混乱をしていて聞きたいことが山盛りてんこ盛りなんですけど……まずあたし王子様を助けた勇者になった記憶はないんですよね」
「あ!そうですよね、この姿じゃ分からないですよね。――じゃあ、パンをご馳走になりました、って言ったら分かりますか?」
(あたしはいつ顔がパンのヒーローになったんだ?)
毎日そんなパトロールをして困っている人を助け歩くほど暇ではない。けれどフっと頭に過ったのはほんの数時間前の出来事。そう。
「え!?まさか公園で行き倒れてた人、だったりします?」
傍の鉄仮面騎士が溜息を零し呆れ顔をする一方、シオンは「正解です」と少し照れくさそうに頷いてみせた。