1-2
「――はーッ!やっぱり一日の疲れを癒すのはなんといっても風呂ですな!そしてここで冷たいしゅわしゅわソーダを一気飲みじゃい!!」
腰に手を当てて一気に煽る!が、炭酸にそこまで強くないので三口ほどでギブアップしてしまう。
「……ウグっ、やっぱり一気はムリィ……なんで大人はビール一気飲みできんの?炭酸入ってるよねビール」
成人前なので実際どうなのかは分からないが炭酸飲料でこの結果であれば大人になっても一気飲みは出来そうにない。
まだ半分以上残ったペットボトルを置いて真緒は鏡と睨めっこ。風呂上りのスキンケアは怠れない。
「あの人……あれからどうしただろう」
化粧水をつけながらフと蘇る数時間前の出来事。
パンをあげただけだが一瞬でも会話もした。他人であることに変わりはないが勝手に心配してしまうのはお節介、なのだろうか。
そんなことを考えながら手はしっかり動かす。次は乳液に手を伸ばし、マッサージをしながら顏に塗る。鏡を鏡を置いてはいるが目を閉じているので今この瞬間鏡の存在は皆無である。
「さて、こんなもんかな」
出来を確認すべく、ようやくここで鏡の出番、と瞼を持ち上げる真緒。
一回、二回としっかり瞬きをして三度目の瞬きをしたが目の前にあるはずの鏡はなかった。
変わりにあるのは見渡す限りの森、森、森。
それ以外には何もなく、人の気配すらない。
「あれー……あたしいつの間に外へ?というかここはどこ?ワタシハダレデスカァー?」
頭上にたくさんのクエスチョンマークが飛び交う。普通に考えてこんなこと在り得ない。
今の今まで部屋でのんびりと過ごしていただけで部屋から出てもないし、そもそも立ってすらいなかったのだから部屋から出ることさえ出来ない。
つまり導き出される答えとして一番適格なのはこれしかない。
「これが流行りの異世界召還、ってやつ!?ってんなわけあるかーーーーーい!!これは夢!そう夢に決まってる!あー……やっぱり働き過ぎたんだ、うんそうに違いない!ってことで夢にさせてもらいますので!」
誰に了承を得たのだろうか。
真緒の頭は完全にキャパオーバーしている。森の中で大きな声を出して一人で勝手に喋って満足している辺り本当にヤバいのはこの状況ではなく、真緒の思考かもしれない。
「でもせめてちゃんとした格好で異世界に来たかったな……なんで今日に限って私あたしってば着ぐるみパジャマなんてチョイスしたんだろ」
オレンジ色の恐竜の着ぐるみ。袖口も怪獣の口がついていてフードを被れば三頭の龍になる。ちゃんと尻尾までついているこだわりの逸品だ。
暖かくて可愛いからと気に入ってはいるが、こんな姿で異世界にきたなんて漫画は見たことがない。
(夢だからいっか)
もう過ぎてしまったことを悔いても仕方ない。
思考を切り替えた真緒は森の中を探索することにした。さすがに歩いていれば何か見つけられるかもしれない。
鼻歌を交えながらどんどん足を動かすが最初の勢いだけはよかった。時計がないので実際はどれくらいかは分からないが真上にあった太陽はすっかり傾いている。
「なんにもない……なにここ木しかない世界なの?そうなの?」
どれだけ歩いても建物も人の姿どころか鳥の姿さえない。試しに何度か大声で叫んでもみたが返事はやはり無かった。おまけに靴も履いていない真緒の足は怪我こそしていないが土で汚れ既に限界寸前まで追い込まれている。
「こんな怪獣の着ぐるみ着て、足の裏を真っ黒にさせて大声で叫んでみたりさ、完璧コレ頭おかしい人じゃん。あはは……マッチ売りの少女も同情してくれそうじゃない今の私」
自覚があるのかそれとも無いのか。そもそも独り言が激しいこともヤバいが真緒はそれさえ気づかないほど疲労しているようだ。
ぺたん、と地面に腰を下ろしついに歩みを止めてしまった真緒。このまま目を閉じて次に目が覚めたら自分の部屋だったらいいのに。ほんの僅かにそう願いを込めて目を閉じるが景色に変わりはない。
うっすらと真緒の目元に涙が滲む。
(もう……無理だよ)
諦めかけたその時。まるでそれを見計らっていたかのように徐々に徐々に何かが近づいてくる足音が聞こえてきた。普通なら恐怖心を抱くところだが今の真緒には祝福の鐘の音のように聞こえる。
(どうかせめて人型!人型で!熊とかそういうテンプレな展開はお腹いっぱいです!)
そんな祈りが届いたのか。
足音が近くまで来て、ピタリと止まる。恐る恐る音のした方へ視線を注げば願った人型、いや。自分となんら変わらない、待ち望んだ人の姿だった。見た感じは真緒と同い年くらいだろうか。
それでも真緒が待ち望んだ第一村人(仮)だ。これで異世界のことも知れる。もう不安ともおさらば。
「よかっ「え……なにその恰好……」
現れた人物は明らかに奇妙なものを見る目で後ずさる。
(ですよね!!)
森の中で一人、しかも奇妙なオレンジ色の生き物の服を着てさらに何か祈っていたのだから真緒だって同じ状況なら逃げる、もしくは見ないフリをする。
「あああああの!けっして怪しいものではないんです!そもそも日本語通じてるのかな……えっと、ワターシアヤシクナイデスタダノニンゲンナノデス!」
静寂が真緒らを包む。
(今我に返ってはいけない、今我に返ってはいけない、今我に返ってはいけない)
第一村人(仮)は信じられないといった表情を浮かばせ警戒している。……またしてもやってしまった、と後悔したところでもう第一印象を良くすることは出来ない。
こうなったら逃げられたときにはその後を追いかけて村でも町でもとにかく人のいるところまで行ったらこっちの勝ち、と意気込む。
だが第一村人(仮)の後ろから続々と第二、第三と村人が集まり真緒を見て「なんだあの恰好」、「随分珍妙な格好をしている」と中々心にグサグサ刺さる言葉を投げられるが次の瞬間には皆真緒に膝を折り、首を垂れたのだ。
「探しました、ご無事でなによりです」
「私たちは貴方様をお迎えに上がりました。もう安心して下さい」
「お迎え……もしかしてあたし選ばれし勇者とか!?だから異世界召還されたの!凄い!!」
「「「「「「いえ、違います」」」」」」
(全員から即答された……でも、いっか)
ここはどこなのか。
そして自分がここにきた訳も含めまだまだ知らないことが山のようにある。
(……まぁそれもそうだけど、まずはやっぱり)
まともな格好になりたい!それが真緒の切なる願いであった。